☆紙とペンとヒロインと
たとえば学校の授業中や休み時間。朝起きてから家を出るまでの数分間や、帰ってから布団に入る前の数時間。その余暇を余すことなくつかい、僕はあることをしていた。
紙とペンを使い、絵を描く。ただの絵ではない、自分にとっての最高なヒロインを産みだすための至高な
そんな僕は、最近あることが気になっている。
それは毎日学校で話しかけてくる女子――
僕の通っている高校は自転車で十分ほどの距離にある。近いからという理由のみで受験をしたその高校には、この春から通っている。
クラスは一年二組で、クラスメイトの顔や名前はほとんど覚えていない。それは僕がいわゆるボッチだからなのだけれど、僕には至高な試みがあり、自分の時間をジャマされるのは嫌だから気にしたことはない。-―クラスメイトの広井砂苗さんに毎日のように話しかけられること以外は。
学校に登校してすぐにノートを広げると、僕は今日も最高のヒロインを模索するべくノートにサインペンで絵を描く。日によっては鉛筆や筆、絵具、クレヨンや、チョークなどなど、いろいろなものを駆使してヒロインを産みだそうとしているのだけれど、納得のいくものが出来上がった試しは一度もなかった。
今日もそうだ。昨日はポニーテイルの子を書いたから、今日はツーサイドアップの女の子を試してみようとは思ったものの、いまいち似合っていない気がする。顔もそうだ。昨日はたれ目の子だったので、今日は釣り目にしてみた。でもしっくりこない。昨日は小柄な女の子だったから、今日は身長を高くしてみたのだけれど、ちぐはぐすぎて、なにがなんだかわからない女の子が出来上がろうとしていた。
そんなこんなでうんうん頭を悩ませていたところに頭上から声をかけられた。
「ねえねえ、その髪型なんて言うの?」
きた、と僕は待ち構えていたのがばれないように気をつけて、めんどくさそうな表情を意識しながら顔を上げると、黒髪をアップでポニーテールしている女子生徒が両手を後ろに回しながら、ニヤニヤと僕の絵を眺めていた。
小柄な体を背伸びさせるかのように伸ばしながら、ふむふむと僕の絵を見ている。入学してきた当初こそ、いつも絵を描いている僕にちょっかいをかけてくる男子はいたものの何も反応も返さなかったからか一カ月もしない内に飽きられて僕はボッチになった。その頃も僕の絵をここまでしげしげと露骨に眺めてくるクラスメイトはいなかったので、二週間前から僕の絵を見にやってくる彼女は、すこし異質だった。
「ねえねえ、訊いてるんだけど?」
「ああ、この髪型は、ツーサイドアップ」
短く区切るように返すと、彼女はへーと僕と視線を合わせることなく絵を見つめている。僕はそんな彼女の髪型を見つめている。
「この子、どんな性格の子なの?」
「おとなしくまじめだけど、身長が高いのがコンプレックスで、すこしでも幼く見えるように子供キャラのグッズや、子供向けの小物を集めたりしている子だよ」
訊かれるのがわかっていたので、適当に考えた設定を話す。
「ふむふむ。なるほどねー」
広井さんは意味深に頷くと、チャイムの音とともに慌てて自分の席に戻って行った。
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、僕はノートいったん閉じると、授業の準備をする。
翌日。
広井さんは今日も、僕の席までやってくると、僕の書き途中の絵をしげしげと眺めはじめる。僕はそんな彼女の髪型をやはりしげしげと眺める。
広井さんは、今日はツーサイドアップに髪を結っていた。しかも髪留めは子供向けの玩具のようなもので、小柄なのが相まって小学生に見えなくもない。
「今日はショートなんだね」
「うん。髪の毛の短い女の子も、かわいいかなと思って」
嘘ではない。でも、本当のところは試しに書いてみただけだった。
ショートヘアの女の子を描いたら、彼女は明日どんな髪形で学校に来るのだろう、って興味が湧いたから。
チャイムとともに席に戻っていった広井さんを僕は静かに見送った。明日はどうなるのかな、とそこはかとない期待を心に秘めながら。
翌日。登校すると、広井さんはもう来ていた。
その髪型を見て、僕は思わず息を呑んだ。
耳の下ほどまでの長さしかない、ショートヘアスタイルの広井さんが、楽しそうに友だちと談話している。
僕は嬉しい反面、すこし後悔していた。
広井さんのロングヘアスタイルは、僕も好きだったから。それを奪ってしまった自分が情けなかった。
でも、これで分かったことがある。
広井さんは、僕のことが好きだ。
「なんの絵を描いているの?」と話しかけられたときに、「ヒロイン」とそっけなく答えてから二週間、彼女は僕の描いた絵と同じ髪型をしてくるようになった。最初は気づかなかったけれど、偶然が重なればいくら他人に興味のない僕にもわかってしまう。
僕は「最高のヒロイン」を産みだすことを目標に、毎日女の子の絵を描いている。
その髪型をまねた女子が、毎日僕に話しかけてくる。
それは、僕に好意がある、と言うほかにないのではないだろうか。
ましてや最初に、僕の描いている絵が「ヒロイン」だと告げているのだから、彼女は僕のことが好きで僕の描いたヒロインの絵をまねている、と考えるほうがしっくりくる。それ以外に理由は考えられない。
ノートを広げていると、広井さんは今日もまた僕の机に訪れる。
今日はまだ絵を描きはじめていなかったので、広井さんは物足りなそうな顔で自分の席に戻ろうとしていた。その背中を、僕は慌てて呼び止める。
「広井さん。訊きたいことがあるんだけど」
「え? なに?」
「その、髪、なんだけど」
僕のことが好きだから、まねてるの? なんてストレートに訊けない。ましてやここは教室でクラスメイトの視線もある。
「ああ、これね、カツラなの」
「え、あ、そうなの?」
自然な髪に見えたからから、バッサリ切ったのかと思ってたのに。
「ショートにしたかったけど、さすがにバッサリ切る勇気はなかったから。でも、かわいいでしょ?」
広井さんが僕の机に指をつき、屈み込む。もともと小柄なので、首だけ出るような形になり、真ん前に彼女の目があって僕はドキドキしてしまう。ショートも似合っている。
「か、かわいい、けど」
「やっぱり? でもやっぱり君の絵には負けるよぉ」
「ど、どうして?」
「だって君のヒロイン、とてもかわいいじゃん」
それは知ってる。
わからないのは、どうして広井さんは毎日、僕の絵をまねた髪形をしてくるのか、ってことだ。
「広井さんって、ヒロインになりたいの?」
「うん、そうなの!」
やっぱり。そうか。そう、なのか。
いままでリアルで彼女を作ることを考えたことはなかったけれど、異性から好意を持たれるのが嫌なわけじゃない。それに広井さんは純粋にかわいいし。
彼女はキラキラとした瞳で、僕を見上げていた。
その姿に、僕はやっぱりドキドキとする。
「ねえ、広井さん」
「ん?」
「好きなの?」
あ、訊いてしまった。
ポカンとした後、広井さんは嬉しそうに顔をほころばせて、首を縦に振った。
「うん、好きだよ。君の絵かわいいもん。あたし、かわいいの大好き」
「……え」
「
もしかしたら、僕の顔色はとても悪かったのかもしれない。
でも僕は無理矢理笑うと、言うのだった。
「間違っていないよ」
間違っていたのは、僕だ。
勘違いしていたのも、僕だ。
ただただ自分が情けなくて、その日の夜、僕は枕を濡らして泣くことになった。
【三周年記念選手権KAC4・お題「紙とペンと○○」参加作品(2019年三月某日執筆)】
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