第14話 協定、亡国へ

 血だるま――というか剣ダルマになった人物の存在は、一瞬で勝王都に広がった。

 当然、都長であるヒュベリオも無視するわけにはいかない。もともと敵とはいえ、満身創痍の状態で現れれば何かしらの期待はしたくもなる。

 捨てられた、の言葉通り、彼は宰相達に襲われたそうだ。

 本人曰く、逃げ切れたのは奇跡に近いらしい。量産型の守護騎士を複数動員されたというのだから、それはそれは大変な逃避行だったろう。

 まあ、ともあれ。


「あー、うめえ、マジうめえ!」


 屋敷には、本日三人目となる客がやってきた。

 ヒュベリオは頭を抱えるような仕草の後、無言で居間から退場する。一瞬見えた廊下にはやはり、彼と信頼関係の成り立っている者達。言い争うような空気の一歩手前にある。

 タクトもその様子は見えている筈だが、どこ吹く風。ヘレクスとリオの食器が空になっても、以前としてお代わりを求めている。


「貴方には遠慮というものがないのか……」


「ああ? こちとら病み上がりだぞ。相手の厚意には素直に甘えるのが筋じゃねえか」


「……」


 メイドの方々は既に嫌そうな顔をしてるんだが。

 しかしいい加減に空気が読めるのか、タクトは仕方なさそうに箸を止める。その直後には腰を上げ、廊下の方へと足を伸ばしていた。


「どこに――」


「逃げやしねえよ。ただ、さっきのオッサンに礼を言うだけだ」


 残るのは、軽々しい挨拶と空の食器。

 廊下にいるヒュベリオの苦労を想像しながら、ヘレクスは正面に視線を戻す。


「騒がしい男だな……」


「そう? あたしは気にならなかったよ。こうやって皆でワイワイ食べるの、実家っぽくて好きなんだよね」


「実家――」


 あれこれ考えそうになって、ヘレクスは反射的に頭を切り替える。


「しかし驚いたよ。あの男が勝王都に現れるとは」


「裏切られた、ってご飯の最中に言ってたけど、本当かな? ……ていうかあの怪我、平気なの?」


「見れば分かるだろう?」


 ヘレクスの実演もある。リオは即座に理解を示した。

 ――にしても、本当に驚く。裏切られた? 守護騎士という戦力の持ち主を、あの宰相が切り捨てると? どうも引っ掛かる。


「ヘレクス君はどう思うの? 彼について」


「難しい。量産型が作られたとは言え、オリジナルを手放していい理由にはならないしね。下手をすればこっちの戦力が強化される」


「だよねえ。……ってことはさ、守護騎士? よりも強い味方を手に入れたとか?」


 否定は出来ない。そして、最悪の展開だ。

 もちろん、守護騎士を超える戦力なんて簡単には用意できまい。かつて西と東の神が争った戦争でも、そんな超兵器は登場していないだろう。


「あ、そういえばさっきの、西の神様? 戦闘に向いてる神様なんだったら、聖約でどうにかなったりしないの?」


「可能性は否定しないけど……帝都側にすれば博打だ。宰相が許すとは思えない」


「どうして? 自分達にだって利益があるし、一対一じゃないの?」


「それがそうもいかない」


 意味が分からず、リオは眉間にしわを作る。……さて、どうするべきか。民族間の問題を説明するのは気が引けるが、黙っていても有益になるわけがない。

 妙な同情をされるのは、本気で避けたいところ。

 しかし、ごちゃついた迷いは切り捨てる。完全な無知ではリオの身にも良くない、と背中を押して。


「聖約については、もうちょっと色々なルールがあってね。この世界には二柱の神がいて、どちらを信奉しているか、という前提が関わるんだ」


「あ、よくある創世神話ってやつ?」


「概ねそんな感じだね。新神と古神、あるいは東の神と西の神。どちらの流れを組むかで、聖約の通り具合も違ってくる」


「ふうん……ちなみにヘレクス君の家は?」


「うちは母と祖母が地元の人間でね。こっそりだけど、両方やってるよ」


 地元? とリオは注目した言葉を口にする。


「ブリレオス人はさ、もともと移民なんだ。自分たちの住んでた土地が戦争で荒廃して、こっちの方――オリンポス大陸に移ってきた。なんで古い家系は、ブリレオス人を東方人って呼んだりもする」


「は、排他的なのに移民なの?」


「そうだよ。まあ地元の文化を蹴散らした勝ち組の言い分だから、通そうと思えば通せるさ」


 だから、それが歪みを産んだ。

 ブリレオスは帝国として名高い一方、内部での争いが絶えない。基本的には武力ではなく政治の論戦だが、一枚岩ではない点を否定するものではなかろう。

 地元の民族――西方人と呼ばれ、また自称する彼らの文化は根深い。

 例を上げるなら洞窟のあった村。あそこは外部との接触を最小限にした、歴史ある集落だと推測される。

 同じような土地はブリレオス各地に見られるものだ。東方人を強く怨んでいる者も、決して珍しくはない。


「じゃあこの町が帝都と雰囲気違うの、伝統が残ってるってこと?」


「そう。特に勝王都は、昔からあった都市でね。ブリレオス人が海の向こうから来た時は、最前線だったそうだよ」


 皮肉なことに、今もだが。

 リオも同じ結論に行き着いたのか、苦い笑みを浮かべている。ああ、本当に恥かしい。何百年も大昔の話だっていうのに、未だに争っている自分たちが。

 帝国の歴史には戦うことへの責任、誇りが感じられない。

 侵略するのはいい、排他的になるのも構わない。勝者が勝者らしく振る舞うのは、敗者に対する礼儀だと思う。

 だからこそ、歩み寄りなんて妥協には複雑な気持ちがあった。もちろん救われた側は嬉しいんだろうけど、だったら侵略自体するなと言いたい。

 まあ結局、当事者の気分で決まった事柄なのだろう。


「……ヘレクス君、変なこと考えてない?」


「いやいや、まともな考えだよ。まともに攻撃的で、まともに乱暴だ」


「全然褒められないんですけど?」


 気にしないで欲しい。

 小さく咳払いをして、ヘレクスは話題の軸を戻す。


「守護騎士はほとんど、古神が聖約によって生み出されたものでね。それと同等、あるいは上位の兵器を作る場合、古神の封印を解放しなきゃいけない」


「でも帝都には、古神の流れを組む人が少ないと?」


「そう。反面、勝王都には結構いる。だから聖約で兵力を補充するのは、帝都にとって博打なんだよ。聖約で神が活性化する可能性もあるから」


 例外があるとすれば、魔科学だ。

 量産型もそれで作ったんだろうが、上がいないとも限らない。早急に古神の封印を解く必要がある。でなければミネルヴァも、作られた当初の性能は発揮できない筈だ。


「それと、勝王都では神の呼び方に注意してくれ。西だの東だの口にすると、差別と取られかねないからね」


「うん、了解。……で、あたし達はこの後、その封印を解きに行くんだっけ?」


「ああ、隣りの国にね。タニアっていう島国で――」


「あ? タニアに行くのか?」


 胴間声が聞こえたかと思えば、やはりタクトの姿。

 彼は口端を上げて、二人を見ながら席に戻る。


「俺が案内してやろうか? 地元みてえなもんだしよ」


「えっ!? オジサン、ケレス区でその出身者を虐めてたのに!?」


「ありゃ茶番だ、茶番」


「――」


 遅れて事実を知った少女は、信じられない、とばかりに口を開けている。

 しかしそれなら、タクトの動機は強烈なものだったろう。ひょっとしたら、ブリレオスの侵略を止めるために呼び出されたのかもしれない。

 心なしか、彼は睨むような眼差しをこちらに向ける。

 別段恐れる気はなく、当然の感情として受け止めるまでだ。リオもこれぐらいだったらな、と雑念に耽る余裕さえある。


「……さすがあの野郎の息子だ。面の皮が厚い」


「比べられるのは不本意だけど、褒め言葉として受け取っておくよ」

 堅く、鋭い空気の中。

 息子? と首を捻っているリオだけが、平和そうな顔をしていた。


「ここからタニアってことは転移陣だろう? 一つぐらいお荷物が増えたっていいんじゃないかねえ?」


「……自分自身を物扱いするような人は、到底信頼できないんだけど?」


「おっ、底の深そうな言葉いうじゃねえか。そっちのお嬢さんはどうよ?」


「あ、あたし!?」


 ヘレクスもタクトも、揃って三人目の投票を待つ。


「え、えっと、別にいいんじゃないかなー、と」


「だそうだ」


 喜ぶ人間がいる一方、戻ってきたヒュベリオは頭を抱えている。

 本当、何から何まで申し訳ない。

 土下座したい気分で、彼に深々と頭を下げる。

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