20160513 ロスト・イン・エアポート

 待ちに待った、恐らく修学旅行の日。

 北海道に向かう飛行機に乗るために訪れた空港は、私の夢にはよくある事だが、極めて不可解な構造になっていた。空港でも、駅でも、パーキングエリアでも、私の夢に出てくる交通系施設は、明らかにその本来の目的を逸脱した造りのせいで、目的地に辿り着くだけでも一大冒険となるようなダンジョンになっているのだ。なお渋谷駅的な意味であり、モンスターやデストラップが待ち受けているわけではない。


 さて、空港にやってきた私は、仲の良かった高校の頃の友人のFとKと共に、しばしの自由時間を満喫していた。10時出発の便に乗れさえすれば、空港内の自由な場所で朝食を取ればいいのだ……もちろん、「朝食を抜いてその分遊ぶ」という選択肢も含めて。

 だが私たち3人は、最後の選択肢を取る事はしなかった。私たちは重い荷物(揃ってキャリーバッグではなく大型リュックサックだった)をゲートに向かう通路に置いて、航空券や貴重品をポケットに突っ込んで、階段下のレストランで食事を取る事にした。ただし私だけは何故か、自分の箸と茶碗を使っている――もっともこのレストランには半ばセルフサービス的なものがあり、備え付けの台所を自由に使えるようにはなっているのだが。


 3人が食事を終えた頃、お調子もののFが唐突に、「先に行こうぜ!」などと言い出した。ノリのよいKもそれに続く。後に残された私だけ、箸と茶碗を洗わなければならないのでこの場に残される事となった。

 たかが洗い物。だが今日に限っては、それが極めて苦難の行為になっていた。

 まず、スポンジの在り処が判り難い。何せ市販の黄色と濃緑のスポンジが、水道管の周りに巻きつけられていたりもするのだ。しかもこれが一番目につきやすい場所のものなので、流しの横にぽつんと置かれているスポンジを見つけるだけでも意外と一苦労なのだ。

 そして、誰かが似たような茶碗を水切り棚に置いていたという不幸。先に箸を洗った後、間違ってそちらの茶碗を取ってしまったために、両方を洗う羽目になってしまった。その後、茶碗の事はすっかり忘れて茶缶の蓋を洗ったり、その際も似たような蓋が他に2つあったのでややこしい事になったりしつつ、ようやく私はFとKを追えるようになったのだ。


 荷物の場所に行った私が見たものは、荷物も友人たちもない空間であった。

 ははぁ、とすぐに理解する。きっと2人は私を驚かせようと、ご丁寧に重い私の荷物まで抱えて立ち去ったらしい。

 そうと解れば困る事はない。2人とも、他人の荷物をどこかに投げ捨てるような事をする人間ではないので、荷物の安全は担保されているだろう。後は2人に追いつくだけだ。もっとも……2人がどこまで先に行ったのか、私には皆目見当もつかないのだが。

 ともあれ私は、このままさらに階を上がり、別の階段を降りつつ目的のゲートに辿り着けばよい。そう、考えていた。


 殺風景な階段を上がると殺風景な廊下に出る。ここには幾つかの階段があって、一本は今来た入口となる階段、残りはもう一度下がってゲートに向かうものだ。

 ゲート階に降りた私は、いまだにFやKと合流できずにいた。そればかりかこの階層に、人の姿は他に1人しかいない。

 不安を隠せないままで、私はその1人に着いてゆく事にした。どのゲートに向かうべきかわからなかったので、とりあえず誰かの傍にいたかったのだ。

 その人物は何の迷いもなく、外に向かうゲートとは反対側、建物の内側の金属扉の中に入っていった。私もそれに着いてゆくと……そこは、濃紺の制服を着た人々の集うオフィスになっていた。恐らくは航空会社か空港管理会社のオフィスなのだろう。

 オフィスの中には人の通りやすいスペースが空いており、その先の別の金属扉から出れば、建物の反対側にあるゲートに向かえる。こちらもやはり、人影は少ない。

 ……わからない。

 仕方ないので私は、オフィス内で事務資料を探していた係員を悪いと思いながら呼び止めて航空券を見せ、ようやく私の目的地が『向ヶ丘ゲート』と名付けられたゲートの先にあるという事を知った。


 向ヶ丘ゲートを潜り、なだらかな下り坂となっている渡り廊下を進むと、ようやく私はFやKと合流する事ができた。一通りの文句を言った後、私たちはさらに先に進む事にする。

 ここまで来ると、一体どこから現れたのか、他の人の姿も見られるようになる。厄介だった階段もなくなって、大型のエレベーターが私たちを待っている。

 私たちがエレベーターに乗り込んだ途端、Fは迷いもなく8Fのボタンを押した。だが8Fは一般駐車場のような場所だった。同乗者に申し訳なさそうな顔をする私とKにも気付かずに、Fは今度こそ正しく1Fのボタンを押す。

 やれやれ、これでようやく飛行機に乗れる……と思ったが、けれども実際、そうは上手く行かなかったのだ。


 1Fに辿り着いた私たちが見たのは、寂れた温泉地のホテルのような光景だった。

 高い落葉樹の生えた植え込みが、色褪せたアスファルトの広場を取り囲んでいる。広場からは一段高い場所に向かって蛇行した道が伸びており、その先にはホテルらしき建物が建っていた。また広場の中には、びっしりとバスが並んでいる。それらは車体も塗装の色もバラバラで、全く統一性が見られない。

 私たちが乗るべきバスは、『天が岡』だという事だった。私たちは目的の飛行機に乗るために第二ビル(?)に向かう予定だし、この先はそれか、せいぜい例のホテルくらいしかないはずなのだが、他のバスの行き先は一体どこか、私にはさっぱり想像がつかない。

 ともあれ、探し当てた『天が岡』のバスは、白いボンネットバスだった。車体の左前の部分に青い文字で『天が岡』と書かれている。私が率先して乗り込むと、既に多数の小学生が乗り込んでいた。私たちと同年代の乗客はいない。

 訝しんでいると、Kが降りるよう私を呼んだ。『天が岡』の運転手によると、このバスも同じビルには向かうようだが、1Fに到着するらしい。私たちの向かうべき2Fに行くには、既に出発した別の『天が岡』のバスに乗らなければならないようだ。

 時刻は既に9時。10時出発の便に乗るには、そろそろ向こうのビルに到着していなければなるまい。だが目的のバスの次の出発は、一体いつになるのだろうか?

 私たちは無事、登場すべき飛行機に乗れるのだろうか?

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