20160616 四次元能力バトル

 俺は、小学5年生になっていた。

 もっとも私のいた校舎は中高の頃のもの――今や母校にその姿はなく、同じ場所に新校舎が建っているらしい――で、同級生は今まで会った事もない奴らだったのだが。


 どうやら俺は下級生の面倒を見るのが好きらしく、小2のとあるクラス全体と仲が良かった。その日も俺は、こいつらのクラスに出かけては勉強を教えたり遊んだりしていたところだ。

 そんな時、校内放送が鳴った。何やら大事な話があるらしく、低学年は校庭に、俺のクラスは自分の教室に集まるよう言っていたのだが……俺は何故か、ここで教室に戻ってはいけないと予感してしまった。そして、その予感は実際正しかったのだ。


 一概に下級生と言っても、その中には身長の低い部類に入る俺よりも背の高い奴もいる。呼び出しがあまりに急だったので、俺は先生がマトモな点呼もせずに話に入る事に賭けて、こっそりと小2クラスの列の後方に混ざり込んでやった。もしもこいつらに何か悪い事が起こったら、助けられるのは上級生の俺だけなんだ。

 そして俺は賭けに勝った。列の後方から見ると……朝礼台に立っていたのは、随分と胡散臭い黒スーツの奴だった。

 スーツ男はこう言った。

「人類は今日、四次元の力を手に入れました。まずは指を出して、指全体を引くように力を入れてみて下さい」

 俺が咄嗟に思い出したのは、『クラインの壺』と呼ばれる、円筒の表をなぞってゆくといつの間にか裏になっている図形だった。これは上の辺がいつの間にか下の辺になっている二次元の『メビウスの輪』の三次元版で、メビウスの輪が実際は三次元ないと作れないのと同じで、クラインの壺は四次元がないと作れない。だがもし、四次元があるのなら……つまりそれは、人間の体を裏返せるという意味になる。

 こいつ、そんな恐ろしい事をさせるつもりか……そう思った俺だったが、流石にそんな事は起こらなかったようだ。起こったのはせいぜい、指が本来ある場所から消えて、すぐ隣に出てくる事くらいだ。

 俺はひとまずほっとした。が、小学生にこんな事を教え込むくらいだ、こいつが何をしでかすつもりか気が気じゃない。奴らの思惑に乗ってやるのは癪ではあるが、俺もこの力を習熟しようと練習を始めてみた……何もしてないと怪しまれるしな。


 まず判ったのは、この力は指だけでなく、頭を四次元空間に突っ込む事も可能だという事だった。

 光すらない四次元空間で呼吸ができるのか、俺は試してみる気も起きなかったが、少なくとも頭だけを出し入れする事は、指を出し入れするのと同程度には簡単にできるらしい。

 ただし、指でも頭でも、三次元空間から四次元空間に入る部分には、捻挫のような鈍痛がある事も判った。もっともそれは出入りする場所だけで、そこを過ぎてしまえば何の痛みも感じない。

 そしてさらに、消したものを出す場所は、その気になればかなり遠くに設定もできるらしいという事も判った。四次元空間には光はないが、目的部分の光景は、結構遠くまで見えている。


 こうして力の性質が解ってくると、俺はふと、こいつらは何の目的で俺達にこの力を教えたのか、という疑問に戻ってきた。けれど、目の前の見知らぬ男は、下級生達にこの力でどうしろだとかは全く言わない……その時俺は、奴らの真の標的が誰か、理解してしまったのだ。

 すなわち……教室に集めた俺のクラス。

(何故奴らは俺のクラスだけ教室に集めたのか?)

 低学年用の校庭から高学年用の校庭(現実では中学校庭と高校校庭だ)へと駆ける俺。いかに怪しい組織でも、小学校低学年を実験に使うなんて非道な事はしないだろう。が、高学年の、それも1クラスだけであれば……?


 高学年用の校庭に入った俺は、先生達がその北側に並んで何かを眺めているのを見た。その姿は怖い先生のものでも頼もしい大人のものでもなく……まるで傍観者。現実に対して何もできない、淡々とした他人の姿だった。

 校庭では俺が思った通り、既に能力バトルが始まっていた。ワープを利用した大跳躍、次元潜行チョーク投げ……奴らはこの姿を全て観察し、しれっと今回の成果として報告書を作るのだろう。俺達のうち何人か、あるいは全員の命と引き換えに。


 もっとも、俺のクラスの方は、そんな思惑に乗って殺し合うような奴らじゃなかったようだ。友人は今まで通りに友人同士だし、どんなにムカつく相手とも、勝負がついたところで止める程度の分別はあった。もっとも今後、どこかでそうも言ってられない状況を提示されないとは限らないが……。

 ふと携帯を見てみれば、いつの間にか、何人かの同級生からの着信があった。俺を心配しての事か、はたまた罠にかけるつもりなのか……いずれにせよ、戦場である校庭に足を踏み入れてしまった以上、俺は必ず勝者になる。


 ざん!

 急に俺の首筋目がけ、氷の槍が飛来した。氷の主を振り向けば……そこにはクラスの女子の一人。

「さて、氷使いの彼女にどうやって勝つつもりかな?」

 そんな男の値踏みするような声が、俺と彼女のいる校庭に響いた。それに言い返す暇もなく、彼女は再びの氷を放つ!

 彼女は、完全に能力を体得したようだ。四次元空間を雪国に繋げ、そこから無尽蔵の氷柱を手に入れてくる。無論、四次元空間を渡れるのは本人の体とその周辺だけであり、『門』を開いて俺を氷で圧殺する事などはできないようだが、鋭い氷の攻撃に、俺は防戦一方だ。

 さらに悪い事に、校庭とその周辺には、件の男達により、目に見えないバリアのようなものが張り巡らされていた。とうとう俺は、そこに追い詰められてしまったのだ。

 仕方なく、俺は一か八かの賭けに出た。それはつまり……俺の全身を四次元空間に投入し、その出口をバリアの向こう側へと設定する事!


 試してみると、それは実に呆気なくできた。さしものバリアも四次元空間にまでは効果なく、この方法で脱出するのは防げなかったと見える。

 が、彼女も同様に追ってきた。バリアから出てしまえば戦う理由もなくなるだろうとは思うのだが、彼女は彼女で、一度追い始めた獲物を逃がすのは嫌とかそんなこだわりがあるのだろう。はた迷惑な事だ。

 けれども、ワープ能力対決ならば、明確に逃げる方に味方する。逃げる側はワープの届く範囲ならどこに移動してもいいが、攻撃する側はどこに跳ぶかもわからない獲物に命中する場所に移動しなければならないからだ。


 そうして、しばらくの間の追いかけっこが続いた。

 俺は段々とワープを使いこなし、フェイントを含めた様々な回避法を習熟していったのに対し、彼女は最初から完成されていたが故か、段々と差が広がるばかり。

 そろそろ、ずっと戦ってきた彼女のスタミナの方が切れる頃だろう……そんな風に思った辺りで、残念ながら私は夢から醒めてしまった。

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