第五話 この国について
僕、桐原ゆうきがこの世界に来てから一週間がたった。
元の世界に帰る手掛かりは見つかってはいないけど、焦ってはいなかった。
それは最初に手を差し伸べてくれたフィリアの存在が大きい。
フィリアはこの世界の大国の一つでもある火の国『エリフィン』の王女様だった。
庭で気を失っていた僕をフィリアの部屋まで運んでくれて、さらに生活を保障までしてくれた。
お父さんはものすごく怖い王様だった……でもそれは、大国を守るという責任からくるもので、初対面の時よりかは比較的温和に接してもらえている。それでも怖いものは怖い。
なにせ、身長が三メートルもあるのだ。名前はライオット=ジャネス。ジャネスは姓。エリフィン王国の王家は、このジャネス家が収めている。フィリアもフィリア=ジャネスというのがフルネーム。
この世界の平均身長は僕のいた世界よりも二回りほど高く、さらにそのなかでも王様は大きいのだ、恐ろしくて当たり前である。
そしてこの世界の最大の特徴が、文字が無いこと。
最初は戸惑った。
でもその代わりにここにあるもの。
それが媒体を使った魔法である。
媒体とは、ガーデと呼ばれる茶色い紙に、絵と文字を魔力を込めて刻んだものだ。
これを持って言霊を発すると、絵と文字の組み合わせにより魔法が具現化する。
僕がファンタジー小説で読んだことのある魔法とはちょっと違っていたけれど、この魔法のすごいところは、誰もが使えるというものだ。
媒体をもって言霊を発する。これだけで、明かりをともしたりよくあるファイアーボールなんて攻撃魔法を打てたりする。
まあ媒体を作るためには限られた技術者による協力が必要なんだけどね。
だから普通の人はこういう媒体をお金で買ったりして生活している。
生活魔法というのがあるからだ。
ライターや電球を買うみたいにこの国の人たちは生活魔法の媒体を買って暮らしている。
僕もフィリアからそういった生活魔法の束をもらっている。
ただ、媒体はかさばるのだ。
一枚で新聞紙四つ折りくらいの大きさがあるので、何十枚と持つことはできない。
そこで媒体箱(ボックス)出番である。
これは媒体を一度にたくさん入れて持ち歩けるのに、媒体箱(ボックス)自体は掌に収まるくらいに小さい。
これこそ魔法のようなのだけれど、そのことについてはフィリアに聞いてもそういうものだからとしか返ってこなかった。
ともかく、毎晩安心して眠れる部屋を王城内に用意してもらえた上に、生活に必要な十分の数の媒体(ガーデ)。フィリアという頼れる存在。
でも、だからこそ一週間、生活にも慣れて、ひと段落したところで、フィリアに相談してみた。
「なに、働きたいとな」
「そうなんだ、思えば僕……こっちに来てから助けられてばっかりだし。働かざる者食うべからずっていううしね。最低でも毎日の食事分くらいは働きたいんだ」
「といってものう」
「難しいかな?」
「……まずはこの国の代表的な労働というのが、農耕や採掘、牧畜なんじゃが」
そういってからフィリアは僕の体を見下ろす。うん、僕は小柄で身長160センチくらいなのにフィリアは180センチくらいでとても大きいのだ。……それに綺麗でいつもいい匂いがする。いや今はそうじゃなくて
「お主は小柄だからな、そういった力仕事などは向いておらんじゃろうな」
「そうだね、あれはもちあげられないや」
そういって近くに立てかけてある身の丈以上のクワをみる。
話を持ち掛けたのは、フィリアにこの国を歩いて紹介されていた時だ。
大国というだけとても広い国で、一週間あってもすべて回り切れていない。
今は首都からあまり離れ過ぎず、近くの食料生産地区を回っているところだった。
仮にも王女なので、視察という名目で各地を回っている。それはそれは護衛も大部隊で……
僕たちの周りには常に三十人の近衛兵たちがいる。
僕にこの国を紹介したいというフィリアの思いだけでこれだけの人を動かしてもらっているというのも、僕が働きたいと言い出した動機でもある。
ちなみに常駐している近衛兵が三十人というだけで、移動するときなどは最大百人単位だったりして、僕の強くもない胃腸がキリキリするのだ。
名目上は王女のためなので兵士たちは不満を言ったりしていないけど、それと僕の気持ちとは関係ないのだ。
「だからフィリアのやっている媒体作成を少しは手伝えないかなと思ったんだけど」
「なるほどな、ではまず勉強じゃな」
「勉強?」
「そうじゃ。この国では、媒体作成に必要な絵描きと刻印の方法を小さき頃より学ぶのじゃ。そして才能があればその技術をもって職につき、なければ力仕事につく。まあ差はあれど、みな生活魔法の媒体くらいは作れるようになるものが多い。そのため、ほとんどの国民は学院に通う。私も通っているしな」
学院、今は休みの期間らしい。
こっちの世界にもあったんだ。
文字の無い世界の学校は想像はつかないけど、学校というよりは、技術を伝えるための施設みたいだ。
年齢は関係なく、いつでも通い始めることはできるらしい。
卒業という概念はなくて、好きなだけ通って必要なことを学んだら就職という流れだ。
フィリアは王族なので、ひたすらに技術を高めているらしい。
才能もあって、多重識者(デュアリーラー)と呼ばれる技術(レベル)に到達している。
多重識者(デュアリーラー)は媒体作成にあたって、絵と文字両方を、魔力を込めて媒体(ガーデ)に刻める上級者のことである。
絵だけ描けるものを描画識者(ディーラー)
文字だけ刻めるものを文官(モノクル)
というのだそうだ。
「でも絵は自信ないかも」
「大丈夫じゃ、ユーキならモノクルの上位職にもなれるじゃろうて」
技術者にもランクがあって、込められる魔力量によって違いがあるそうだ。当然込める魔力が多いほど、具現化する魔法も強くなる。
そのコントロールができて込められる魔力量が多い技術者は重宝されるという。要するにお金が稼げるのだ。
紙そのものを作る技術者もいる。
こちらは才能に左右されることはなく、努力次第でだれでもできる。
明確に分けているわけじゃないけど、魔力を込めて媒体を作る技術者を俗に魔術師と呼ぶ。
単に技術者というときは紙(ガーデ)を作るものだけを差す事が多い。
「じゃあ僕はモノクルの魔術師を目指すことになるのかな」
「そうじゃな。ちょうど明日から学院もはじまるのじゃ」
「じゃあその時はよろしくね。まだ少し頼ることになるけど」
「心配するな。弟はお姉さんに頼るものじゃ」
「……一応同い年のはずなんだけどね」
気にせずフィリアはワシワシと僕の頭をなでる。
なんにしてもこれでやれることも増えるし、頑張ろう。
働きたいというのは半分本心だけど、本当は元の世界に帰るための手掛かりを探すために、少しでもできることを増やしたいというのが本心だった。
いつかお金を貯めたらこの国もでて、自分の足で情報を探ろうと思う。
でもまずは恩をきちんと返してからだけどね。
自分でもこんなことを決心するなんて驚いているけれど、これもフィリアという同い年であるはずの女の子が、僕よりもずっと大人びていたからかもしれない。
というわけで、明日から勉強だ。
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