悪との対峙

~発現~

「……さて、どうしたらいいのやら」



男は、草原のど真ん中に座っていた。

自分が気が付いた時からすでにこの場に居て、30分ほど動かずに待機していた。



「能力が付与されるとか言われたが、どんなものか分からんな」



身体能力に目立った変化は無いことは分かっている。

足元に転がっていた石を握り、別の石とぶつけ、力の限り放り投げる。

結果、生前と何も変わりが無いと判明した。


生前の身体能力は、一般人とは雲泥の差があった。

彼ほど熱心に訓練している者など、世界中の軍隊と格闘家を合わせても決して容易には見付からないだろう。



「……今の所は穏やかだが、ちょっと体を鍛えているくらいで生き残れるのか?」



すでに『ちょっと』の範疇を大きく超えているとは、彼は全く気付いていないようだ。

人によっては、それは嫌味に聞こえるだろう。

だが、彼は丸腰であり、神に見せられた映像には魔法と思われる力の使い手や、モンスターとしか呼べないような存在も映っていた。



「……俺も魔法が使えたりする……のか?」



試しに魔法でも使えないかと念じてみたが、何も起きなかった。

例え魔法が使えるだけの能力が付与されていたとして、その発動の仕方が分からなければ意味は無いのかも知れない。



「五感……も、変わりは無いか」



遥か遠方を見ようと、耳を澄まそうと、違いは全く無い。

彼の体には、不安になるほどに変化が無かった。



「転生ではなく、ただのワープじゃないのか?どうせなら町にでも転がしてくれればよかったものを!」



言葉を吐きながら、先程投げた石を打ち付けていた別の石を掴み、そして力任せに放り投げた。



「いてっ!」



「ん!?人が居たのか!?」



どうやら、気付かずに石をぶつけてしまったようだ。

彼は謝罪をしようと、その人物の元に近付いた。


そして、命の危険を感じた。



「テメェか……。ナメたマネしてんじゃねェぞゴルァッ!!」



1m程の剣を携えた、賊以外の何者でもない存在が、8人ほどそこに居た。

そしてその威圧感は、不良やヤクザとは比べ物にならないほどであった。


男達の殺意にギラついた目に、彼は恐怖を感じる。

殺される、間違い無くこのままでは殺される。



「石ぶつけやがった罪は軽くねェぞ?分かってんだろうなァクソガキ!!」



「……も、申し訳ない!まさか人が居るとは……ん?」



ここで彼は疑問が浮かぶ。

男達はどう見ても日本人には見えない。

どちらかといえば南米、または中央アジアの人々に見える。

だが、言葉は問題なく通じているようだ。



「まさか……これが力?」



「ゴチャゴチャぬかしてんじゃねェぞ!!」



頭に血が昇ったその賊は、手に持った剣を渾身の力で振り下ろした。



「うわっ!?」



突然の攻撃に驚いたが、思ったよりは余裕を持って回避することが出来た。

これならば、生前の訓練の相手のほうがよほど早いだろう。



「避けるな!!」



更に追撃。

だが、掠る事すらない。

訓練の成果だ、容易く見切れる。



「うがあッ!!」



「ッここだ!!」



激昂した男の乱雑な攻撃に存在する、決して小さくない隙を突き、顔面に右ストレートを直撃させる。

2mほど吹き飛んだ男の鼻は完全に潰れ、夥しい量の鼻血が出ていた。



「ぐあううっ!鼻が折れひゃあああ!」



「あ、アニキ!しっかりしてくだせぇ!」



勝つのも当然だ。

力と武器に頼っただけの攻撃が、プロの格闘家や軍隊顔負けの訓練を積んだ者に通用するはずが無いのだ。



「意外と余裕があったが、油断は出来ない。と言うか、数では勝てない。早まったな……」



威圧感と武器は本物だが、どうも体は見せかけらしい。

よく見ると、手下の中には貧弱な体の者も居る。

だが、勝てたのは1対1だったからだ。

集団で襲われては、勝ち目は薄い。



「……御機嫌よう」



背を向け、一目散に走り出す。

授かった能力が分からないだけではなく、武装と数で圧倒的に不利な局面だ。

まともに戦うのは危険すぎる。



「待てゴルァッ!」



「捕まえてぶっ殺してやる!」



頭目を傷付けられた賊は、血走った目で男を追いかける。

だが、やはり身体能力に差があるのだろう、彼の速度が落ちる前に賊は体力が完全に切れた。



「これだけ離れていれば、すぐには近寄れないだろう。だが、身を隠す場所がこうも無いとはな……」



100m程は離れているが、お互いに睨み合いが続く状況だ。

少しでも気を抜けば、すぐにでも走り始めるだろう。



「遠距離からでも攻撃できる武器、例えば銃でもあればな。あの男達は、剣以外の武器は持ち合わせていないようだし……」



銃をキーワードに、彼の記憶が呼び覚まされた。

彼は、兵器が好きだった。

個人で使用できるものに限らず、戦車や戦闘機、戦艦や空母、巨大なミサイルに至るまで、彼は兵器に惹かれた。

使用するつもりなど全く無かった、説明できるような理由も無かった、それでも好きだった。

単純に、『カッコイイ』から好きだったのかも知れない。

だがそれを原動力に集め回った知識は、専門家に匹敵するレベルに達していた。



「何か、武器から思い付く打開策は……ダメかもな。雑学は豊富でも、学力は普通だったからな」



事実、彼の学力は良くも悪くも無い、とだけしか言えることが無い。

肉体と雑学が無かったら、彼は本当にただの凡人だったかも知れない。



「……シグザウエルP220、もう使う機会は来ないのだろうか。あの銃は拳銃では1番好きだったから、この場にでも持ち込みたかったな。今まさに必要な局面とも言えるのに、神とやらはそれを持ち込むことは許してくれなかったのか……」



彼は、初めて俯いた。

そのままではどうにもならないと気付き、すぐに顔は上げたが、辛い局面であるという事実に変化は無かった


ふと、彼は右手の重みに気が付いた。

それまでずっとそうであったのか、急に重くなったのか、彼には判断が付かない。

だが、その手に握られている物には見覚えがあった。



「し……シグザウエル……?な、何故突然……」



彼の必要とした存在が、確かにその手に握られていた。


突如出現した、シグザウエルP220。

どこをどう調べても、生前の彼が好んでいたそれそのものであった。

ご丁寧に弾薬までも装填されており、品質は新品同然だ。

つまり、構えて狙えばいつでも撃てる状態である。



「よぉ、兄ちゃん。さっきはよくもやってくれたな?」



慌てて前を見ると、賊が5mほど前に居た。

銃に気を取られている隙に、一気に接近されたのだ。



「う、動くな!動くなら、撃つぞ!このシグは、ガスガンじゃないぞ!」



「あ?うつ?なんだそりゃ。まさか、その玩具で戦り合おうってんじゃないだろうなぁ?」



賊にシグを向けるが、賊達はヘラヘラと笑っている。

そして、一歩ずつ距離を縮めてくる。



「銃を知らないのか……?」



装填されているのは、9mmパラベラム弾のようだ。

ボディアーマーを貫くことは難しいが、生身の相手の行動を止めるならば十分の威力を持っている。

銃の威力を知らず油断した、ほんの僅かな距離しか離れていない賊を撃ち殺すには、何の問題も無く使用できる。



「だが、いくら異世界でも簡単に殺すのは……」



正当防衛ではあるが、それでも殺すことには躊躇いがある。

彼が歴戦の米兵であれば話は別だったかも知れないが、彼は日本の自衛隊の若い隊員だ。

人を殺す度胸は持っていないし、持っていたとしても彼はそれを肯定しない。



「ビビりやがって、後退りか?兄貴の痛みの100倍は味わってもらわねぇとなァ」



目の前の賊が剣を振り上げ、一気に距離を詰める。

それと同時に、シグからは鉛が飛び出し、賊の右足を貫いた。

彼は、反射的に引き金を引いてしまったのだ。



「ぐがああっ!?」



「ど、どうした!?何だ今の音は!」



狼狽える賊達の足元に、更に数発撃ち込み、威嚇する。

そして賊は理解したのだ。

彼の持つ物体は、自分達を簡単に殺せる凶悪な武器であると。



「早く、失せろ!次は足じゃないぞ!次は頭を撃ってやる!頭をやられたらどうなるかは、銃を知らなくても分かるだろう!?」



彼は叫ぶが、傷付いた仲間を救うかそのまま逃げるかで迷い、狼狽えるばかりで、彼の言葉が耳に入っているのかも怪しい。

そこで、もう1人の右肩を撃ち抜き、更に恐怖を植え付け、ようやく退散させることが出来た。

放置されかけた仲間も、何とか共に逃げることが出来たようだ。


「……助かった、かな」



だが、決して気分は晴れない。

殺してはいないが、この世界の医療技術で、彼らの体が治癒するのかは分からない。

特に、足を撃った賊の方は出血が酷く、あのままでは確実に死ぬだろう。



「俺は、殺人犯になったかもな……」



だが、神がバグと称した存在は、決して機械のようなものばかりではないだろう。

先程の賊のような人間を、殺さねばならなくなるかも知れない。



「……それにしてもコイツ、一体どんな理由で手元にあるんだ?」



再度シグを眺めるが、やはりシグはシグだ。

どう見ても、シグ以外の何物でもない。

だが彼は、内部を調べようと弾倉を取り出し、そして気が付いた。



「弾が……減ってない……?」



使用したはずの弾薬が、減る事無くそこにあった。

不気味に感じた彼は、地面に向けて3発ほど撃ってみるが、地面に撃ち込まれた弾丸は確かに9mmパラベラム弾、排出される薬莢も同じだ。

だが、弾倉の中の弾薬が減ることは無い。



「これが、神の与えた力か?……少し、試してみるか」



彼は、開いた左手に集中し、シグの詳細を思い浮かべる。

すると、何も無かった左手が弱く光り、そしてシグが現れた。



「……なら、これはどうだ?」



両手に意識を集中させ、別の銃を思い浮かべる。

すると先程よりも強い光が発生し、そして一丁のサブマシンガンが姿を現した。



「MP5、成功だ。と言うことは、武器の具現化が能力か?そしてそれは、弾薬の自動装填にも繋がっている……?バカバカしいほどに都合がいいが、逆に考えるとこれは、そうでもしないと戦えない相手の存在を示しているのでは……?」



ふと気が付くと、シグが2丁とも消えていた。

手放してしばらくすると消えてしまうようだ。


具現化はしたものの、MP5はそれほど好みではないため、結局シグ一丁に収まった。

大勢の敵でも現れれば別だが、賊の様子を見る限り、拳銃一丁で十分に撃退は可能に思えるのだ。



「さて、これからどうするか。野生動物も居るだろうから、最寄の町で安全を確保しようか」



当てのある旅ではないが、地図も何も無い以上は仕方が無い。

彼は少しでも開けた場所を選び、そして進み始めた。

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