第2話 かみさま、かくれんぼをする


「おーい! もういいかーい?」

人ひとりいない山の中腹あたりで、男は叫んだ。





「もーういいよーう」小さな子どもの声が聞こえると、男は走り出した。長い髪をぶんぶんと振り乱しながら。





ガサガサッ

「ここかあー!」

草原をかき分けながら探すも、先程の子どもの姿は見えない。


「おかしいなぁ、近くで聞こえたと思ったのに」

「力を使えば一発でしょう、主」

「それはそうだけど、ってボン!何をしているの!」

突然隣に現れた白狐の姿に驚き声を上げてみれば、ボンと呼ばれた白狐は目を細めながら笑った。

「気づいておられたクセに。わざとらしいですよ、主」

「えへへ、まあね。でも人の子と遊ぶのに力なんて使ったらつまらないじゃない。人間と遊ぶんだ。人間のように物を見ねば」

そう言った宇雅は、どこか楽しそうにしている。


「はぁ、まだ仕事がありますゆえ、私は戻ります。いくらか手の空いた者を置いておきますので、くれぐれもほどほどに」


ボンがそう言うと、何匹かの白狐が現れた。

皆、自分の仕える主の後をついて歩きながら、それぞれ声には出さずに会話している。


「主は何をしている?」

「お遊びになられているのだ」

「誰と?」

「人の子だと」

「うん、人の子。かわいいちっちゃいの」

「へぇ、って……主!」


自分達の会話の中に突如割り込んできたその声を聞き、彼らはおののいた。


「聞いておられたのですか。力は使われていないとボン様が」

自分たちの会話が聞こえていたのだとあたふたする白狐たちはさておき、宇雅は子ども探しを続けていた。

山の中とはいえ自分の家の庭のようなものだ、と高を括っていたが、子どもはなかなか見つからなかった。


――そろそろ力を使おうか。


そう思い始めた時、近くの草原から物音がした。


ガサガサッ


「お? 人の子か?」

宇雅が近づくとそこには一匹の蛇が。

白い肌をうねうねと捩らせながら目の前の男を見上げる。

「! 宇雅様。このような場所で何をなさっているのです?」

蛇はその長い舌をチロチロさせながら話しかける。

「ああ、人の子と遊んでいるんだがね。これがなかなか見つからない」


眉根を下げて言うと、その蛇は答えた。


「あぁ、それならもう少し下った先におりましたよ」

蛇がその場所へ案内すると言うので、宇賀は大人しく着いていくことにした。


近くまで来ると、木の影から確かにそれらしい人の気配がしている。


「おや、先程の子どもとは少し違う匂いだ」

不思議に思い覗いてみると、そこには先程とは違う子どもが猫を抱いて座っていた。

腕の中にいる猫は、宇雅の気配に気づくと、すぐに子どもの腕の中から飛び出した。


「ニャニャーン」

「うん、おはよう」


傍から見ればおかしな図ではあるが、確かにこの猫と宇雅は会話していた。隣にいる少女は、不思議そうにこの一匹と一人のやり取りを眺めている。

「ニャーア、ナーウ」

「うん、わかった。そうするよ」


一通り話した後、猫は山を降りていった。


「おにいさん、猫さんとお話しできるの?」

この、一人と一匹のやり取りを見ていた少女が言った。

キラキラとした瞳で宇雅を見つめる少女に、優しい目を向けながらも背後から近づく気配にクスリ、と笑う。




「おじちゃんみーっけ! 遅いから出てきちゃったよ」

元気な声が山中に響き渡った。


この子どもは、かれこれ30分は隠れていたらしい。いつまでたっても見つけに来ないので、しびれを切らして出てきたのだった。


「ごめんね、なかなか見つからなくて……あと、一応、おにいさんだから」

ニタァ、と笑みを溢すと二人は引きつりながら頷いた。








 

「かくれんぼはいかがでしたか、主」

その後、子ども達を帰らせた宇雅は仕事に取り掛かっていた。手伝いという名の監視に見張られながら。


「楽しかったよ。でも今は楽しくない!」

巻物にかじりつくその姿は、とてもではないが神からは想像もつかない。



「……歯形が付きます故、おやめください」

「むぅ、へっへーんだ!むがむが、」






「……子どもか」



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