#6 核心、あるいは確信

 この世界における神とはなんだ。世界の創造主?信仰の対象となる超自然的存在?あるいは人の無意識の集積?


 神とはなんだ。ただの石ころでも信仰心という名のバックアップがあれば、それは神と呼べるものへと昇華する。


 宇宙や自然が、不思議なほど完成しているという話を聞いたことがある。事象には、すべて復元しようとする力が内包されている。人類に蹂躙された自然とて、人が消えた後には元の姿を取り戻すだろう。あらゆる物理定数は、まるで「誰か」がきっかり決めたように世界を記述し、定義し、説明する。


 自然の恒常性や物理定数の正確性から、逆説的にそれは誰かがそう定めたからだという結論が導ける。暴論であることは、この際目を瞑って欲しい。そして導かれる存在。万象に法則を与えた超越者。一般的に僕らはそれを「神」という。


 ぼんやりと天井を眺めながら、そんなことを考えていた。

世界には多くの神がいる。平坂が敵対視するのは、果たしてそのうちのどれなのだろうか。いや、もしかしたらどれでもないのかもしれない。


とにかくその真意を確かめる必要がある。

なぜなら、僕は平坂の同志になったのだから。


 明くる日の昼休み。僕らは地学準備室の前にいた。

「はいこれ。約束のやつ」

真新しい鍵を僕の開いた手の上に落とす平坂。

これで名実ともに僕らは同志となった。その実感が少し遅れてからやってきた。僕は受け取ったばかりの鍵で錠を外すと、準備室の中に入った。

 昨日僕らが座っていた椅子は、そのままの場所に残っていた。

物置同然の空き教室なのだから、当然といえば当然なのだけれど。

ともかく、僕と平坂は自然に決まったそれぞれの席に座り、昼食を始めた。

「キミのこと、だいぶ分かった気がする。ああ、軽々しく共感してるわけじゃないからね。安心して」

常々思っていたが、平坂は僕のような人間の扱いが妙に上手い。

平坂の弁当をちらりと一瞥する。いつも思うが、実にしっかりとしたものを持ってきている。

「その弁当、自分で作ってんの?」

感情が溢れ、思わず言葉が溢れてしまった。

「うん、そだよ。なかなか楽しいよ。お弁当作るのって」

「そんなもんなのか」

「そんなもんなの」

自分の膝に乗るパンの袋を眺める。妙に惨めな気持ちになってきた。

その気持が表情に現れていたのか、はたまた平坂お得意の人間観察術が発動したのかはわからないが、平坂はしばらく黙った後、僕に向かって言った。


「お弁当、作ってきてあげようか?」

一瞬の間。正確には僕の思考が止まった間。

どうも平坂とつるみはじめてから普通の男女のコミュニケーションの在り方がわからなくなってきている。

女子が男子に弁当を作ってくれるというのは、それこそ一大事じゃないのか。恋愛的には。

「いやなら別にいいけどさ」

少しむすっとした表情で平坂が言う。

自分の中にごちゃごちゃと吹き溜まる思考を一掃するように、僕は大きく息を吐いた。

「頼むよ。迷惑でなければ」

そっぽを向いていた平坂は光の速さで僕の顔の方に向き直り、その大きな瞳に弾けそうな光を湛えている。

「よし決まり!嫌いなものとかアレルギーとかラインで送っといて」

「別に嫌いなものもアレルギーもないよ。メニューは平坂に任せる」

「よし!任された!」

景気よく腕まくりをしてみせる平坂。その所作がいかにも普通の女子っぽくて、内心笑みが溢れる。ああ、平坂にもちゃんと人間らしいところ、あるじゃん。


 穏やかな時間だった。同志という言葉は置いておいたとしても、僕らは確かにわかりあえている。そんな願望半分、実感半分の感覚が脳を支配する。ああ、これが分かち合うってことなのかな。


と、今日は核心に迫ることを平坂に問おうと思っていたのだった。

僕の逡巡ではついぞ答えが出なかった命題。平坂が敵とするものの正体。


「平坂の殺す神ってさ、どんな奴なの?」


平坂は橋を置くと、ゆっくりと話し始めた。


つづく

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