第十五話 本当に怖いのは……

「よう、ちょっと殺されてくんね?」


僕は、桐原ゆうき。

両親は勇気のある子に育ってほしいと僕にこの名前をつけたらしい。

でもお父さん、お母さんダメだった。

急にこんな怖い人が出てきたら恐怖で動けなくなってもしょうがないと思う。

ファンタジー小説の挿絵に出てきた怪物よすりもいかつい顔をした大男が突然僕たちの前に現れて、手には刃渡りが30㎝もありそうな細い刀。

凶器を振り下ろされる瞬間まで僕は動けなかった。


「キィイン」


直後に響いたのは金属がぶつかり合った音。

僕の目の前に執事服の背中が現れる。


「ぎょえ! なんでここにいるでやんす」


声がしたのは大男のすぐ後ろだった。

いつの間にかそこには猫背のネズミのような顔をした男が立っていた。


「蜃気楼はもともとレタリウス王家の十八番ですので」

「チッ」


執事服はクロジデ・デウナスさんだった。

あの細見のどこにそんな力があるのかと思うけど、大男の凶器を十手のようなもので受けている。


「やっぱり罠だったか。おい!」

「へ、へい!」


大男が怒鳴ると、ネズミ顔の男が媒体箱から媒体を1枚とりだし言霊を唱える。

デウナスさんは気づいていたけど大男に抑えられて動けなかった。

僕は怒鳴り声でさらに恐怖し、震えることしかできない。


「デウナス!」


目の前からジュディアスの声が聞こえた。

デウナスさんだった背中がいつの間にかジュディアスになっている。

すると、ネズミ顔の男の背後にデウナスさんが現れる。

デウナスさんが軽く手を振ると、ネズミ顔の男は白目をむいて倒れた。

そのままデウナスさんが大男に向かう。

大男も気づいて、ジュディアスをふりはらう。

ジュディアスをデウナスさんだと思って、相手をしていただけみたいだ。

デウナスさんは素手だった。


「やっぱ……十手なんか……あんたらしくないと……思ったぜ……」


大男は呟いてから倒れた。

デウナスさんの恐ろしく速い拳が凶器をすり抜けて当たったようだ。

倒れた大男にジュディアスとデウナスさんが近づいていく。


「ジュディアス様、あれを」

「ああ、『縛』」


ジュディアスが十手を大男に向けながら、言霊をつかった。

『水』でも『火』でもなかった。


「ジュディアス、なんじゃそれは」

「レタウ王家に伝わる秘宝さ」


ジュディアスの十手から緑色の光の帯が伸びると、大男とネズミ顔の男を縛り上げた。


「ふむ、『水』でも『火』でもないのじゃ」

「そうだね。『縛』って刻んであるよ」

「!?」


あ、デウナスさんとジュディアスが驚いている。

特にデウナスさんは信じられないという顔だ。


「ジュディアス様より話は伺っておりましたが、ユーキ様が高位のデュアリーラーであることは間違いないないようですね。確かにこの十手(抱きしめる女神の腕)には『縛』という文字が刻んであります」


す、すごい名前だ。


「しかし、これは門外不出の秘宝。他言無用でお願いします」

「便利なんだが、非常時以外持ち出すなとデウナスや父上がうるさいんだ」

「当たり前です」


デウナスさんがお説教モードに入ってしばらくして、二人の男たちが目を覚ました。


なんとなくそのまま僕達のまえで尋問が始まるようだ。

デウナスさんが始めに大男に話しかける。


「大人しく話をする気はありますか?」

「……」

「そうですか」


デウナスさんが大男の持っていた刃渡りの長い凶器を持ち上げた。マチェットというらしい。

そこまで僕はこの世界の尋問がなにをするのか想像していなかった。

日本にいたころには想像もできないことが、目の前で起こった。


「ぐっ……!」

「アニキ!」


デウナスさんはなんの躊躇もなく大男の手首を切り飛ばした。

僕は後ろの二人を見た。


「ユーキには少し辛かったか? なんなら席を外すのじゃ」


フィリアは当然の仕打ちだ、という表情だった。

ノーブルも同じだ。

僕だけが違う。

安全な日本という国にいた僕とは違う価値観。

この世界では死は身近なものなんだ。

戦争や、流行り病に魔物の脅威。

同じ人間ですら、立場が違えば簡単に殺しあう。

おかしいのは僕のほうだ。でも……


「あやつは私たちの命を狙ったのじゃ。辛いなら……リリアル」

「はい」


ノーブルが優しく手をとって、この部屋から連れ出そうとしてくれた。

この世界ではこれが正しいんだ。

でも、正しいってなにが正しいのだろうか。

教室を出る時に僕は見てしまった。

まさに大男にマチェットが振り下ろされる瞬間。


「アニキー!」


ネズミ顔の男は泣いていた。

大男は諦めていた。

デウナスさんは本気だった。

沸いてきたのは怒りだった。


「!!」


一瞬目眩みたいに目の前が真っ白になったあと、視界が戻ると、みんなの動きが止まっていた。


「何者なんですか。あなたは?」


違った。僕の前にはデウナスさんがいた。マチェットを構えて。


「ひっ」


僕はへたりこんだ。

マチェットには血がついていたし、みんな怖い顔をしている。


「ユーキは、大切な友人で我が恋敵(ライバル)だ。デウナス、下がれ」

「しかし、ジュディアス様! 今の殺気はただ事ではありませんぞ!」


デウナスさんが僕から目を離さずに答えた。

殺気?

なんでみんな僕を見てるんだ?

近くにいたノーブルも、怯えた目で僕を見るだけで、固まっている。


「……それでもユーキはフィリアの命を救ってくれた恩人だ。恩を仇で返すのは、レタリウス家の沽券にかかわる」

「ジュディアス様、御言葉ですが、見てください。わたくしめの手が震えるほどの殺気を放つ者です。今も態度を偽って、こちらの隙を狙っているに違いありません」


見ると、デウナスさんのマチェットを持つ手が確かに震えていた。


「ユーキ様……いえ、この化け物はこの場で!」

「ならん!」

「キィン」


切りかかろうとしたマチェットがフィリアのファイアーボールにて弾き飛ばされ床にささる。


「フィリア様! なにを!?」

「そこまでにしろ。いくらジュディアスの身内と言えど、我がエリフィンの抱える食客に手を出すのならば、容赦はせん……」

「……」


フィリアまで怖い顔をしている。

それに、いつもの口調とも違う。

僕は怖くて震えているだけだ。

フィリアがゆっくりと僕の前にきてデウナスさんと対峙する。

息を飲むようなにらみ合いを崩したのはネズミ顔の男だった。


「な、なんでもいい! ちびっこの旦那ァは助けてくれたんだろ!? でもこのままほっといてもアニキは死んじまう。なぁ! 無くした手首を返せなんて言わねぇ。とにかく血を……血を止めてくれぇ!」


ネズミ顔の男は泣き叫んでいた。

アニキには助けられたとか、アニキには恩があるとか、代わりに自分を殺して手打ちにしてくれとか。


「……ばかやろう。お前にそんな価値あるかよ……」

「アニキー! しゃべっちゃだめでやんす。アニキは生きなきゃダメでやんす。なんにもないおいらと違って、アニキには……」


ジュディアスがゆっくり近づいていく。


「た、たのむ! アニキを!」

「どけ、邪魔だ」

「アニキー!」


十手の効果なのか、光の帯がネズミ顔の男をひきずってジュディアスから遠ざける。

ジュディアスが十手を大男に向けた。

とどめを刺すつもりだろうか。

そうだとしても僕では止められない。


「縛(抱きしめる癒しの腕)」


大男の青白かった顔に生気が戻っていく。

手首は戻らないが、切り口がふさがり、血も止まった。


「ジュディアス様……」

「これでいいんだデウナス。それにそっちの男より情報をもっている確率が高いのはこの男だろう。それに、そろそろ下がってくれないか」

「それは……」

「デウナス。三度言わせるな」

「……かしこまりました」

「ふぅ」


デウナスさんが僕から目線を外し、ジュディアスのもとへ下がってくれた。

フィリアはまだデウナスさんをにらんだままだ。


「さて、命を助けてからわざわざ殺すのはもったいない……お前には」

「ああ、話してやるさ。洗いざらいな」

「……物分かりがいいのは良いが、どうしてだ」

「そこから話そう」



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