第3話 ただ、そればかりを


 あれからどれくらい時間が経っただろう?

あの日、オーディションの仕事が終わってから帰宅して・・・・・・と言うよりも、頭があの子のことでいっぱいで、言われるがまま帰宅させられた感じ、と言ったほうが良いだろうか。

あの子の合否も分からないまま、時間だけが過ぎていった。

1日・・・・・・2日、1週間・・・・・・。

なにかを知りたくても、連絡先もわからない。

接点はおろか、一方的に気になってるだけのひとり遊び。

ストーカー染みた思考をしてるのはわかってる。でも、なにもしてない。・・・・・・できない。

お気に入りのジュースを何杯も飲み干し、中身のない缶が無常にも部屋に転がっている。

行き場のないこの気持ちを、友だちすらいない僕はぶつけるどころか、相談すらできなかった。

僕は新しく栓を開けたジュースを一気に飲み干し、ただ感情に流されるままにそれを壁に投げつけた。


これだから恋愛は嫌いだ。

思い思われ・・・・・・なんてのは、ただの奇麗事だ。

恋愛の駆け引きなんて、僕に言わせればただの“先の見えない真っ暗な道を歩いてる”だけ。

メールの返信が待ち遠しいとか、ちょっとしたことで他人に嫉妬したり。

結局は相手がどう思ってるかなんて、これっぽっちも分からなくて、自分で勝手に落ち込んだり、勝手にいきどおったり。

面倒かつ無意味極まりない。

願わくば、親が決めた幼馴染なんてもので結婚したかった。

人はどうして恋愛をするのだろう・・・・・・と考え出すと、哲学の分野だからそれは別の話。

ともかく、僕にはそんなこと必要ないし、これを教訓として綺麗さっぱり忘れよう。

それが僕にとって良いことなのだと言い聞かせて、次の缶に手を伸ばそうとした時。

すでにからになった缶がぽつんと。

さっき飲んだのを忘れていた。それどころか、勢いに任せて一気飲みしたせいで味わった感覚がまるでなかった。


僕はあの飲み物お気に入りのジュースが好きすぎて、一種の麻薬なんじゃないかな、と思っている。

絶対麻薬が入ってる・・・・・・と思うくらい好きだ。

ふと、時計に目をると、深夜1時を指そうとしていた。

この時間なら近所の人の目に付くことなく、自販機に行くことができる。


できるだけ人とは関わりたくないしね。



さすがにこの時間も暑くなることはなくなり、薄手のコートを羽織った僕は、秋風に当たりながら自販機を目指す。

とは言っても、歩いて数分・・・・・・走ればすぐ着くくらいの距離だ。

できるなら、ネットで大量発注して常備しておきたい。

が、調べてもやってくれそうになかったので、渋々僕は毎日自販機に自ら足を運ぶしかない。

好きだから苦ではないけど、慣れるとこの距離さえわずらわしい。


自販機に近づいていくと、自販機の明かりに照らされた人影を見かけた。

この時間にも人はいるか、と少し歩くスピードを遅め立ち去るのを伺う。

見たところ女性で、ボタンを押し終えたのか、受け取り口に手をいれた彼女に目を遣ると、僕はその時一瞬で、2度見・・・・・・いや、200度見くらいしたんだと思う。

僕が好きで、僕が今買おうとしていたあのジュースを買っていた。

たぶん僕だけしか買ってないだろうと思っていたから、正直驚いた。

驚いたけど、よくよく考えれば僕だけが買っているなら、需要もなくなってすぐ商品が入れ替わるよね。

気のせいか、顔を隠されたような気がしたけど、そんなわけないか。

そんな人もいるんだ・・・・・・と関心しながら、その女性が立ち去った自販機にお金を入れ、光ったボタンを押す。

大きな物音と共に排出されてくる商品はいつになったら解消されるのか、連続で買うと取り出しにくくなるのはいつ解消されるのかって毎回思う。

僕が一気に持てるのは4本までだから、本当は4回連続でボタンを押したい。

・・・・・・が、詰まって取れなくなるのは経験済みなので、毎回ボタンを押して、その都度取り出す戦法。

そのとき、まるで冬の風かのように冷たい風が頬を撫でたので、僕は大きなくしゃみをぶちかます。

まだ夏が終わったばかりなのにこんなので風邪を引いてたら洒落にならないし、そそくさと押しては出してを繰り返した。

ちょうど3本目の往復を終え、最後にあたる4セットに差し掛かろうとしたとき、ボタンに【売り切れ】の文字が浮かび上がっていた。

さっきの女性が居なければ・・・・・・なんて、届きもしないちょっとした怨念を飛ばした僕は少し肩を落としながら、抱えたジュースと一緒に帰った。

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