20160419 死にゆく世界と再生の力

(1)

 どんなに探し歩いても、人の姿は見つからなかった。

 自分と傍らの友人を除いては、全ての人は死に絶えたのだ。そう、少女――私は理解していた。

 不思議にも、恐怖はない。いや、誰かを見つけねばならぬのだという焦りと使命感こそが、もしかしたら恐怖そのものであったのかもしれない。


 現場は、南から北にかけて下がるゆるやかな斜面に作られた、低層マンションの並んだ団地。私(少女ではなく、夢を見ている私自身)の実家付近のように見える光景だ。

 少女――私は恐らく、強い寂しさを感じていたのだろう。決して友人の見えぬ範囲にゆかぬよう、団地の中を人影を求めて彷徨っていた。けれども当の友人はといえば、そんな私の事など気にした素振りも見せず、いつの間にかどこかに行ってしまうのだ。

 そんな友人を、私はひどく恐れていた。私が再び出会った時、彼女はもしかしたら私の知る存在ではなく、全く別の怪物が彼女に擬態したものになっているのでは?

 ありえないとは頭で解ってはいても、そんな想念はどうしても、私の脳裏にこびり付く。


(2)

 気付けば私達は、乗り物を手に入れていた。

 それは装甲車のようであったような気もするが、バスであったような記憶もある。だが、ただ一つだけ言える事は、それが経路上の様々な障害物を惹き潰し、弾き飛ばし、私達が目的地に向かう事を助けてくれそうだ、という事だ。

 友人の運転で、私達は出発した。まずは北――谷沿いを走る幹線道路に向かい、そこからさらに別の場所へと向かうのだ。

 けれども、それは叶わなかった。

 行く手を、金属パイプ製のゲートが阻んでいたのだ。


 私は事故を覚悟したが、バスは逆にゲートへと加速していった。そしてゲートを越えた瞬間……バスは、私たちの団地のある一帯の、南の端に近い所に現れる。

 つまり私達は……ワープしたのだ。


(3)

 ワープを終えて止まった私達がまず気付いた事は、ここは今までいた団地と似てはいるものの、微妙に細部が異なっているという事だった。

 いわゆる『並行世界』というものだろうか? だがここにも、人影はどこにも見当たらない。

 薄気味の悪いものを感じて、私達はさらにバスを走らせる。

 また同じ場所でワープ。またまた細部の違う世界。またまたワープ。やはり細部の異なる世界……。


 一体、何度同じ場所を通り過ぎたろう?

 私達は、だだっ広い公園のような世界に辿り着いたのだった。


(4)

 その世界には、ついに私達ではない人々の姿があった。だが……その姿はまるで難民のよう。元々そのような生活を送っていたのか、並行世界同士が繋がった余波で何か起こったのか、そもそも彼ら自身、どこかの並行世界からの難民なのかもしれない。

 だが、少なくとも一つの事だけは私は理解した。彼らは私達からしてみれば『書き割り』のような存在であり、私達の探索行に何らかの有益な影響を与えてくれるものではありえない、と。

 それは言わば、私達がいまだ孤独であるというのと同じ意味だった。この世界を歩き回って落胆した私がバスに戻ってくると――男が、私達のバスに乗っている。


(5)

 男は軽薄そうで飄々としていたが、明らかに『私達と同類』な存在であるようだった。ただし、その表情からは真意は掴めない。

 私は、彼が何事かを私達に提案したように記憶している。生憎、それがどのようなものであったのかは思い出せないのだが、そこに私達を値踏みするような視線と意図が含まれていた事だけは、今でも朧げながら憶えている。

 私はその提案に嫌悪を感じ、保留という名の拒否をした。男はそれも想定のうちといった表情であったので、いかに想定外の事をしてやろうかと考えながら。


 私は背を向け逃げ出した。見知らぬ世界を彷徨って、ガレージのような空間の並ぶ小屋の前へとやってきた。

 そこで……私はふと、私には小さな弟がいた事を思い出したのだ。


(6)

 ガレージの中の小汚いベッドに、私はその弟を見つけた。誰もいなくなった本来の世界から、何者かに連れてこられたに違いない彼を。

 けれども弟の姿を見れば、まるで背景と同じ色の毛布に呑み込まれるが如く、腹から下が消えている。

 ここで彼を失うわけにはいかない。私はどうにか弟を助けようと試みた。けれども弟を飲み込む『空間』は、次第に弟の上半身へ、首へ、顔へと広がってゆく。

 助けないと。

 それは一見、不可能な事のようにも見える。けれども私は信じ抜く……私の意志が十分強ければ、どんなに不可能な事も可能にしてしまうのだと。

 空間は、ついに弟の頭頂部までを覆い尽くさんとするところだった。けれども私はそれに手をかけて……それができるのだと信じて引き降ろす!

 引き広げられた空間が、弟の頭を半ば吐き出した。まだまだだ……私の意志はこんなものではない。

 さらに広がった空間の中から、弟の上半身が見えてきた。あと少し……私は、世界の法則に抗ってみせる。

 そして遂に、私は弟を完全に空間から取り出す事に成功した。いまだ何も知らずに眠ったままの弟を抱え、私は今きた道を引き返す!


 私は、世界の悪意に打ち勝ったのだ! もしも私が望むのならば、誰もいなくなってしまった私の世界を、再び元ある姿に戻す事だってできる!

 私はバスに飛び乗って、一路、元いた世界を目指す。

 一回、二回……先ほど世界間ゲートを越えた数、もう一度世界を越えてゆく。もう、こんな悪意ある世界は必要がない。在りし日は、必ず私の元へと帰ってくるのだから!

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