第8話 少女に迫るモノ

「……」


 最後の言葉を、リオは何度も反芻はんすうした。

 人生を引っ繰り返すような言葉。……そんなもの、言える筈がない。リオ自身、一般的な考えしか持てていない自覚もある。

 ヘレクスを止めるのに、自分じゃ役不足なんだ。

 あのお姫様なら、もっと効果的な意見を述べたんだろう。性格を知っていれば、扱い方も分かるというものだ。


「――はあ」


 指示通り、大人しく待つしかない。

 脳裏を過るのは召喚後、様々な人から寄せられた期待だった。

 宰相と名乗った人物は厳しかったけど、ほか多くの人は好意的に接してくれたと思う。格好からして貴族だろう。君は救世主だ、と涙ながらに喜ぶ人までいた。

 それは誇らしかったし、混乱を拭い去るには十分な威力があったと思う。――そう、威力だ。元の世界に帰るという選択肢を消すための、良心を動かすための起爆剤。

 お人好しが過ぎるかもしれないけど、助けてあげたかった。

 だって彼らは危機にひんしている。困った時はお互い様で、ヘレクスと同じような罪悪感を抱えていた者はいたに違いない。

 何か、出来ることはないのだろうか。

 机に頬杖を突いて、リオはもう一度考える。迷惑は掛けられない、傍観者なんてごめん被る。――戦うのは心がついていかないけど、それでも何か出来る筈だ。

 過ぎ去っていく時間すら惜しい。急いで気持ちを固めないと。


『何が欲しい?』


 頭の中に直接響く、誰かの声。

 聞こえてくる方向が分からないのに、リオは部屋の奥を見る。

 湧き上がる、黒い影。森で逃げている最中、勇者の能力だとかで見たものと同じだ。

 立体化する長身は、リオにも覚えのある顔。

 宰相を名乗る、今回の召喚で中心的な役割を果たした人物。

 驚きのあまり声を上げようとするも、不思議と口が動かない。彼が何かしたのだろうか? 実際、口の前に人差し指を立てるジェスチャーをしている。


『気付かれると厄介なのでな。このまま念話で済ませるぞ』


「……?」


 リオは首を傾げることしか出来ない。念話? この、テレパシーみたいな現象のことだろうか?

 宰相は顔色一つ変えず、特別な方法を続けていく。


『ミネルヴァの輸送部隊は、帝都の郊外にある古城で夜を明かす。襲撃するならば、そのタイミングをやつらは狙うだろう』


『……で? 私にどうしろと』


『これをやろう』


 放り投げられたのは小さな宝石。ミネルヴァの中から出てきた物より、一回り小さい石だった。


『そこには原初勇者の記憶、用いた聖剣が入っている。彼らを止めたければ使うといい。――ただ、ヒュベリオ卿には注意しろ。彼も聖剣に迫る剣を有している』


『あ、あたし、戦う気構えなんて――』


『記憶が入っている、と言ったろう。まったく問題はない。どんなに悲惨な戦場だろうと、揺るがない精神を貴様は手にする』


 半信半疑で、リオは宝石を覗き込む。

 中は澄んだ青色。光がフワフワと浮んでおり、幻想的な光景が内包されていた。

 同時に沸き立つ活力。今なら何でも出来そうだと、根拠のない自信が心を埋め尽くしていく。――まるで白いキャンバスを、他人という色で塗り替えていくような。


『では行くがいい。ヘレクスと戦い、連中から意思が消えるまで痛めつけろ』


『ま、待って! それって――』


『返事を述べろ。それ以外に私は聞かん』


『っ――』


 染まっていく。堤防が決壊し、汚泥が流れ込むように染まっていく。

 反感をすっかり収めて、リオは頷きを返していた。

 自分でも分からない。宰相の言っていることは、彼らを殺せという意味しか持たないのに。

 納得したのか、宰相は闇に溶けていく。

 この瞬間にもう、リオという人物の精神は消えていた。

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