第2話 変わらない世界


 夢なんかない。


小さい頃はあったんだと思う。忘れたけど。


流行はやりの曲とか、今はこのファッションがきてる、とか別にどうだっていい。


メルヘンチックな御伽噺おとぎばなしとか、巨体の男が僕を迎えに来て魔法使いになるために連れ去るとか、未来から来たネコ型ロボットでもなんでも良いから、僕のつまらない生活を変えてよ。


そんな妄想ばっかりで僕の世界は変わる・・・のか?



うだるような暑さに耐えながらパソコンとスマホを交互にらみ合いを続ける日々。

今日も今日とてネットサーフィン。

好きなジャンルの掲示板見て、飽きたら動画サイトでの動画漁り。たまにトイレ。

それのローテーション。

おもしろくない高校はほとんど行ってない。たまに行く。

単位は落としたくないし、必要最低限の登校しかしてない。

そもそも高校行き始めたのも、中学卒業して仕事するの嫌だし受験した。中卒って肩書きもなんだかだったし‥‥ね?

仕事しないとお金ないからたまに派遣のアルバイト。

退屈でしかない僕の人生は、ずっとこんな感じだ。

小学校。

学校行って、帰ったらゲーム。

中学。

学校行って、帰ったらゲーム。飽きたらアニメと漫画。


・・・・・・もちろん、恋愛経験なんかないし、したいとも思わない。

「好きな人が出来てドキドキしてるんだー!」なんてバカのすることだよ。それが僕のモットー。

モテない男の強がりに聞こえるとかなら、なんとでもどうぞ。

退屈しのぎが僕のすべてで、僕のすべては退屈しのぎ。

友だちなんている訳ないし、社交辞令とかできるわけもない。

学生ニート?人生ニート?僕にぴったりの言葉はなに?

まあ自問自答したところで余計な思考回路を動かしてるだけの無駄なこと。

外に出るって行ったら嫌々いく高校と、近所の自販機。

あそこの自販機にしか僕の好きなジュースが売ってない。

多いときは1日5回は買いに行く。好きだから。

昼間は人目が付くから行くのは夜が多い。

唯一関心があるのはあのジュースだけかな。



今日はアルバイトの日。

無駄に暑い上に、うざったく湿っぽい。

変に汗ばむ僕とは裏腹に照りつける太陽をにらみ返し、目くらましを食らう。

チカチカした目と、ぼーっとした頭を起こし仕事脳に切り替える。

今日の仕事はらしい。

普段着ないスーツは押入れの奥のほうで、数年は起きない冬眠からたたき起こされ、すこしほこりっぽい。

暑さとスーツの暑苦しさプラス埃っぽさ。

唯一の救いは屋内だと言うこと。クーラー効いてるといいけど。

行きの電車で何度バッくれて家に帰ろうかと思ったか・・・。

それでもこのバイトに来た理由は、ずばり高時給。

背に腹は変えられないって良く言ったものだね。


建物内に入り、かび臭い少しひんやりした廊下を歩き、【関係者以外立ち入り禁止】とかかれた鉄扉てっぴを開け、今日がここの現場。

少し広めの部屋に長テーブルに椅子が5つ。すでに偉そうな中年男性が全席に座っている。その前に少し距離を開けて椅子とスタンドマイク。

隣の部屋?からはガヤガヤと何人もの女性の声が聞こえる。

僕はその女性たちをこの部屋へ一人ずつ誘導するアイドルのオーディションスタッフの一人だ。

現場で渡された紙に記載されてる通りに番号と名前を読み上げるだけの簡単な仕事。ご丁寧に名前のすべてに振り仮名ルビ付き。

こんな仕事が高自給なんてやっぱりその業界の会社はお金持ってるってことだね。落胆。

金無し能無し生きる意味迷走の僕とは無縁の世界だと痛感。


時間になると僕は隣の部屋に通じる扉を開けては名前を呼び、女の子が入ってくる。

彼女たちは質疑応答を何度かした後、歌とダンスを披露。

それを見た偉そうな中年男性'sは机に置かれた紙に何かを書き込み、彼女たちを退室させる。

そしてまた僕は次の女性を呼ぶ。

名前を呼んだ僕の前を彼女たちは通るわけだが、部屋に入ってくるときはやる気に満ち溢れてると言うか・・・プラス緊張でなんともいえない顔をしてるが、一通りオーディションが終わり、退室する頃には“これでよかったのかがお”をしている。

オーディションどころか面接もしたことがない僕には無縁の話だが、やっぱり緊張するよね。

素人の僕から言うのもアレだけど、正直みんなアイドルっぽくない。

学校のクラスで言うところの3~4人いる顔。不細工ではないけど特別可愛い訳でもない。

歌とダンスも正直、驚くほどでもないレベルというか。素人の僕から言うのもアレだけど。

今日帰ってからなにしようか、とそのことを交互に考えながら退屈しのぎ。

オーディションも半分以上終わって、気を抜いていたその時。


「エントリーナンバー652番。結城ゆうき 紗知さちさん。どうぞ。」


自分が発した言葉でこちらを向いた女性に釘付けになった。

目が合った時間が、一生分の時間を使ったぐらい長く感じた。

例えるなら数ある星の中で輝く一番星。

うっすら茶色掛かった髪に似付く顔立ちとそれに見合うであろうメイク。

自分が自分で自分はこんなこと考える人間だったのかと自問自答を100回くらいした気分だった。

歌もダンスも言葉遣いもすべてがほかの女性より上手いように聞こえた。

実際はそうでもなかったのかも知れないけど、少なからず僕にはそう聞こえた。

彼女が部屋を立ち去ってからも、僕の頭の中は彼女でいっぱいだった。

それは帰宅した僕の頭の中をも埋め尽くすくらいに。

「結城 紗知・・・か。」

ベットの上でぼそっとつぶやいた名前を僕はそっと心の引き出しの大事なトコロにしまった。

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