#2 説得、あるいは罵倒
「は?」
間の抜けた声が出る。命をくれだと?こいつは何なんだ。
「どうせ無駄に死ぬんなら、その命を私にくれない?そう言ってるの」
そいつはようやく僕の髪を離すと、機銃のように言葉を放ち始めた。
「私、別に自殺そのものを悪だとは言わないよ。死にたい人は死ねばいい。でもね、もったいないと思わない。ああ、このフレーズは一般論的な説教じゃないよ。キミ、まだ言いたいこと、残ってるんじゃない?だったらさ、せめて言いたいこと、全部吐き出してから死になよ。抱えた感情を吐き出してから死になよ。それじゃ不発弾と同じだよ。爆弾は破壊と殺戮のためのものなの。だったらその意味を全うさせなきゃ、『もったいないじゃん』」
それは説得というよりも罵倒に近いトーンでもって放たれた言葉の雨。僕の行動と衝動を絨毯爆撃する他人の哲学。
「どうせそうやって浪費するなら、その命、私の計画のために使わせてもらえないかな」
そいつは僕が言葉を挟む余地も与えない勢いで、そこまで一気に言った。何だよお前。僕がとにかく何かしらの言葉を吐こうとしたのを察したそいつは、黙れと言わんばかりに僕の顔の前で人差し指を立てた。
「キミの反論、後で聞く。でも今は私が話してる」
にっこりと微笑む。
「私はね、神様を殺すの。そのために手を貸して欲しいの」
そいつ、平坂メイは、確かにそう言った。
平坂メイ。彼女は僕のクラスに来た転校生だった。特に関心を持つ理由も義理もない僕は、いつか行われたであろう彼女の自己紹介も、記憶の片隅にも残していなかった。いや、違うな。覚えてる。彼女はクラスの中でもそこそこの地位にいた。転校生というやつは、否が応にも好奇の対象となるものだ。したがって彼女は席の近い女子たちに囲まれながら、明るく会話を弾ませていた。まるで僕と対照的だ。別に羨ましいとか、そんなんじゃない。
平坂メイ。神様を殺すと宣言した少女。神様を殺す?馬鹿げた響きだが、妙に興味を抱いている自分に気がついた。そう、興味。長らく忘れていた感情。
興が冷めた。だから今日死ぬのはやめにした。平坂の話をもう少し聞いてやってもいいという気になった。僕らは夕日の廊下を歩いている。ネクタイはカバンにしまった。
「さて夜方君。これからのことについて色々相談もしたいから、とりあえず連絡先を教えてくれるかな」
画面にヒビの入ったiPhone5sを取り出す。この前落として割ってしまった。電話番号でいいの。僕が訊くと、彼女は目を丸くした。
「LINE、やってないの?」
「生憎やる相手もいないからね」
「落として。今ここで。電話じゃ夜の通話、お金かかるでしょ」
命令口調なのが気に食わないが、彼女の言っていることは実にまともだった。AppStoreを起動し、エルアイエヌイーと入力し、インストールを開始する。緑のアイコンをタップし、ID登録を完了した。
「よし、じゃあちょっと貸して」
iPhoneを奪われた。彼女は自分のスマホ―iPhone6だ!僕も二年縛りさえなければ―を取り出すと、2つの画面を交互に見ながら、何かをしている。作業が終わったのか、僕のiPhoneを投げて寄越した。
「これでよし」
平坂は満足気な表情を浮かべる。夕日の廊下。昇降口までもう少し。
「聞いてもいいか」
そろそろ発言権をもらってもいい頃かと思い、僕が言葉を発する。
「うん。なに?」
「何で僕が死のうとしているかわかったんだ」
平坂は少し意外そうな顔をして答えた。
「死にたい人って、見ればわかるもん。だからキミのこと、ずっとマークしてたんだよ」
なんだよ、それ。超能力か何かかよ。彼女は笑っていった。
「違う違う。表情とか仕草とか雰囲気とか視線とか、とにかく死にたい人はそういう色んな情報を無意識の内に発信してるの。私はそれを読み取るのが、人より得意なだけ」
手品の種を明かすように、彼女はもったいぶった調子でそう言った。
「キミは特にそれが顕著だった。強い衝動を感じるよ。死にたくて死にたくてたまらないって感じ。原因はそうだな、家族関係かな」
こいつは探偵か何かか。
「図星みたいだね。まあいいや。さっきも言ったけど、私は別に死にたいって気持ちを悪いものだとは思わないよ。だから安心して。キミのことは否定も肯定もしない。ただ、死ぬなら私に加担した後にして欲しいな」
神様を殺す。それが何を意味するのか、僕にはまだわかっていなかった。僕らは靴を履き替え、校門をくぐる。
「私こっちだから。また連絡するね」
こくりと頷いて答える。
「また死にたくなったら、私に教えて」
そう言うと彼女は髪をふわりと揺らして、去っていった。
それは救いの手ではなく、まるで悪魔との契約に思えた。
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