第3話 かみさま、テレビが見たい


「ボン!テレビが欲しい!」

ある日曜の昼下がり、宇雅は思い立ったように言った。


また始まった、とボンは相手にせずに書類に目を通していると、声の主はギリギリとまるで音が鳴りそうな程の視線を寄越した。


「何故ですか」

仕方なしに、目線を合わせずそう聞くと「アニメが見たいから」というなんとも言い難い返答が返ってくる。


「アニメ…」

アニメとは確か、色のついた絵が動いて喋るものだったか――とボンが思案していると、

「そうそう! 絵が喋るんだ! ずずっと動くんだ。そしてシュバッと飛ぶんだ!」

という擬音語だらけの主の返答。


テレビを置くにしても、電気工事をしなければならない。コンセントにつないだだけではテレビは映らない。さて、どうしたものかと考える神使、ボン。



「えー、工事するの? じゃあ業者の人呼ばなきゃダメ?」

「だがしかし神社にテレビなど、どうなのでしょう」


「うーん、たしかにね。参拝に来たのに神の声じゃなくてアニメのセリフなんて聞こえてきたらそりゃおったまげるよね! あはははっあっははは!!」

一人ツボに入った宇雅をそのままに、ボンはこう提案した。


「社にテレビはさすがに無理です。が、あなたがこの山に住んでいる人間たちの家に行く。そしてそこで見る、というのはどうです?」


ボンが言うように、この山には、人間たちの住居がある。そこまで多くはないが、そのすべてをここの神使たちは把握していた。そこへお邪魔して見るのはどうだ、とこの神使は提案したのだ。


「そこにお邪魔してみるの? アニメを?」

首を傾げながらも宇雅はまだ納得できずにいた。


「僕が見たいアニメは日曜の朝九時スタートなんだよ。そんな時間にこんなイケメンが来たら皆驚いちゃうじゃない」


自慢そうに、金の髪を手ではらいながらのドヤ顔。

その場にいる白狐たちは、皆冷めた目で我らが主を見つめていた。


「…………」


「…………」


「…………」


「……ああもうっ! 恥ずかしいっ! 何とか言ってよ! もうっ」

「ご自分でおっしゃられたのではないですか」

なんとも冷めた返答だ、と宇雅が頬をふくらませていると、そこへボンよりも一回りは小さいであろう子狐が、ひょこひょこと近づいてきた。


「おや、新入りかな?」


「は、はい! 今月からヌシサマにお仕えすることになりましたっ!」


声をかけられた子狐は、体を強張らせながらも宇雅に言葉を返す。時折こうして新しい神使が、これから仕える主の元へ挨拶に来るのだ。


「そんなに緊張しなくてもいい。ここは君の家だと思って、これから少しずつ仕事を覚えていくんだよ。このボンをお手本にして、立派な神使になるんだよ」


優しく語り掛けるようなその宇雅の言葉に、子狐はモジモジとしながら言った。


「ヌシサマはお優しいんですね。ボク、ヌシサマよりボン様の方が怖いです」


それまで黙っていたボンが、ゴホンと咳払いをしただけで、子狐はビクッと体を震わせる始末だった。


「フフ、かわいい子が入ったもんだ。それよりお前、名前は?」


実のところ、この子狐にはまだ名前がなかった。それを聞くと、宇雅はしばらく思案顔をしていたかと思うと、ポツリ呟くように言った。

「……メイ、というのはどうだろう?」




「めい……?」子狐が首を傾げながら宇雅を見る。そのつぶらな瞳から目を逸らして宇雅は頷いた。心なしか頬がゆるんでいる。


「めい……」

初めて与えられた自分の名をそう口にした子狐は、嬉しそうに顔を赤らめ、その場でピョンピョンと飛び跳ねた。

神の前でなんたる態度――というボスの、いやボンの呟きに、一瞬ハッとしたメイであったが、ふわりと頭にのせられた主の手の温かさに、どこか安らぎを覚えるのであった。


 

 






だがこの子狐が、その後社で起こる大事件に大きく関わることになろうとは、この時誰一人として思う者はなかった。





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