第4話 知りえなかったこと
乱暴に置かれた鞄たちは玄関先で横たわり、中の物は廊下に転がりそのままにされていた--。
なだれ込むように寮に帰ってきたあたしは鞄を置いて、ベットがあるにも関わらず、ソファーで力尽きていた。
眠い。疲れた。動きたくない。
その言葉たちがぐるぐると頭を駆け巡る。
(今日も一日終わったんだ。終われたんだ、あたしは。)
お疲れ様は言われない。
アイドルの生活がこんなに厳しくて辛いものなんて思わなかった。
夢見るだけじゃやっていけない、と分かったのはアイドルになってすぐのことだった。
◆
オーディションの日から、合格通達が来たのは1週間後のことだった。
あの1週間は1年以上待った感覚で、返事が来るのを1日1日長く感じた。
合格からの流れは、必要書類の提出・マネージャーその他スタッフとの顔合わせを兼ねた会議など山積みだったけど、渡された書類の中に“デビューライブ”の文字が打ち込まれたのを見たから、なんでも苦にはならなかった。
一番驚いたのは、グループだったと言うこと。
直訳で愛を作る・・・・・・なんて最初はクサいって思ったけど、今は結構気に入ってたり。何より言いやすいし、自分たちの紹介のとき噛まなくて済むと知ったのはデビューしてからのことだった。
6人編成で、センターに抜擢されたあたしはアイドルと言う名の戦国の世で、仲間から
他のメンバーと顔合わせしたのはマネージャーやスタッフとの会議と同じタイミングだった。
正直、あたしより格段にレベルが高く、顔も整っていれば喋り方から所作まで“アイドル”をしていた。
デビュー前からアイドルしてるんだ。
夢ばっか追いかけてたあたしとは裏腹に、みんなこの場所に来る前から切り替えてるんだ。アイドルっていう人物に。
たった6人のアイドルの為に、両手では数えれないスタッフとマネージャー、それから仲間でありライバルになりえるメンバーに緊張に緊張を重ね、このときの会議の内容はほとんど覚えてない。
自己紹介もしたけど、何話したっけ?たぶんスカスカの中身だったんじゃないかな。
◆
顔合わせの会議の次の日からすぐアイドルとしての仕事が始まった。
スケジュールは朝から晩までみっちりと書かれており、移動中や休憩中までも予定が入って驚いた。
ちなみに、この時に見た次の休みは2週間も先に1日だけだった。
アイドル・・・・・・と言うよりも芸能界として
そんなことも言ってられない。
アイドルは歌って踊らなければならない。
しかもセンターのあたしは他のみんなと違って違う振り付けなんかもあったりして、覚えることはみんなより多かった。
歌詞も振り付けも、芸能界の
あたしはなにもかも遅かった。
この芸能人はここの事務所の方だ、とか、先輩アイドルや芸暦が上の芸能人とすれ違う時は一礼して、相手が通り過ぎるのを待ってから歩く、とか、身体が覚えたのはずっと先だった。
なんてあたしがセンターなんだろうか。
事務所はなにを思ってあたしをセンターにしたのか。
それは、嬉しくないことじゃない。
合格通知が来たときはそれこそ喜び倒したけど、今はそんなことできない。
この調子が続けばきっとセンターは変わる。
それだけで、話題にされる数がグッと減る。
おっちょこちょいキャラで馴染めば良いけど、そんなこと確立される立ち振る舞いなんて、あたしはできるほど器用じゃない。
夢に描いてたお仕事とはまったく違った“こちら側の世界”。
アイドルと言う自分が目指していたスタートラインは、開始を知らせる銃声が鳴ってもあたしは踏み込めず、完全に出遅れていた。
気持ちだけ、フライングしていたみたいに。
◆
・・・・・・ちょうど日付が変わった時刻だった。
明日は6時半に起きて、朝から情報バラエティー番組での宣伝・・・・・・。そのまま取材を受けながら移動して・・・・・・なんだっけ。
頭が回らない。
オーディションからずっと続く緊張と、急激に変わったライフスタイルであたしの身体は限界をとっくに通り過ぎてた。
でも今は不思議なことに身体は疲れてるけど、眠くはなかった。
なんだか、夜風にでも当たってスッキリしたかった。
今はなにも考えたくなかった。
外に出るとなんだか眩しい気がした。
当然夜中だから真っ暗なんだけど。
ここ何日も気付かなかったんだ。ううん、気付けなかったんだ。こんなに星が出てたことを。
今のあたしには眩しいくらいに
なんだか、星を見てると悩んでたことがどうでもいい気がしてきた。
数ある星の中のひとつの惑星で、ちっぽけなあたしが悩んでることなんて、宇宙から見れば小さくて小さくて・・・・・・それは小さすぎるほどに。
あたしはなりたい。一等星のアイドルに。
暗闇の中、星だけが照らしたあたしはなんだか吹っ切れそうだったところに、別の角度から違うライトがあたしに合図した。
(こんなところに自動販売機なんてあったんだ)
それは寮から歩いて、すぐのところだった。
その商品を照らすライトはなんだか、あたしを呼んでるような気がした。
自動販売機の前に立つと、買ってくれと言わんばかりの飲み物たち。
ここまで来ておいてなんだけど、別に飲み物を飲むことも買うつもりもなかった。
ただ、なんだか引き寄せられたと言うか。
ぼんやりとした思考でただ、自動販売機を眺めていた。
体感は長かったように感じたけど、どうなんだろう。
なんだか、自動販売機が照らす明かりがすごく心地よかった。
なんて魂がどこかに抜けていった抜け殻みたいに立ち尽くしていると、誰かが歩いてくる足音が聞こえてきて、ふと我に返った。
怪しまれないように・・・・・・なによりアイドルという自覚がその瞬間
まだ出だした駆け出しのアイドルがこんな変なことして、しかもきっと疲れきった顔をしているに違いない。
そんなところを見られるわけには行かないと、
(良く見てはいないけど、男の人の感じがしたし、アイドルオタクだったら最悪だ・・・・・・。)
逃げるように寮に帰ったあたしは、動転した気を落ち着かせるために、訳も分からず買った飲み物を一口だけ飲んで、またソファーに横になって眠りを迎えた。
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