第1話 かみさま、スーパーへ行く

 ここはとある山の上、神の社。

そこには金色の髪をした、男がいた。彼は人間ではない。姿形はそっくりではあるが、この男は、神であった。名は宇雅(ウガ)といった。

男はだるそうに畳の床をゴロゴロと転げまわりながら、一人ぶつぶつ呟いていた。


「どうしてダメなのさ!僕だってみかんを食べたいんだ!さっき参拝しに来たおばちゃんが、今日は近くのスーパーで特売があるって言ってたのに!」


ゴロゴロ、ゴロゴロ、

まるで子供のようなその態度に、近くにいた狐 ――この神の使いである白狐――は、軽く溜息を吐いた。


「何を言っているんですか、主。あなたは神です。神としての仕事をなさってください。我々は日々、参拝者たちの願いをかなえる為、走り回っているというのに……あなたときたら、下界のすーぱーとやらに行きたいだなんて、そんなことが許されるはずがな、」


「僕は行く!仕事ならこなしているではないか!きちんと今日の分は終わらせた。あとはもうゴロゴロするだけだ!みかんを食べながらね!」


 宇雅は、先程まで社で仕事をしていた。毎日何百、何千と訪れる人々の願いや想いを受けとめ、白狐たちが運んできた巻物に目を通す。

神の力が必要なもの、そうでないもの、と事前に神使たちが判断して

神に通す願いだけ、ここに運ばれてくるのだ。


この神社は大昔から栄えていた。ちょんまげの時代よりはるか昔から、この地には神が鎮座していた。時代が変わろうとも、この社は衰えることがなかった。それ以上に年々、参拝客は増えていった。


「それにしても最近はクレイジーだね、ボン。」

「くれいじー?」

ボンと呼ばれた白狐は訝しげに宇雅を見つめた。


「そう、クレイジー。おかしい、とかそういった意味で使われているらしい。異国の言葉だよ。今日も来ていただろう。異国からぞろぞろと……。」

「あぁ、外国人観光客の事ですね。えぇ、たしかに。ここ数年で劇的に増えました。観光地化してしまっているこの社に、遊び感覚で訪れるのはいかがなものかと。」


先程よりいくらか険しくなったボンの表情を見つめながら、宇雅は苦笑いするだけだった。


近年の参拝者増加に伴い、異国からの訪問者が圧倒的に増えた。中には、マナーを守らない人間もおり、神使たちは憤慨していた。だがこの社の神は、ただそれらの人々を見つめるだけで、何の罰も与えようとはしなかった。



「あなたは少し、優しすぎます。」

そんなボンの呟きは、宇雅の地団駄にかき消された。


「僕は今からスーパーへ行くからね!そしてみかんを買ってくるからね!何と言われてもみかんを買ってくるからね!」

言うが早いが宇雅は、さっさと山を降りて行った。



「まったく、あのお方は。」

やれやれとボンは腰を上げ、姿を猫に変えると、仕える主の後を追ったのだった。







スーパーにて



「うわぁ、見て!ちょこれいとだって!これも買っていこう。あ、ぽてぃとちっぷはどこかな?あれも買いたいよ。」

「主、みかんを買いに来たんでしょう。」

「そうだけど、人間たちはこういうもの、持ってこないじゃない。だから食べてみたいんだ!」

「…………」


「あ、油揚げもあるね。買おうか?」

「……期限チェックは忘れずに。」

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