第四話 初めての魔法

暗い……。電気つけなきゃ。

あれ?


「ベッド?」


そうだ。

昨日図書館であったことは現実なんだ。

僕は、気が付いてそっと膝を抱いた。

目が覚めた時間はまだ早く、日が昇る前だった。

遠くから足音が近づいてきて今いる部屋の前で止まると、


「起きてるかの?」


ノックの後にフィリアの声が聞こえた。するりとベッドから出ると、すぐにドアを開ける。


「おはようなのじゃ」

「お、おはよう」


朝早くにすまんの、と言ってフィリアが部屋に入って来た。なんだろう、それにまだ部屋が暗い。


「いや、そういえば渡していなかったと思ってな。ほれ」


そういってフィリアが取り出したのは一枚の紙だった。

紙と言っても僕が知ってる白いプリント用紙ではなくて、茶色いごわごわした紙だ。

そこには、白い輪郭がぼやけた円が描いてあり、漢字で『火』と書いてある。


「これは?」


僕が受け取りながら聞くと、フィリアが使い方を丁寧に教えてくれた。

これはこの国で日常的に使われている魔法の一つで、明かりをともすものだという。

部屋には必ずこの茶色い紙『媒体』とともに、明かりをともすためのランプがあるとのこと。

媒体をもってランプの前に行き、『”ひ”』と唱える。

すると、ランプの中で火が燃えて明かりがつくというもの。


ランプも僕の知っているただの道具ではなくて、この世界で生まれる魔法の効果を補助する魔法道具なのだとか。

火種も無いのに燃え続けているので本当らしい。

暗かった部屋が明るくなった。

それに光源がひとつなのに、部屋全体が明るくなっている。

これも魔法道具の効果なのだろうか。

そしてフィリアがさらに生活には欠かせない何種類かの媒体をくれた。

どれも茶色い紙(ガーデというらしい)に絵と文字が書いてある。文字は全て火と書いてあって、絵はさっきの白い円が何枚かと、ほかにも違う絵が何種類かある。


「無くなったらいうのじゃ。私が描いてやるからの」

「え? これ全部フィリアが描いたの?」

「そうじゃ、この国の、この世界の者は皆描けるはずじゃ……少なくとも学院に通っているものであれば」


学院……。

この世界には読み書きの代わりに絵を描けるようにするらしい。


「まあガーデにある文字は文官にしか刻めぬがな。しかし安心せい、私は数少ない多重識者(デュアリーラー)なのじゃ」

「デュアリーラー?」

「そうじゃ、魔力を込めた絵と文字、両方をガーデに刻めるものじゃ。エリートじゃ」


そういって胸を張るフィリア。

身長差的に目前にくる小さくない胸にドキリとする。

フィリアは気にしてないようだけど、これでも僕は男子なんだけどなあ。

顔が熱くなったような気がするけど気にしない。フィリアが気にしてないのにこっちだけ気にするのも変だ。


「そ、そう。ありがとう。」

「なんじゃ、そわそわして」

「あ、頭をなでないでよぅ、同い年なんだし」

「そういうな、ユーキは可愛い弟のようなものじゃ」

「弟かぁ……」


そりゃ意識しないか。完全に年下扱いだもの。


「とりあえず、わかったよ。それと」

「ん、そうじゃな、朝ごはんにしよう」


実はさっきからおなかが鳴っていたのだ。

これじゃあ子供扱いされてもしかたがないのである。

説明を聞いていたら、いつの間にか日が昇ってたし、静かだった城内も、心なしか活気づいている気がする。


「それと、これもやろう。媒体箱(ボックス)じゃ」

「ありがとう、でもこれ入るの?」


青い掌に収まるくらいの箱をもらった。でも明らかに媒体の入る大きさじゃない。

媒体は大体新聞紙を四つ折りしたくらいの大きさがある。

でもフィリアは当たり前のことをなぜ聞くのかという顔をしていた。


「確かに無尽蔵に入るわけではないが、40枚くらいなら入るのじゃ」

「え、嘘だよ。こんな小さい箱に入るわけないよ」

「ふむ、見ておけ、ほれ」


フィリアが箱を縦に開けた。

媒体箱は半分に割れて中が見える。

内側は赤い布張りのようだ。とてもガーデが入るとは思えない。

しかし、フィリアが重ねたガーデを押し込むようにすると、すべてが吸い込まれるように消えた。

そう、消えてしまった。


「でな、取り出すときは、取り出したいものを想像しながら手を入れよ……こんな風にな」


空になった手を箱に近づけると、手首から先が消えている。

すぐに引っ張るように戻すと、一枚のガーデが握られていた。

僕は、その現象のほうがよっぽど魔法じみていると言った。

どういう仕組みか聞いてみても、フィリアは当たり前だと思っていたらしく。

こういうもの、としか答えられなかった。


「ふむ、ユーキには不思議なことなのか。その、タイセキという言葉の意味もよくわからぬのう」

「まあ、僕もこの世界ではいままでの常識は通用しないとは、思っていたよ」


便利なことに変わりはないので、僕もこういうものとして流した。

媒体箱をポケットに入れて、フィリアについて食堂に向かった。

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