神との遭遇

「……?」



暗く、何も目視できない空間。

そこで、彼は目覚めた。


自身の身に何が起きたのか、全く分からない。

そもそも記憶自体が、酷く曖昧だ。

夢の中にでも居るようなぼんやりとした感覚が、彼を包み込んだ。



「ここは……俺は一体……」



冷静に、物事を整理しようとする。

すると、ポツリポツリと記憶が蘇ってきた。

自身の名前、経歴、人生での思い出、人間関係、そして最も辛い記憶も思い出した。



「……そうだ。俺は車に撥ねられたんだ。それなのに痛みも無いってことは、やっぱり死んだんだ……」



思い残したことは、山ほどある。

彼は、自衛官だ。

まだそうなってからの日は浅いが、それでも正義の心は誰よりも強かった。

人々を救いたい、人々を守りたい、その一心で必死に学んだ。

訓練にも励んだ。


だが彼に訪れたのは被災地への派遣ではなく、突然の死であった。



「こんなことってあるのか……?俺は一体……俺は一体何のために――」



「目は覚めたか、若者よ」



突然響き渡る声に、彼は驚く。

そして周囲を見渡すが、何も存在していない。



「だ、誰だ……?誰か居るのか!?」



「居るとも。後ろを向け」



彼は慌てて振り返る。

そこには、白い衣を纏った老人の姿があった。



「私が何者であるか、冷静沈着が取り得のお前ならば分かるだろう」



彼には信じられなかった。

だが、目の前のその存在は、神以外の何者でもなかった。



「神……?」



「お前達の言葉で言うなら、確かに私だ神だ。だが、私は私自身をそう呼んだ事は無い」



冷静ではあるが、理解は追い付かない。

死後の世界があるとは予想もしていなかったのだ。

そして、これほど鮮明であることも、当然予想の範疇外だ。



「そして、お前に伝えるべき事がある」



「伝えるべき……事……?」



神の表情が険しくなった。

それに伴い、男の表情は強張る。

そして緊張も強まった。

鼓動がないのは、死んでいるからなのだろうか。



「お前は、自分の死んだ原因が何であると思う?」



「車に……撥ね飛ばされて……」



「違う。何故、死なねばならなくなったのかだ。それは死ぬ過程にすぎない」



男には検討もつかない。

罪を犯した覚えは微塵も無いのだ。



「単刀直入に言おう。お前を殺したのは、この私だ」



「……は?」



男は、まさに呆気に取られている。

罪も無いのに、自分は神に殺されたらしいのだ。



「冗談……ですか?」



「冗談ではない。この私が、確かに殺した。事故や過失ではなく、明確な意思を持って、私はお前を殺した」



しばらく、男は放心状態にあった。

我に返るまでにどれだけの時間を要したのか分からないが、恐らく数分程度であろう。


我に返ったあとに沸き上がるのは、神に対しての怒りだった。

表情はまさに修羅、その体は怒りに震え、生きていれば血が噴き出すほどに、拳を強く握っていた。



「ふざけるな!何故だ!?何故俺はアンタに殺されたんだ!!」



神に掴みかかり、拳を振り上げる。

しかし、強烈な電撃によって吹き飛ばされ、意識すらも手放しそうになった。



「私は鬼や、悪魔ではない。意味もなく殺し、弄ぶほど、暇でもない。まぁ、話を聞け」



「聞けるわけないだろ!!」



「それでも聞くのだ!お前は選ばれたのだ、救世主に!!」



再び殴りかかる男を、再度電撃で吹き飛ばす。

先程より弱まってはいたが、それでも男には大きなダメージであった。


攻防は何度か続いた。

だが、神と人間では勝負は見えている。



「お前に出来るのは、私の話を聞くことだけだ。どれだけ怒りをぶつけようと、無駄なのだ」



「……クソッ!」



成す術も無く、男は話を聞くことにした。

だが、その拳は強く握られたままだ。



「救世主と言ったな……?それは、どういう事なんだ?」



「時間は有り余ってるとは言えん。手短に説明するぞ。……まず私の事だが、私はお前の世界を含め、100を超える世界を作り上げた存在だ」



神が手をかざすと、男の眼前にモニターのようなものが現れる。

数は30、そのどれもに世界が写っている。

だが、それらは自分の暮らしていた世界と同じものには見えない。

どこの惑星の出来事なのか、そう疑わざるを得ないほど、奇怪な生物や景色が写っているものもある。



「本来であれば、私はどの世界にも手を出さない。栄えようが滅びようが、私は手を出さない。……だが、そうはいかぬ事態が起きた」



男の前のモニターが融合、1つのモニターに姿を変える。

そこには、自分と同じような姿の存在が、戦いに明け暮れる映像が流れていた。



「この世界は、未曾有の危機に瀕している。私の想像を超える、イレギュラーとでもバグとでも呼べるような、異常な存在が複数産まれてしまっている。それらの駆逐を、お前に任せたい」



「ま、待ってくれ!世界を作ったアンタが、何故自ら手を出さない!?」



当然の疑問であった。

わざわざ自分を殺して救世主とする必要が、どこにも見当たらないのだ。



「私が手を出せば、更なるバグが発生する可能性が高い。この世界は酷く不安定だ。だが逆に、お前の世界の安定性は異常なほどに高かった。それこそ、私が手を出しても問題が無い程度にはな」



神によると、男の世界以外は、不用意に手を出すとそれだけで崩壊が始まる。

崩壊させれば、神は神として存在出来なくなり、それは100の世界全ての崩壊の連鎖を意味する。



「お前はこの全ての世界に存在する、那由多の彼方に匹敵する数の命で、唯一の適合者だ。お前以外では、正常な働きは出来なくなり、バグの発生を招き、結局崩壊するだろう」



神が再び手をかざすと、世界の崩壊の様子を簡単に表した立体映像が浮かび上がった。

それと同時に、崩壊した世界でもがき苦しみ、砂の城の様に崩れる家族や友人の姿もモニターで再生された。


男には、全てが受け入れられなかった。

理解が出来ない、したくない。

だが、握った拳の痛みが現実を示していた。



「無論、今のお前には何の能力も無いだろう。転生後、お前には能力をいくつか付与してやろう」



男の体が光輝き始める。

どう考えても異常なその光景だが、もう男には驚く気力も無い。



「……転生と、言ったな?じゃあ俺は、赤ん坊からやり直しってことか?」



「その点については心配無い。向こうに着けば、すぐに分かるだろう。……さらばだ、救世主よ」



その言葉を最後に、男は意識を失った。

それと同時に、その体は空間から消え去った。



「……さて、予備の候補者を探さねばな。ああは言ったが、まだどこかに居そうなものだ」



確かに神は、あの男に期待しているのだろう。

だが、いくら能力を付与したところで、元々はただの人間だ。

ふとした拍子に崩れてしまうかも知れない。

もしかしたら、あの男そのものがバグとなり、全ての崩壊を導くかも知れない。

それを止められるだけの存在を、神は欲していた。



「些か、繊細に作りすぎたかも知れんな……」



神は大きく溜め息をついた。

そして、どれくらいの時間がかかるかも分からない、終わりの無い作業を始めるのだ。


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