第一三話 転機と天気

「雨だ」

「雨だな」

「雨ですね」

「雨じゃな」


四人は窓際のテーブルから外を見やり、口を揃えた。

今はお昼時で、僕たち四人は学院の食堂のテーブルに座っている。

僕の向かいにはフィリア。

フィリアの隣にノーブル。

僕の隣にジュディアス。

相変わらず周りのテーブルには人はいないが、ジュディアスが増えたおかげで、視線の種類が増えた。

主に黄色い視線が、女子やはたまた先生までもこちらをちらちらみている。

そして、僕に向けられる視線は嫉妬や恐怖を超えて尊敬まで込められている気がする。

いや、僕にそんな視線の種類を感じ取る技術なんてないので、あくまで気がするだけだけど。

そんな視線に慣れてきた今日この頃。

いつもの席でお昼ご飯を食べ終えて、一服しながらの一言だった。


あれからジュディアスの調査により、大臣たちの陰に不穏な影を発見したらしい。

しかし、正体まではつかめず、捜査が完了するまでは滞在するらしい。

けれども、そんな裏の事情を素直に公表するわけにもいかず、表向きは別の理由がある。

長雨による街道の封鎖だ。

街道はこのところ続く雨により崩れ、小さな商団が通行する分には問題がないものの、一国の王子が通れるような状態ではないらしい。

なんともタイミングと都合のいい長雨である。

もちろん自然発生したものではない。


「理由が必要だな」


ジュディアスが言ったのは長期にわたるレタウ国の王子がエリフィン国に滞在する理由だ。

一度、調査がひと段落したところで、改めて王城で四人で集まったときにジュディアスが言った。

それからどんな理由が必要か、そのためにはどうしたらいいか、話し合ってみたが、なかなかいい案が浮かばず、煮詰まってきたころ。


「天変地異が起きればいいのにね」


なんて言った僕の一言に三人が同意した。

僕は、その時中学校のテスト前日のころを思い出していて、台風や地震が起これば学校に行かなくて済んでいた、今の状況に似ているなぁと思って言ったのだ。

そこからは共同作業だ。

まずノーブルが質のいい紙(ガーデ)をつくる。

普段媒体にするガーデは新聞紙を四つ折りしたくらいの大きさだけど、効果を長く大きくするために特別大きくする。

模造紙並みに大きな紙(ガーデ)ができた。

そこに僕とジュディアスとフィリアで文字を刻んだ。

ノーブルは文字を刻むのが苦手らしく、その間は雑用に走ってくれた。

食事の準備をしたり、材料を買ってきたり、王女や王子が市場に材料を買いに行くわけにもいかず、秘密の作業のために使用人も使えない。ある意味必要不可欠な役割だった。

そうして、当初予定していたジュディアスのエリフィン国の滞在期間以内に媒体(ガーデ)と言霊は完成し、今に至る。


「それにしてもすごいな。『雨』といったか」

「ジュディ……」

「っとすまんこんなところではまずいか」


そう、文字を刻んでもらった二人にはこの世界にとって大国を揺るがすような『文字』を教えていた。

今回は『雨』の一文字だけだけど、効果は見ての通りだ。

予定していた一週間を過ぎても降り続いていたため、逆に悪天候がジュディアスの捜査を遅らせているほどに。


「それに関してはほぼ誤差の範囲にすぎん」


ジュディアスは心配ないといっているが、これではそのうち川などが氾濫しそうである。

フィリアにこの国を見せてもらったときに、近くに川は見なかったけど、ノーブルによると、国の外周近くには田畑とともに細長い川があるらしい。

元が細長い川であるため、氾濫すれば被害は免れないかもしれないと言っていたのはノーブルだ。


「兄たちが向かったのもおそらくそのあたりだと思う」

「それは……」

「大丈夫、一応は王家に連なる家の血筋よ。川の氾濫くらい自力でどうにかするでしょ」

「ノーブル……」


正直ノーブルの兄弟については口を出しづらい、でも肉親が僕のせいであぶない目に合うのはどうなのだろうか。

そうおもってふと横をみるとフィリアの表情がおかしい


「どうしたの、フィリア」

「いやー、やはりリリアルとユーキは仲睦まじいと思ってのう。リリアルの兄を突き放すような言葉に心配するユーキを見ているとこう、口元がにやにやするのじゃ」

「「ちがいます」」

「アッハッハッハ。息もぴったりじゃ」


ノーブルさん睨まないでください。テーブルのしたで足を踏むのも痛いです。


「それじゃ、僕はこの辺で」

「苦労をかけるなジュディアス」

「なあに、未来のフィアンセのためさ」


そういうと歯を光らせながら颯爽と食堂を出て行った。

ジュディアスの前に人垣は割れていった。

当然王子らしく食事のお皿やお盆はそのままだ。

毒気を抜かれたノーブルが睨むのと踏むのをやめてくれたので、お礼に王子の分まで片づけて置くことにした。




「いやな雨だ」


もっともはなれたテーブルで、その男はため息交じりにつぶやいていた。

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