第16話 機の獣

 荷物の中身は何か、現在の彼らはどういう立場か。

 皇帝への忠誠心を律儀に守っている――とは考え難かった。帝都は十中八九、宰相達の支配下に置かれている筈。マリアルトと同じように、皇帝の命が断たれていても不思議ではない。

 このまま観察に徹するか、仕掛けるか。


「おい、どうすんだ?」


「難しい。敵味方の判断も出来ないし……」


「いっそ聞いてみっか?」


 馬鹿言うな。

 三人は姿勢を変えず、彼らの動きを見守り続ける。そもそも何の理由で訪れた? テニミスと共同している以上、この島から本土を警戒する必要もない筈だが。

 音が聞こえる。

 三人から見て丁度反対側、謎の来訪者を挟む位置の森だった。飛ぶ獣も走る獣も、次々に外へと飛び出してくる。まるで何かから逃げるように。

 近衞騎士たちも、異変に対して首を傾げていた。

 現れた姿は鋼色。

 鋼鉄で全身を覆った、数頭の狼だった。


「機械の、獣?」


 ぽつりとぼやくリオ。

 瞬間だった。

 機械仕掛けの狼が、近衞騎士を襲ったのは。


「っ――」


 魔術を発動させ、抵抗を始める彼ら。

 しかし、うちの一人は首に牙を立てられてあっさりと。残った騎士は魔術を叩き込むが――


「つ、通用してないの?」


「魔術は人間が加工して作ったものに相性が悪い。守護騎士みたく動力が魔力なら、完全に無効化されることはないんだが……」


「って、解説してる場合じゃないよ!」


 いち早く飛び出したのはリオだった。

 困惑する騎士に向かって、逃げるよう大声で指示する。逸れた注目。狼達の一部も、少女の柔肌へ狙いを変えた。


「行くぞ小僧!」


「言われなくとも……!」


 ミネルヴァをまとい、黒閃を片手に接近する。

 衝突は数秒で生じた。相性の不利を覚悟の上で、飛び掛かる一匹を打ち上げる。

 妙な手応え。拳に痛みこそ残らないが、水を殴ったかのような感触がある。

 実際、敵はトンボを切って着地した。

 タクトの方も同じ結末らしい。ヘレクスより遥かに強力な魔術を使っている筈だが、機械の狼――機獣には傷一つ付けられていなかった。

 どうにか逃げてくる近衞騎士は、こちらの顔を見るなり瞠目どうもくする。


「宰相の息子か!? なぜ――」


「話は後にしてください! 後ろの女の子を頼みます!」


「あ、ああ!」


 後退しながらも、前線に立つ勇者は攻撃を繰り返す。

 相変らず成果は上がらない。逆に敵の数が増加し、徐々に窮地へと追い込まれていく。


「小僧、策は!?」


「あるわけないでしょ! 今は力尽くで凌ぐしか――!」


「つっても無茶があるぞ!」


 その通り。下手するとこの機獣ども、守護騎士以上の防御力を有している。

 ヘレクスとタクトはともかく、後ろにいる二人が危険だ。現に何匹か、足止めし切れず素通りを許している。


「ちっ……!」


 何度目かの打撃で、ようやく一機目が動かなくなる。

 執拗な攻撃を行ったためか、利き手のミネルヴァは若干変形していた。直ぐ修復してはくれるものの、同じ破損を何度も繰り返すとしたら頭が痛い。

 しかし敵は、そんなこともお構いなし。


「リオ――!」


 守り手の努力も虚しく、死角から機獣が襲い掛かる。

 直後。

 野性の狼が、機獣を吹き飛ばした。


「君達!!」


 呼び掛けてくるのは一人の男性。新神の模様が記されたスカーフを付ける、恐らくは地元の人間。

 驚くしかなかった。

 タニア王国の王、その人だからこそ。


「機獣は狼たちが引き受けます! 早く余の方へ!」


「――」


 逡巡しゅんじゅんする。相手は自分たちが滅ぼした国の王だ。加えて当時、処刑された記録が残っている人物。

 しかし我先にと動いたのは、近衞騎士の片割れだった。当然ながらリオも同行している。

 迷っているのはヘレクスとタクトだけ。後者については困惑半分、喜び半分といったところだ。死んだはずの君主が生きていれば、誰だって同じ反応をするだろう。

 増援に現れた狼たちは、不思議と機獣達に攻撃を通していく。


「――行くぞ小僧! あの人が本物かは知らねえが、逃げた方が得策だ!」


「……了解!」


 隙を見計らい、タクトは倒れたままの近衞騎士を担いだ。首筋からの血は止まらないが、どうにか息はあるらしい。

 無機物と有機物。二つの抽象的な対立を後に、二人は戦場を離脱する。

 島で何が起っているのか――頭には、疑問しか残らなかった。

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