第9話 青との再戦

「何か策はあるか? ユーリバルトのせがれ


 馬を走らせながらの問いに、ヘレクスは素直に否定する。

 既にミネルヴァが倒れた場所は通過した。もちろん守護騎士は影も形もなく、二人はこうして先を急いでいる。帝都の中に入られたら、奪還の難易度は桁違いに上昇するからだ。

 月明かりに濡れる帝都への道。天上の星々は、一行を嘲笑あざわらうように降り注ぐ。

 一応、砦からはそれなりの人数を連れてきた。砦の守りを意識する必要があるため限度はあったが、みなヒュベリオに仕える精鋭。戦力としては十分だ。


「ワシらにも魔術が使えればなあ……」


 部下達を一瞥して、ヒュベリオがらしくない愚痴を零す。

 あれが勇者の特権である以上、純粋にこちら側の人間である彼には使えない。方法があるにはあるが、門が狭過ぎるという現実があった。


「聖約すれば使えますけど、実証例はかなり少ないそうですからね」


「うむ。――まったく、ワシらの神は戦嫌いと見える。ブリレオス土着の神は戦闘関連の聖約をよく通すと言うが……」


「こっちは身体面というか、生きることに関係していると通りやすいですね」


 リオの聖約も、ひょっとしたらそれで通ったのかもしれない。人間、長時間笑い続けると死ぬらしいし。

 何とか魔術を通す聖約はないものか――思案に耽ろうとしたところで、先頭のヒュベリオが急停止する。


「どうかなさいましたか?」


「うむ、荷車を引いた跡がある」


 彼が顎で示した先。確かに、車輪の跡が土に凹凸を作っている。

 しかし方向が妙だ。帝都への道から完全に逸れている。


「この先、何かありましたっけ?」


「随分と昔に立てられた城があった筈じゃ。それこそ、帝都の影も形もなかった時代のな」


「そこまで古い建物が……」


 素直に感心する。ブリレオス人の排他的な性質の中で、よくぞ今日まで残ったものだ。

 となると、彼らが向かったのは城を破壊するためだろうか? あの量産型なら、剣を一振りするだけで瓦礫の山に変えられるだろうし。


「とにかく様子を見るか。怪しさ満天じゃが、確認せんことには始まらん」


「閣下、お待ちくだ――」


 静止の声も虚しく、ヒュベリオは右へと進路を切る。

 残された連中は苦笑しながらも追いかけた。周囲に敵兵が潜んでいないかと、最新の注意を払って。

 やがて、巨大な建造物が輪郭を見せる。

 ヒュベリオが言った通り、古めかしい城がそこにあった。周囲を取り囲む木、壁に張り巡らされた蔦など、時代を感じさせるには事欠かない。

 正門には、見張りの任についているテニミス兵。


「――さあどうする? 無理に正面から入れば戦闘じゃ。ワシの部下がいくら有能だろうと、勇者軍団を蹴散らすのは手間じゃぞ?」


「……」


 参謀というわけでもないが、ヘレクスは必死に考えを巡らせる。

 手持ちの駒も、情報も足りていない。使えそうな要素といえば、彼らがさらった村の人々だろうか。同じような格好をすれば、一先ず中に――


「む、ユーリバルトの倅」


「はい?」


 見ろ、と厳しい顔付きのヒュベリオが言う。

 視線の先。正門のテニミス兵と話しているのは。


「リオ!?」


 砦に残してきた筈の彼女が、親しげにテニミス兵と話していた。

 突然の展開に、ヘレクスは唖然とするしかない。彼らがリオを拒絶しないことも、彼女に追い付かれたことも。

 反対にヒュベリオ一団の猜疑さいぎ心は限界に達していた。やはりか、と次々に言葉が漏れる。

 しかし直後には沈黙した。

 門の前にいたリオが、兵士の一人を切ったのだ。

 続けて二人目も。彼らは助けを求めることすらなく、一閃の元に仰臥ぎょうがする。

 彼女はそのまま城内へ突撃した。内部の兵士も気付いたのか、慌しい雰囲気がやってくる。


「……ユーりバルドの倅、ワシを起こしてくれ。これは夢じゃろ?」


「もうバッチリ目覚めてますよ! 僕達も入りましょう!」


「おうよ!」


 戦いの喧騒へ、ヒュベリオを先頭に突撃する。

 城内への侵入は呆気なく果たせた。エントランスには血を流して倒れる兵士が数名。みな呻き声を上げるだけで、抵抗した痕跡すら残っていない。

 激戦の音色は二階へ。

 そして自分達の目的は、正面に配置されていた。


「ミネルヴァ……」


「よし、お主は先に守護騎士を動かせ。あの小娘にはワシらが会いに行く」


「……妙なこと、しないで下さいよ?」


「気が向けばな!」


 数名の部下を守りに残して、ヒュベリオは二階へと進撃した。

 ヘレクスは直ぐにミネルヴァへ触れ、動くように指示を飛ばす。――が、反応はない。見れば破損も修復し切っておらず、早過ぎた到着を批判するようだ。

 どうするか。時間を待つのが一番だろうが――


『やはり来たか!』


 エントランスを割る一撃。

 地中に潜んでいたのは、あの青いマルスだった。

 ヒュベリオの部下達は一撃で無力化される。攻撃の範囲外にいた者も、数少ない選択肢に迷いを隠せない。

 なら止める必要はなく、ヘレクスは主人の元へ向かうよう指示を飛ばした。

 一対一。

 人の矮躯わいくでは勝ち目のない勝負が、始まろうとしている。

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