第十四話 とても怪しい謎の男

俺はガキが嫌いだ。

予測がつかないし、もしかしたらなんて思いを抱かせる。







俺は目的のために動き出した。

目標を決めて順序だてて行動するのは好きだ。

予定通りに事が進むのは大好きだ。

逆に俺の予定を狂わせるようなものはなんであれ大嫌いだ。

今降っている雨が目下の憎悪の対象だ!


「自然現象でやんす。仕方ないでやんすよ」

「馬鹿野郎、だから余計に気にさわるんだよ!」


俺は話しかけてきた猫背でネズミのような顔をした男に怒鳴り付ける。

自然現象は人の手の届かない領域だ。だからこそ、念入りに予測し、それを元に計画を練り、実行に移した。だが結果はどうだ!


「あ、アニキだって外すこともあるでやんす」

「ぁあ゛?」

「それにアニキの頭脳ならここからでも余裕でやんすよ……きっと」

「……チッ」


俺は聞こえるように舌打ちをしてからジョッキをあおる、が、仮にも学院の食堂である。いつも気分をまぎらわしてくれる酒場の飲み物ではない。そのことにさらに小さく舌打ちをしてから話を進めた。


「まあいい。予定はくるったが計画に支障はない」

「さすがアニキ!」

「気分の問題だが、王子を足止め出来ているのにはかわりない、問題は場所だ」

「でも学院にはすんなり入れましたよ」

「それが気にくわないんだよ」

「?」

「いいか、よく聞け」


俺は声を落として、この使えないネズミ野郎に聞かせる。

王子が滞在中というタイミングで、他所からきた人間を学院が簡単に受け入れた。

王子が学院に出入りしているのは公表されていない。

独自に調べ、身分証を偽装し、保険もかけた。

なのにいざ学院の門を叩いてみれば、驚くほどすんなり入れた。

むしろ王子が滞在している厳戒体制の前の学院より簡単に、だ。

厳戒体制前の学院については調べてある。それを言い訳にもし潜入できなくても王子が出入りしていることの裏をとるつもりだった。

結果は御覧の通りだ。

罠の匂いしかしねぇ。

そこまでをネズミ野郎にわかるように丁寧に教えてやっていると、ターゲットがいつの間にか移動していた。


「チッ」


今日何度目になるかわからない舌打ちをすると、ネズミ野郎を引っ張って追跡を開始する。


「おめぇ、俺が一番嫌いなのはなんだか知ってるか?」

「へい、アニキは計画を邪魔するやつが嫌いでやんす」

「なら、お前が足を引っ張っている自覚はあるか?」

「……?」


無言で腹に一発くれてやると猫背がさらに曲がった。

無視して歩き出すと足早についてくる気配がわかる。


「ま、まってくださいアニキ! おいらまだこの学院に慣れてないから、おいていかれたら‟また”迷子になるでやんす」

「だったら早くしろ」

「へい!」


幸いここ数日の調べでターゲットが移動する先はわかっている。

食堂の次は授業開始まで教室に移動するか、庭園にいる。

屋上は生徒は立ち入り禁止のはずだ。

食堂の出口にいた生徒に話しかける。


「おい、王女がどっちにいったか知らないか。王城から伝言があるんだ」

「……あっちにいったよ」

「そうか」


俺は言われた方の廊下をみる。こっちは確か教室があるほうだ。

手の中でガーデが力を失い崩れ去る。

使った魔術は幻をみせるものだ。

『水』の刻印と靄の絵が描かれたガーデによって行使できる中級魔術。

魔術はその制作にかかる魔力と言霊に必要な魔力の合計から初級、中級、上級と分けられる。

それぞれにコツも違い、中級以上の魔術のコツを掴むのは難しい。

上級魔術は製作に俺の一日分の魔力、行使にさらに一日分の魔力を使う。

コツを掴んでいれば半分で済むらしいが、俺にはできなかった。

大半の人間は初級すらコツを掴むのが難しいらしく、中級魔術のコツを掴んだ俺は裏の世界の連中にスカウトされるのにそう時間はかからなかった。


「さっすがアニキの蜃気楼は効果抜群でやんす」

「お前は役に立たんが蜃気楼(こいつ)は別だ」

「あ、アニキは厳しいでやんす」

「いいからお前はお前の仕事をしろ」

「へい」


俺の命令でネズミ野郎は自分の媒体箱(ボックス)から中級魔術「透視」を発動させる。

途端にネズミ野郎の額に汗が噴き出るが気にしない。

ネズミ野郎が前に出した両手の上に水球が現れる。その中にレタウ国の王子、ジュディアスが浮かんだ。

どこか外で執事と話している。

水球が揺らぎ、今度はどこかの教室を映した。教室には三人の姿があった。

三人だけだ。


「よし、いくぞ」

「へ、へい」


ネズミ野郎に中級魔術を使い続ける魔力はない。

こいつの役割は歩く魔力 貯蔵庫(タンク)だ。

俺が使ってもいいが、仕事をする前に魔力切れになっては話にならない。

だから組織は下っ端のなかでも魔力の高いこいつをつけた。

魔力だけで、頭は空っぽだったが、魔力があり、足が生えていればなんでもいい。

俺はターゲットのいる教室に向かう。


教室前の廊下まできて足を忍ばせる。

木造の廊下は意外と音を立てた。


「ぎぃぃぃぃ」


無言で後ろを振り返り睨みつけた。

ネズミ野郎の足を切ってやろうかと思ったが、帰りのこともある。

幸い周りに生徒の影はなく、教室内の三人以外、このあたりに人影はないらしい。

不気味に思ったが、ここまできてなにもせず帰るわけにはいかない。

教室の扉の前までくると後ろでネズミ野郎が「蜃気楼」を二人分行使する。

罠があっても踏み抜く覚悟で教室の扉を開けた。

ターゲットには扉が開いたことも見えていないだろう。蜃気楼は都合の悪いことは隠し、見せたいものを見せる魔術だ。

十分に近づき、必殺の間合いまでくると、俺は何気ない口調でターゲットに声をかけた。

ターゲットには、目の前に突然現れたように見えるだろう。


「よう、ちょっと殺されてくんね?」

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