♡一年後、生きているかわからないけれど。

 こんなことを話すと馬鹿らしいと思われるかもしれないけど、僕は高校一年生だ。いや正直学年はまったく関係なくて、本題は別にある。でも、これからのことを話すにはまずは僕の年齢を知っておいてもらいたかったから、こんな出だしになってしまった。

 馬鹿らしい本題というのはこれから話すことにある。

 僕が小学生の頃から抱いている、ある不安。漠然としていて、姿形さえ自分で認識できない、その不安の話。


 一年後、僕は生きていないんじゃないか。


 そんな不安に、僕はことあるごとに悩まされてきた。

 ほら、馬鹿らしいだろ? まだ高校一年生の坊主が何言ってんだって、特にご老人の方には怒られてしまいそうだ。馬鹿なこと言ってないで勉強しなさいと言われてしまったら、僕は一心不乱に勉強することしかできなくなってしまう。

 でも、その馬鹿らしくて、要領の得ない不安は、今も僕の中にくすぶっている。おまえは一年後、生きていないんだぞ、と地獄の底から響く閻魔様の声まで聞こえてきそうだ。おいでおいでと、三途の川の向こうから知らないおばあさんに呼ばれる夢もよく見る。僕のおばあちゃんは、二人とも元気に畑仕事に精を出しているというのにね。むしろ八十過ぎているはずなのにこれからまだ百年は生きなければいけないねぇーとも言っているし。それはもはや妖怪の域じゃないのかな……。

 とにかく、僕を日々悩ませるその不安は、ことあるごとに僕に厄介な迷惑をかけてくる。それはある種の衝動的なもので、たとえば目の前で倒れている人がいたら放って置けないし、たとえば弁当を忘れたクラスメイトがいたら僕のを半分けてあげたくなるし、たとえば――そう。目の前で自殺をしそうになっている少女がいたら、助けてあげたくなったりもする。ほら、人生は一度っきりだから、一年後生きているかわからない僕にもなにか人にしてあげられることがあるんじゃないかって、そう願はずにはいられないだろう? もしかしたらその人の中で、死んだ僕が生き続けてくれるんじゃないかと言う淡い期待もあるし。

 だから、一年後の約束なんて叶えられるわけがないから一年後の約束なんてしないと思っていた僕が、その日校舎の屋上から飛び降りようとしていた少女と、叶えられるかわからない約束をしてしまったんだ。

 曰く、


「一年後、あたしに会いに来て。そうしたら、許してあげる」


 っていうヤツ。



    ◇◆◇



 念のため言っておくと、僕は別になにかしらの病気というわけではない。いたって健康体である。むしろクラスでインフルエンザが流行して学級閉鎖になっても、僕は一度もかかったことがないし、風邪も一年に一回引くか引かないかだ。

 それなのにどうして僕が一年後生きていないかもしれない、という不安を抱いているのかというと……実のところ僕にも心当たりがないのでわからない。


 なんでなんだろーなぁ。どうしてかなぁー。


 そう頭をぐるぐるさせて悩ませたことさえあるけれど、わからないものはわからない。唯一わかっていることといえば、一年後、僕は生きていないのかもしれない、という得体のしれない不安だけ。


 その日もそうだった。どうして僕はこんなにも不安に思っているのだろう。当時の僕はまだ中学生だったからなおのこと悩んでいた。

 悩みながら昼休みになると屋上に向かった。中学の屋上は基本施錠されている。生徒が誤って屋上から落ちない配慮らしいけれど、要は自殺をしないため閉じられているのだろう。

 だけど、週に一度だけ、屋上へ続く扉の鍵が開いている時がある。理由はよく知らないけど、その曜日の昼休みだけは外に出ることができるのだ。だから僕は毎週金曜日、給食を食べ終えると屋上に向かった。誰にだって、たまにはひとりになりたいときがあるだろ?

 ――そんなある日の金曜日、僕は彼女に会った。


 風の強い日だった。

 少し長めに伸びている前髪が、バサバサと風に踊り、手のひらで抑えながら屋上に足を踏み入れた僕の眼に、彼女はすぐさま映り込んだ。


「えっ!」


 思わず素っ頓狂な声が出る。

 意外と大きな声だったからか、彼女が首だけで振り返った。


「だぁれ?」


 耳に心地のいい声だった。クラスの女子の高い笑い声と違い、落ち着いた声音。

 その紡ぎ出された声に、僕はますます慌てる。


「危ない!」


 そう叫び、彼女に駆け寄る。


「待って」


 だけど彼女は、僕のことを制止した。

 表情のない顔だった。学校指定のセーラー服を着ている少女が、僕をジッと見つめてくる。

 その瞳に眼を奪われなかったと言えば嘘になる。僕はその彼女の黒い瞳に、少し身がすくむ思いをしていた。

 彼女の言葉で立ちすくんだまま、二メートルほど距離を空けた先にいる少女に、僕はやさしく声をかける。


「馬鹿なことはやめるんだ」


 すると、彼女はくすっと笑った。


「自殺しようとする人間にかけるには、定番すぎる言葉ね。もっとひねりのある言葉を聞かせてよ」

「え、あ、じゃあ、えーっと、その……生きていたほうがいいことあるよ?」

「それも聞き飽きるほど定番ね。生きててもいいことがないから死のうとしている人間に対しては、たいして意味のない言葉」

「じゃ、じゃあ、死んでもいいことないぞ?」

「そんなの解りきっていて死のうとしているのよ。だからそんなこと言われても、無意味じゃないかしら? あとそういう言葉はね、もっと熱血ぽくいう方が盛り上がるのよ」


 くすっ、くすっ、とさらに笑う少女。

 なんだろうこの子、自分の状況が解っていないっぽいんだけど。

 彼女がいるところを端的に表すなら、屋上の端だ。しかも、四方を囲まれている柵の外側。

 どうして学校の屋上にある柵は、簡単に飛び越えられる高さをしているのだろうか。もっと高くすれば、誰もそこから自殺しようとしないと思うのに――などと、思わず考えてしまう。


 柵の外側に立っている彼女が身じろぎをした。それだけで、僕はヒヤヒヤと肝が冷える。


「その、死ぬつもりがないのなら、戻ってきなよ」

 

 ひねり出した言葉なんて何も思い浮かばないから、僕はそう声をかける。

 瞬間、彼女の顔から表情が消えた。


「イヤ」


 彼女は遠くを見るような目つきになりながら、言葉を続ける。


「あたしは死にたいの」


 その横顔は、どこか不機嫌そうだった。

 僕は嫌な感じになる。小学生のころから、僕の心の中にくすぶっている不安。それに突き動かされるたびに、僕の中に現れる感情のひとつだ。

 その感情が、ひとたび現れると、僕の気持なんかお構いなしに、とある衝動を引き起こす。

 それは、自分の身に降りかかる災厄なんかお構いなしの、突飛な行動だった。


「ふざけるな!」


 叫んでいた。言葉が、矢継ぎ早に、口から飛び出る。


「僕だってなぁ、一年後、生きていないかもしれないって不安の中、必死で生きているんだよ。だって、人間いつ死ぬかわからないだろ? たとえ健康体であったとしても、次の日交通事故で車に轢かれて死ぬかもしれないし、乗っている電車や車が事故に遭って死ぬかもしれないし、道を歩いているときだって通り魔に遭って死ぬ可能性もあるだろ? あと、あと、いきなり心臓止まることだってあるだろうし知らないけどっ! どんな人間も、明日、明後日、一週間後、一か月後、一年後なんてもっと先だけど、それでも生きている保証なんてどこにもない。けどうんなこと考えずに生きてるんだよ! 僕は考えているけど! でも、僕はだからこそ、悔いなく生きたいって思ってんだ。だから僕にできることは何でもやる。目の前で困っている人がいたら助けるのは当たり前だし、自殺しようとしている、かわいい女の子がいたら助けるのは当たり前だろ! それにやっぱりかわいい女の子が目の前で死んだら目覚めがわるいし! 助けられなかった僕にも吐き気がして死にたくもなる!」


 言葉はめちゃくちゃだ。

 いったい、僕は何を言ってんだ、と自分に叱責したくなる。

 でも、でも、出てくる言葉を、止められない。

 いま言わなければ、この言葉は彼女に届かない。


 ええい、むしゃくしゃする。

 あと何を言えば、彼女は自殺しないでいてくれるんだ。もしかして君のこと好きになったとかいえばいいのか? でも僕らはまだ出会って五分にも満たないんだぞ。いきなり初対面の男に告白されたってどんびくだけだろ。


 そう心を突き動かしてくる衝動のまま、ぐるぐると考えていると、耳障りのいい笑い声が聞こえた。

 顔を上げると、彼女が僕の顔を指さして、くすくす笑っている。


「し、死んでも、いいことないんじゃ、なかっ、たのッ。あははっ」


 めっちゃくちゃ爆笑している。

 顔が熱くなる。いま鏡を見たら、ゆでだこのように僕の顔は真っ赤になっていそうだ。

 ……なんで彼女は笑っているんだ?

 ああ、そうか。僕はめちゃくちゃなことを言っていたんだ。相手に死ぬなと言いながら、死にたくもなるなんて、そんな言葉はおかしいだろ。


「あはっ、あははっ……く、くふふふ」


 笑い転げているという表現がぴったり当てはまるだろう。

 彼女は、ヒィヒィ呼吸をしながら、僕を指さして笑っている。どうやら僕の顔を見るたびに笑いがこみあげてくるようで、こちらにチラチラ視線を向けてくる彼女の爆笑はおさまりそうにない。

 僕は一歩回れ右をして、彼女に背を向けた。

 恥ずかしくなったからではなく、彼女を少しでも落ち着かせるためだ。

 

 しばらく聞こえていた笑い声が、次第におとなしくなっていく。

 ピタッと、静寂が訪れるとともに、背後から耳障りの良い声が聞こえてきた。


「ねえ、さっきの話ほんとう? あなたが、一年後、生きていないかもしれないって思ってること」

「ああ、ほんとだ」

「どうして? 病気か何かなの?」

「ちがう。僕はいたって健康体だ。インフルにもかかったことはない」

「でも、一年後、生きていないかもしれないって思ってるんだ」

「そうだ。人間、いつ死ぬかわからないだろ?」

「そうね。だからあたしがいま死ぬ選択をするのも、おかしくはないんじゃない?」

「いや、それはおかしい」

「なんで?」

「それは……いや、なんでかわからないけど、中学生と言う若さで死ぬことはおかしい。少なくとも、僕は八十歳まで生きるつもりだ。だから君も、八十歳まで生きてみてもいいんじゃないか?」

「うーん。それはイヤね。だって八十歳って、しわくちゃのおばあちゃんになってるってことでしょ? それじゃあ、せっかくかわいいって言ってもらえたのに、かわいくなくなっちゃう」

「かわ、かわ……君は、おばあちゃんになっても、かわ、かわいいと思うぞ。僕の勘はよく当たるんだ」


 いや、知らないけど。


「へえ、そうなんだぁ~」

「ああ、だから、死ぬのはやめよう。いますぐ生きよう」

「うーん、どうしようかなぁ。でも、そうね。あなたが約束をしてくれるなら、もう一年ぐらい生きてあげてもいいと思うわ」

「約束?」

「こっち向いて」


 彼女の言葉に、僕は振り返る。

 昼下がりの日差しが、彼女の背を照らしている。その陽光で、彼女の顔に影ができる。

 影の中、くっきりと浮かび上がる口だけが、ゆっくりと動いた。


「一年後、あたしに会いに来て」

「それは、無理だな」


 とっさに答えて、しまったという顔になる。


「どうして?」

「いや、だって僕は一年後、生きているかわからないだろ? だから、一年後の約束はしないことにしているんだ。叶えられなかったら、相手に悪いし」

「へえ、そう。ならなおのこと、一年後、あたしに会いに来てもらうわ」

「なんで!?」

「そんなの決まってるでしょ? あなたは死のうとしていたあたしの自殺を止めた。なら、それ相応のお礼を返してもらわなきゃ」


 いや、助けたのは僕だからお礼をするのは彼女のほうじゃあ……いや、なんか違うな。僕は、自分のエゴで、彼女を助けようとしたんだ。だからそれ相応のお礼をするのは、僕のほうでもおかしくはない。


「わかった。だったら、明日パフェおごるから。ほら、学校の近くにある、女子に人気のカフェがあるだろ? あそこのスペシャルパフェで、手を打とう!」

「いやいや、あたしの命、スペシャルパフェごときと、釣り合うわけないでしょ」


 そりゃそうだけど!


「なら、何がいいんだ? 何でもおごるぞ。あれだった毎日弁当を作ってきてもいい。僕は、結構料理がうまいからな。僕の弁当は、いつもお手製だ」

「あたしも料理ぐらいできるから。……まあ、あなたの作るご飯に、興味がないわけではないけれど」

「なら決まりだな。そうと決まったら、はやくこっちに戻ってくるんだ。手伝うからさ」

「でもあなたのお礼は、やっぱり最初の約束よ。それじゃなきゃ、イヤ」


 彼女は、わざとらしく頬をぷっくり膨らませる。


「でも、僕は一年後……」

「だからよ。たとえあなたが一年後生きているかわからなかったとしても、一年後、あなたはあたしに会いに来るの。じゃなきゃ、許してあげないんだから」


 そんなこと言われても、一年後の約束なんて、僕にはできない。


「約束してくれなきゃ、あたしはいますぐここから飛び降りるから。あとはよろしく!」

「わかった! わかったから! 一年後、必ず君に会いに行くから、だから死ぬのはまた今度にして!」

「……ほんと?」

「ほ、ほんとうだ!」


 このさい四の五の言っていられない。

 約束しないと、この少女は問答無用で屋上から飛び降りてしまうだろう。そうしたら約束どころではなくなってしまう。


「よかった。なら、改めて言うわ」


 彼女はいたずらっぽく、僕に微笑みかけた。


「一年後、あたしに会いに来て。そうしたら、許してあげる」


 そして彼女は自殺することなく、昼休憩終了のチャイムとともに教室に戻っていった。



    ◇◆◇



 それから一年。

 僕は、彼女に一度も会っていない。

 正確に言うと、会えていない。

 

 あの後、僕は何日もかけて学校中、彼女の姿を探し回った。

 だけど、どの教室にも、彼女の姿はなかった。

 彼女の名前も、学年も、僕は何も知らない。

 知っているのは、あの日、彼女が死のうとしていたことだけだった。


 あっという間に中学は卒業して、高校に入学して、そして風の強い秋になっても、僕は彼女に会えなかった。

 長かったような、短かったような、そんな時間を、僕は死ぬことなく過ごしてきた。

 あの衝動も、たまに沸き起こってきては、僕を困らせてきたけれど、それでも彼女の自殺を止めたときほどではない。


 あれから一年、僕は卒業して以来となる中学校の校門を超えて、職員室で三年生の時の担任と少しを言葉を交わしてから、ひとりで屋上に向かった。


 約束を、彼女は憶えているのだろうか?

 あの少女は、いまも生きているのだろうか?

 

 この一年の悩みは、屋上の扉を開けたら判明するだろう。


「よしっ」


 気合を入れると、ドアノブを回し、扉を開ける。


 秋特有の強い風が、いまだに長い僕の前髪を躍らせる。

 風の強さに細めていた目を、大きく見開く。


「やあ、先輩」

「って、ちょっと待って! なんでそんなところにいるの!?」

「だって先輩と再会できるかと思うと、嬉しくって、気づいたら、つい」

「つい、で済むわけないだろ! はやくこっちに戻ってこい!」

「あとでね」


 そう言ってあの時とほとんど変わらない姿で、彼女はほほ笑んでいた。

 中学校指定のセーラー服を着ていることといい、僕のことを先輩と呼んだことといい、彼女がまだこの学校の生徒だということは確実だろう。

 でもそれなら、どうしてあの後、学校中を探したのにも関わらずに見つけられなかったのだろうか。

 そう問いかけると、


「先輩。それはね、あたしが学校を休んでいたからよ。だって、あんなことあったんだもの。先輩と顔を合わせるの、ちょっと気恥ずかしかったんだもん」


 彼女は頬を赤らめて答えた。


「それに、クラスには、あたしの居場所はなかったし」

「……それは、君がいじめられていたから?」


 目を見開く彼女。


「せいかい」

「ごめん。あのあと、うわさで聞いてね。一学年下の女子生徒が、不登校になっているらしいって。いじめがあったらしいって」

「せいかい。でも、どうしてあたしだってわかったのかしら?」

「それは、なんとなく」


 そう答えたものの、僕はほとんど高い確率で、この少女のことだろうと検討はつけていた。学校の屋上から飛び降りてしまいたくなるほどの苦痛を伴う生活。それは何なのだろうかと考えると、閉鎖的な学校内で起きたいじめの可能性が高い。

 

「せいかい」


 なぜだが、彼女は目尻に涙を溜めていた。


「正解ついでに教えてあげるとね。あたしは、あのとき、先輩にかわいいって言われたから、いまも生きているんだよ」

「かわ、かわ、あ、それで」

「だから、もう一度行ってくれないかしら? そうしたら、また一年、生きていける気がするから。あたしのためだと思って」

「え、いや、でも」


 どっ、どっ、どっ。

 心臓が早鐘を打っている。


「ほら、はやく。はやくしないと、ここから飛び降りちゃうよ?」

「ああああああ言うから! 飛び降りるのだけはやめて」


 僕は、ギュッと手を握りしめた。

 それから勇気を振り絞り、目の前で狡猾に笑う彼女に、渾身の一言。


「か、かわいい! かわいい! かわいいです! とてもかわいい!」

「あ、ありがとう」


 頬が茹でガエルになりそうだ。カエル茹でたことないけどっ。

 彼女に顔を向けると、彼女も頬に手を当てて顔を真っ赤にしていた。

 これは、おあいこだろう。


 よいっしょと、彼女が柵をよじ登って、こちらに戻ってくる。なんだか手慣れている様子だ。

 僕の前まで来ると、彼女はにぃっと、やっぱりいたずらっぽいかわいい笑みで手を差し出してきた。


「一年後、生きているかわからない先輩。かわいいあたしに死んでほしくないって思うのなら、八十歳になるまで一緒に生きてくれませんか?」

「お、おうっ……は、はちじゅう?」


 思わず答えてしまったけれど、これってもしかして……プロポーズなんじゃないだろうか? しかも女子からの逆プロポーズ。

 反射的に掴んだ手を、僕は見下ろす。


「やった!」


 繋いだままの腕を、彼女が上下に振り回す。意外と強くて、肩が痛い。


「これで、あたしも一年後どこか、八十歳まで生きていける気がする! ありがとう、一年後、生きているかわからない先輩」

「その呼び名で僕のことを呼ぶと、僕は君のこと自殺少女って呼ばなければいけなくなるんだけど」

「べつにそう呼んでもいいよ? まあ、そう呼ばれたら、飛び降りるだけだけど」

「だからそういうこと言うのやめて!?」


 心臓に悪い。もう僕に対する脅し文句として、覚えられてしまっている。


「そういえば、先輩の名前って、なんて言うの?」

「ああ、僕の名前は……」



 秋の風は強い。

 僕の髪だけではなく、彼女の長い髪の毛も、同時に風にもてあそばれている。

 でも、彼女と繋いでいる手は、あたたかい。


 一年後、生きているかわからないけれど。


 僕は彼女と、いま、ここにいるんだなぁ、って思った。

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