第一章 亡国の声

第11話 新たな地へ

 放たれる袈裟の一閃。が、ミネルヴァを宿した半身で難なく受け止める。


「!?」


 彼女の得物を見た途端、より強烈な驚きをヘレクスは浮かべた。

 聖剣だ。ブリレオスの皇帝に代々伝わる剣を、その細腕で振り回している。


「お前……!」


「っ!」


 言葉もなく、彼女は両腕を振り回す。

 動きは未熟な、身体能力に任せただけのものではない。経験と自身に裏打ちされた剣術。戦いに生きるものの姿が、そこにあった。

 黒閃の相殺で弾き返し、数メートルの間合いをもって睨み合う。


「どうした? 殺し合わんのか?」


 人を見下しきった、侮蔑ぶべつの声。

 半壊したテラスから、ある男が二人を観察していた。


「父上……!」


「遠慮はいらぬ、戦うがいい。女の反逆を咎め、命を断て。その方が面白い」


「貴方は――」


 罵倒ばとうを浴びせる間もなく、再びリオが襲い掛かる。

 宰相は笑うだけ。息子を救うのは勿論、戦いを娯楽としか考えていない。


「彼女は正気を失っているが、なに、精神は本物だ。戦争という現象に対し、本能的な忌避感を持っているのさ」


 響く金属音。黒閃を何度も発射するが、リオは足を頼りに躱すだけ。

 直に召喚された者との違いを、ただ実感する。


「では頑張りたまえ」


 言って、彼は影となった。

 追おうにも、リオがいたのでは相手をするしかない。身体はある程度ついていくが、有利な状況とは言えないのも確かだった。

 何より聖剣を使用されているのが痛い。かの名剣は、守護騎士との戦闘を想定していると聞く。現に半身の装甲は傷が浮かび上がっていた。自動再生にも障害が出ている。

 このままでは追い詰められるだけ。


「ユーリバルトの倅!」


 声と共に投じられたのは、一本の剣。

 ヒュベリオの家に伝わる名剣だった。

 剣戟けんげきが始める。人間同士という前提を忘れそうになるほど速く、鋭く、途切れずに。

 状況を立て直すためか、リオが僅かに距離を取る。

 その一瞬をヘレクスは逃さない。距離を詰め、すべての力を黒閃に注ぐ。

 魔力を使い尽せば自分は倒れるだろうが、相打ちならば問題ない……!


「ふ――!」


 大気そのものが悲鳴を上げるような快音。最大出力の黒閃に耐え切れず、ヒュベリオの剣も砕け散る。

 だが。

 聖剣をへし折って、ヘレクスの勝利が確定した。

 城の中を、金属の花びらが舞っている。




 実質的なミネルヴァの奪還と、量産型の撃破。戦果としては申し分なさすぎるものだろう。砦に到着したヘレクスとヒュベリオ一行は、終始笑顔のままだった。

 もちろん、新しい問題――厳密には深まった疑惑が、こちらの肩に重く圧しかかる。

 リオだ。

 彼女が牙を剥いた事実は、ヒュベリオやその部下達に疑念の芽を与えている。

 聖剣を破壊した段階で彼女は気絶したが、トドメを刺すべきだと主張する者もいた。……もしヘレクスが反対しなければ、実際にリオは命を断たれていただろう。


「そういえば、量産型に乗っていた男は……?」


「部下が始末した。潔い男で印象は良かったそうじゃぞ」


「――そうですか」


 小さな空白で思うのは、リオはどんな反応をするか、の一点。

 馬鹿馬鹿しい感傷だとは思う。同時に、自分とは違う人格の主だと理解する余裕もあった。ああだこうだと、口を挟み過ぎるのは宜しくない。

 だがどこかで、彼女を助けることが出来るのなら――


「では、あの娘の処遇についてじゃが」


 重い口調のまま、最初に招かれた部屋へと戻ってくる。リオ当人は、他の部屋で失神中だ。


「この砦に残すことは出来ん。間者ではないか、と疑っている者もおる」


「でしたら、どのように?」


「ワシの町に連れて帰る」


 ヒュベリオが統治を任された土地。即ち、四大都市の一角。

 勝王都テッサロ。

 歴史そのものでは帝都より深い、古の都市。


「それこそ反対が多いのでは?」


「じゃろうな。――なんで、縫い付けてやろうと思う。時間制限も持たせるとしよう」


「……仕事を与えると?」


 うむ、とヒュベリオは一息。


「古神を、蘇らせてもらう」


「聖約のためですか?」


「左様。古神――まあ正確にいうと土着の神じゃな。原初勇者によって施された封印を、数日中に解除せよ。その実績さえあれば、誰も文句は言わんじゃろう」


「そんな無茶な……」


 開いた口が塞がらない。

 古神にほどこされた封印は、原初勇者の血縁でなければ開けられないようになっている。で、該当する国家は滅びたあと。つい十年前の出来事だが、民族として根絶やしにされた以上希望は持てない。


「解放により聖約を高めなければ、ワシらが帝都勢力、テニミス法国との戦争に勝つことは不可能じゃ。……この任務、娘のためではなく、勝王都のために避けては通れん」


「期限は?」


「まあ二、三日といったところか。この砦が攻撃されたとしても、聖約による結界がある。その日数は持つじゃろう」


 敵の都合も混じった、現実という名の脅迫。

 彼女一人では出来る筈がない。かといって、自ら同行を申し出る者もいないだろう。

 なら。


「我が家に伝わる剣を駄目にした罰じゃ。お主が共に行け」


「……それ、罰になってないですよ」


「ただの体裁じゃ、気にするな」


 嘆息しながら、ヒュベリオはどこか上の空。大方、側近にヘレクスへの処罰を求められたんだろう。指導者も楽じゃない。

 反対に、自分にどれだけの期待が乗せられているか自覚する。

 だったら全力で答えよう。これ以上、ヒュベリオに迷惑はかけたくない。


「言っておくが、そこで失敗すればかばうのは不可能じゃ。あの娘は聖剣まで破壊しおった。断じて許されるものではない」


「お、折ったのは僕ですよ? 彼女に責任は――」


「しかしお主が勝者じゃろう? この国がどの精神で作られているか、忘れたか?」


 勝者の国。

 誰かの上に立った者は、道理による善悪すら超越する。


「ともあれ、夜のうちに勝王都へ移動するぞ。あまり長々と、お主が留守になっても困るのでな」


「連絡手段はいかが致しますか?」


「何かあり次第、ワシの方から使いを飛ばす。お主が気にかけることではないわ」


 腰を上げるヒュベリオを見て、ヘレクスも追う。

 原初勇者によって建国された国、タニア。

 敗者となった英雄の国は、どんな顔で自分たちを迎えるんだろうか。

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