~見知らぬ地での出会いと休息~
1時間ほど歩くと、道のようなものが姿を表した。
舗装されているわけではなく、土が剥き出しのものではあるが、この果てに街があるのは確実だ。
「さて、どちらに進んだ方が近いのか。……それにしても、まるでゲームの世界だな」
モンスターの類いに襲われることはなかった。
だが、奇怪な姿の生物なら何度か目にしている。
下手に刺激すると危険な動物は、元々の世界にも多数存在している。
故に、手は出さなかった。
「……ん?あれは……衛兵か?」
分厚い金属の鎧、腰に携えた剣、そして跨がったウマ。
その出で立ちは、その兵士の階級が決して低くないことを表していた。
よく見ると、その後ろにも同じような兵士が2人居た。
「丁度いい、少し話を聞いてみよう」
彼は兵士に向かって走り出す。
やがて、兵士も彼の姿に気が付いた。
「止まれ!誰だお前は!」
低く、良く通るその声は、彼の動きを完全に止めた。
兵士達は剣を抜き、恐ろしい威圧感を放ち、彼を睨み付ける。
先程の族とは比べ物にならない程の威圧感に、彼は言葉すらも出せなくなった。
「あ……う……」
「山賊か?いや、そんな装備には見えないな。武器を持っている様子もない」
「隊長。周囲に変化はありません。きっと、彼は単独で現れたのでしょう」
「となると、ただの旅人か?済まないな、脅すような真似をして。最近、この辺りでは族が暴れていてな……」
兵士達の態度は一気に軟化、剣も手際よく片付けてしまった。
先程の威圧感が、嘘のようである。
「いつまで固まっているのだ。用があるのではなかったのか?」
「……あ、し、失礼しました。その、近くの街にまで案内していていただければと思いまして」
緊張がほぐれることはなく、彼はぎこちない敬語をなんとか絞り出した。
「街か。なら、我々が向かう先が最も近いだろう。決まりで馬には乗せられないが、我々に付いてくる分には構わないぞ」
聞けば、彼らは見回りの帰りだと言う。
最近、山賊による被害が急増しているため、彼らのような精鋭が直接見回るようになったのだ。
先程の族の姿が頭をよぎったが、ここでは何も言わないことにしておいた。
30分ほど進むと、何かを囲うようにな形の高い壁が姿を表した。
兵士曰く、これは街を守るための壁らしい。
「おや、防衛隊長殿。その御仁は?」
「街までの案内を頼まれてな。中に入れても構わんだろう?」
「ええ、勿論です」
門番はすぐに門を開き、4人を街の中へと入れた。
彼らの装備は、警備隊長とその部下と比べると、かなりの軽装であった。
「ここまで、ありがとうございました」
「待った。まさかこのまま行くつもりか?」
背を向けようとした彼を、警備隊長は引き留める。
「なんでしょうか」
「忘れてるものがあるだろ、と言っておるのだ」
「……?」
彼には見当もつかない。
その様子を見て、警備隊長はやれやれと首を振る。
「カネだ、カネ。このまま過ごせると思ったのか?」
彼は、警備隊長に金を払えと言われている、そう解釈した。
だが、金など全く持ち合わせていない。
抵抗も考えたが、今後を考えるとそれは得策ではないし、シグやMP5では彼らの鎧を撃ち抜くことなど不可能だ。
「その……金は全く持っていなくてですね……」
「はぁ?そんなこと、言わずとも分かるぞ」
「……はい?では、何をお望みで?」
「話が噛み合わんやつだな……。カネもナシで暮らせるほど、この街は優しくない。だから――」
警備隊長は腰のポーチのようなものに手を突っ込み、そして何かを取り出す。
それは、3枚の札のような物だった。
「3万G、これだけあればしばらくは滞在出来るだろう。遠慮は要らん、この階級で独り身の男には過ぎた給金だ」
状況が掴めない彼は、ただ呆然とするだけであった。
警備隊長は彼の手を取り、そして金を握らせた。
「旅をするにしろ、定住するにしろ、全く金を持っていないでは話にならん。この街に居る間は、我々のような衛兵を頼るがいい。必ず、助けになるだろう」
「な、何故ここまでしてくれるんですか?見ず知らずの俺なのに」
「旅人には親切にする、それが我々だ」
警備隊長は、気持ちのよい笑顔を彼に向けていた。
そこには裏の感情などなく、透き通った心が現れているようだった。
警備隊長は、部下を連れて立ち去ろうとする。
だが足を止め、再び向き直った。
「そう言えば、まだ名前を聞いていなかったな。よければ聞かせてくれ」
彼は困惑する。
生前の名前は確かにあるのだが、それを安易に出して良いものなのかが分からない。
名前を出したからといって、すぐに世界が崩壊するとも思えないが、それでもいきなり名前を出すにも抵抗があった。
「……カスール、カスール=パラベラムです」
結果、彼は偽名を使うことにした。
弾の名前から用いたのは、やはり彼の趣味だろう。
「カスール?聞き慣れん名だ。やはり、異国の者か。俺はゴグリー=ハーリード、縁があればまた会おうではないか」
警備隊長、ゴグリーは再び背を向ける。
そして今度こそ、振り替えることなく去っていった。
「さて、どうしたものか……」
カスールは、周囲を見渡す。
街の賑わいは、日本の商店街のようだ。
並ぶ商品は、見慣れない物とは限らず、よく見知った食料もいくつか並んでいた。
カスールはリンゴと思われるものを1つ購入し、宿を探し始めた。
「リンゴ1つ30Gか。日本よりずっと安く思えるが、1G辺り何円なんだ?」
綺麗に紅く染まったそのリンゴは、それまでに食べたどのリンゴよりも美味であった。
Gが日本円とほぼ変わらない価値だとすると、日本では500円はするだろう。
もしかしたら、1000や2000は超えるかもしれない。
「……ふむ、2泊8000Gか。ちょっとボロいが、この宿にするか」
カスールが見付けたその宿屋は、確かに値は安いが酷いボロ屋であった。
しかし、生活拠点を見付けることが最重要であるため、欲は完全に捨てていた。
「いらっしゃい。旅人さんですかな?」
店主の老人は、愛想良く対応する。
建物はボロ屋だが、主人の服装には清潔感もあった。
「まぁ、そんなところか。4泊ほどしたいんだが、部屋はあるか?」
「へぇ、勿論。割り引きまして、15000Gとなりますが、よろしいですか?」
「ああ。これで丁度、かな?」
「ありがとうございます。では、部屋まで案内しましょう」
案内された部屋は、決して広くはない。
だが、手入れは行き届いており、思いの外居心地は良かった。
「さて、ここからの計画を立てないとな」
カスールがこの世界に居る理由、それはバグを探して討伐することだ。
どの程度の時間が残されているのかは分からないが、準備をする時間くらいは残されているだろう。
「まさか、シグで対抗できる相手ばかりではないだろう。それだったら、警備隊長だけでも勝てる。……彼も、流石にバグとやらについては知らないだろうな」
せっかくの能力だが、突然使えなくなるのは非常に困る。
故に、あまり実験をしようとは思えなかった。
神の与えた能力とは言え、限界が無いとは言い切れない。
アサルトライフル程度なら具現化出来るかも知れないが、主力戦車や戦闘ヘリなどが具現化出来るとは思えない。
そして、アサルトライフルの具現化でパワーのようなものを使い切ってしまった場合、有事の際の対抗手段はほぼ無くなるだろう。
「限界が知りたいが、その結果能力が無くなっても困る。どうしたものか……」
あれこれと思案するうちに日が暮れた。
部屋になのか、それともそもそもこの世界に存在しないのか、どちらにせよ電灯は無いようだ。
真っ暗になった部屋の中で、カスールはいつの間にか眠りに落ちていた。
転生自衛官 八岐大蛇 @Yamatano_Oroti
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