第10話 決闘の言葉

「ヘレクス・ユーリバルト」


『ほう、宰相の息子でも礼節はわきまえているのか。……だが私は名乗らん。あの男は好かないのでね』


「結構ですよ、僕も父のことは嫌いなんで」


 おお、と声に喜びを含める量産型。妙な一致があったものだ。

 和気藹々と父への文句を語り合いたいが、そうもいかない。

 ヘレクスは魔術を発動させる。通用するかどうか分からない、未熟な力を。


『確か『黒閃』だったかな? いいだろう、受けて立つ』


 構えに入る、二刀の大剣。

 瞬発したのはヘレクスが先だった。

 敵の一挙一動に注視する。いくら巨体で素早くとも、基本的な部分は人間と同じだ。羽虫にでもなった気分で、姑息こそくに動いてやればいい……!


「っ――!」


『ええい、ちょこまかと……!』


 かわす、躱す、躱す。下手な反撃をせず、必殺の距離まで確実に詰める。

 そんな、彼我の間合いが半分を切った瞬間。

 三本目の腕が、牙を向いた。

 胴を二つに分ける真一文字の攻撃。飛び退くのも間に合わない、絶好の位置関係を狙った一撃。

 超えてやる。

 でないと未来永劫、オリジナルには届かない……!


「おおぉぉぉおおお!!」


『ぬっ!?』


 激突する意地。

 だが。


『弱い!!』


「ぐっ!?」


 二階のテラス部分にまで吹っ飛ばされる。

 追撃が振り下ろされるまでの数秒、ヘレクスは全力でその場を離れた。

 粉砕される足場。爪痕は壁にも残り、人間離れした威力を証明している。

 急ぎ距離を詰めなければ。『黒閃』は射程距離のある魔術ではないのだ。隙を見出して潜り込まないと、以前と同じように追い込まれていく。


『次はどうする!?』


 もう一撃、古城そのものを割りかねない一閃が降ってきた。

 間一髪で避けるものの、敵は勢いを止めない。水を得た魚のように、好き放題斬撃をぶち込んでくる。

 ヘレクスに出来るのは走ることだけ。距離が空くのを覚悟してでも、直撃だけは避けねばならない。

 しかし、巨体の猛攻は上回る。


「っ……!」


 止むなく始める黒閃での相殺。

 足はその場に留まらなかった。誤魔化しが効かないレベルで持ち上がり、そこからは一瞬。


『ふんっ!』


 どこか、部屋の中に叩き込まれた。

 顔を上げれば、近付いてくる量産型。助走の中、人を潰すには大きすぎる剣が投擲される。

 避け切れない、防げない。

 思考が停止しかける中、ヘレクスの目には見慣れない神像。

 思い出す。

 ここは古城。ブリレオスが成立する前に作られていた、古い歴史が残る場所。

 そこに神像があるとすれば、自分たちが使っている物とは違う筈で。


「頼む……!」


 祈るのは力、ただ一つ。


『終わりだ!』


 神像を手にしたところで、視界は破壊の波に呑まれた。

 視界が、触感が、様々なところで滅茶苦茶になる。痛みさえ認識できるものではない。胸の辺りには鈍痛が残っていて、淡い死を実感させた。

 しかし。


「っ、く」


 動ける。瓦礫の中に埋まった身体は、光を求めるだけの余力がある。

 だが左右の感覚がおかしい。一方に鈍さというか、堅さ、重さの類がある。

 いや、これは――


「っ!」


 瓦礫を押し退け、息を吸う。

 暗闇の中に浮ぶ姿は、左右が予想通り異なっていた。

 左は生身のまま。しかし右に鎧がある。白い、見覚えのある形で。


『何をした……!?』


 驚きの声も、当然と言えば当然だった。

 恐らく、敵の視線には。

 半身にミネルヴァを宿した、ヘレクスの姿が映っている。


「――」


 得物はない。サイズだって人間規模に落ちている。

 しかし紛れもなく、湧き出る力があって。

 黒閃との合わせ技が、量産型との距離をゼロにした。


『!?』


 反応の間に合わない一瞬。

 量産型の顔面が、手の届くところにあった。


『貴様……!』


「ふ――っ!」


 鎧のない右半身。ゼロ距離で、黒閃の一撃を叩きつける。

 仰け反る量産型。しかし、敵もただでは終わらない。足元に降りたヘレクスを三本目の腕で狙う。

 ――体調は万全。心なしか、巡っている魔力の量も増加していた。

 ならば。

 真っ向から、打ち砕く。


『な……!?』


 黒閃の名に相応しく、一撃は城の天井さえ突き抜けた。


「うおおぉぉぉおおお!!」


 量産型の肩を伝い、一気に半壊した頭部へ。

 もう一度、最大級の一撃を叩き込む。

 心地良い快音の後には、巨体が倒れる轟音が響いた。

 仰向けに倒れる量産型の上。ヘレクスは肩を使って呼吸しながら、紛い物の反応を確認する。――横目にはミネルヴァのいた場所が映るも、何一つ痕跡は残っていない。

 だからか、量産型も微かに首を動かした。


『貴様、本当に何をした? あの守護騎士が突然消えたぞ』


「僕じゃなくて、神に聞いてくれると有り難い。実行したのはそっちだろうし」


『……そうか。ここは、西の神がいた時代の産物か』


 かつて、勇者に滅ぼされたモノ。

 それがヘレクスの味方をしてくれるなんて、皮肉にも程がある。神の考えていることは意外と分からない。

 量産型は動き出そうとするものの、腕を上げようとしただけで止まってしまった。


『さあトドメを刺せ。敵に生かされるなど屈辱でしかない』


「じゃあお望み通りに――と行きたいけど、一つ質問がある。……貴方達は、どうして帝都に戻らなかったんだ?」


『答えれば殺してくれるのか?』


 あまりに物騒な問いで、思わず閉口してしまう。

 微かに笑い声が聞こえた後、中にいる彼は前置きを作った。


『宰相殿の命令でね。襲撃者の危険があるため、ということで足止めされたのさ。近くにある古城で一晩を明かせ、と』


「宰相か……?」


 馬鹿な展開になった、と言ってしまうべきなんだろうか?

 いや、あの男はそんな油断をするタイプじゃない。何か他の目的がある筈だ。


『さ、殺してくれ。負け犬は負け犬らしく、退場しようと思うんでね。胸を貫いてくれればそれでいい』


「……」


 拳に黒閃を作り、振り被る。

 瞬間。


「リオ!?」


 二階から戻ってきた少女が、ヘレクスの眼前に現れた。

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