第12話 古都テッサロ
勝王都テッサロは、砦がある山の
山を超えるまでがひと苦労だったが、終わってしまえば平坦な道が続くだけ。帝都と違って不夜城とも呼べない、時代に沿った町並みが待っている。
辺りで盗賊に会うトラブルもなく、一行は平和に勝王都へ。
「ん……?」
リオが目覚めたのは到着から半日。ヘレクスが遅すぎる睡眠を挟み、彼女の様子を見に行った時だった。
現在地はヒュベリオの屋敷。客室の窓には短い影が差し込み、太陽の位置を教えている。
「こ、ここは?」
「帝都の隣町、
「昨晩――」
彼女はどこか反応が鈍い。夜を超えたこと自体、現実味がなさそうだ。
しかし表情は色を帯び始める。自身を襲った異変、失態を恥じる過程で。
「あ、あたし、何か大変なことしなかった!?」
「色々したな。国の宝である剣を振り回したりとか、僕達に攻撃したりとか」
「――」
やはり宰相が言っていた通り、正気を失っていたようだ。……少しだけ安堵する。彼女の中にあった感情、不満が爆発したとは一概に言えないらしい。
「ご、ごめんなさいっ!」
想定通りの謝罪。零したくなる溜め息を気合で抑える。
「別に構わないよ。僕はこうして無事だったし、物事全体は上手く推移してると思う」
「そうなの……?」
「まあ、厄介事も多いけどね」
詳しい話は朝食を終えてからだ。ヘレクスは彼女に背を向け、扉に手を掛けたところで振り返る。
「ほら、早く。昨日の夜から何も食べてないだろう?」
「あー、なんか空腹だと思ったら」
最後に食べたのは、洞窟でのアンブロシアか。栄養満点だといっても、量自体が稼げる食べ物じゃない。仮に稼いだとしたら、味覚が麻痺しそうだ。
リオはそのままベッドから降りる。
騎士装束は夜の間、屋敷の侍女が脱がせていた。お陰で今はシャツとズボンだけの、素朴な格好として現れている。
――これまでの格好に比べると、女性らしい身体つきがよく見えた。あどけない顔立ちもあって、正直に驚く。マリアルトと同じぐらいスタイルが良いんじゃないか?
「? なに?」
「……いや、失礼。早く行こう」
表情を崩さず、ヘレクスは勝手しったる屋敷の中を歩いていく。
目指すは玄関。侍女の一人が、リオの制服を持って待機している。
「へ?」
気が抜けた声を漏らすのは、もちろんリオ。
しかし文句を言われることはなかった。服を受け取った彼女を連れて、ヘレクスはその流れで外へと出る。
貴族の豪邸――と例えるのに手狭な屋敷は、数歩進んだ先に正門があった。もちろん、動きを先読みした関係者によって開けられている。否定的に解釈すれば、出ていけ、と言われているように思えなくもない。
まあ、実際その通りなんだが。
「え? え?」
敷地の外に出ても、リオは疑問を晴らせずにいる。
冷静なのは一人、ヘレクスだけだ。
「さて、朝食のリクエストはあるかな?」
「そ、外で食べるの?」
「もちろん。これ以上は閣下に迷惑を掛けられないんでね。時間的には少々早いが、歩いているうちに丁度いいタイミングになるだろうさ」
「な、なんか緊張する……」
こっちもだ。マリアルトと身内以外で、女性と食事をするなんて。
もっとも、リオの緊張が同じとは限らない。彼女にとってはこちら、ブリレオスで初めての外食だろう。
屋敷は小高い丘の上。町へ続く坂道には、同じように規模の大きい建物がある。
好奇心に振り回されて、リオは完全に浮足立っていた。落ち着けと声をかけても効果はない。一般人としての雰囲気を思う存分作っている。
「他の服を頼めばよかったかな……」
「へ? どうして?」
「近衞騎士ってのは、帝都に住んでる希少種だからね。魔科学による光景はもちろん、貴族の屋敷だって慣れに慣れてる筈なのさ」
「……つまり、あたしは色々と似合ってないと?」
理解が早いようで助かる。
これから町に入る以上、何かしらの手は打ちたい。リオの存在が広まり過ぎて、ヒュベリオに迷惑をかける可能性もあるし。
偽装するとくれば、平民の格好が一番だが――
というか、どうしてヒュベリオはその辺りを考慮してくれなかったんだろう? 部下の機嫌を取るだけで精一杯だったんだろうか?
恐らくそうだろう。文句を思うのは止めにして、自分達で解決しなければ。
「仕方ない、食事の前に服だ」
「どこかで買うってこと?」
「それ以外に手段はないだろう? このあとで戦闘になる可能性も高い。もっと動きやすくて、軽い格好の方が便利な筈だ」
となれば、善は急げ。町に入って直ぐの場所に、確か平民向けの仕立屋がある。
徐々に増す人々の活気。はっきり見える町の光景は、帝都から貴族という要素を省いたような感じだ。高層建築物は一件もなく、屋根の高さはほぼ平行を維持している。
坂を降り切ったところで、何か空気の入れ換わりをヘレクスは感じた。
せっかくだ。雑多な人々の前で、リオに向かって
「ようこそ、勝王都テッサロへ」
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