ヘッド・トーカーズ

裏瀬・赦

エッグ・レイニアス

 帰り道で、木の枝に刺さって干からびているトカゲを見つけた。言うまでもなく死んでいる。胴体に尖った枝がぷすっと貫通して、すっかり細くなっている。枝を触ると、折れてトカゲともども地面に落ちた。

 いったい誰がこんなことをしたのだろうか。放置されたまま何日もたっているだろう。だが私にはどうしたらいいのかわからない。拾って荼毘にふすべきか、このままアスファルトの上で朽ちていくに任せるか、それともこれをやった犯人を見つけて問い詰めるか。

 考えながら地面に落ちたトカゲをじっと見つめている。その時間は惜しいとは思わない。どうせ考えるふりをして逃避をしているだけだ。もっと考えるべきことはあるのに……

 さっと、わたしの視界を影が横切った。振り向けば、小さな鳥がいた。スズメに見えたがそれより大きい。そこで思い出した。ある鳥の習性、小動物を木の枝に刺すという、モズのはやにえを。

 とするとわたしははやにえされたトカゲか。薄灰色の空を見ながら思う。

この空の下、わたしを木の枝に突き刺した男がいる。それを思っても心は晴れるものでもない。怒るでもなく、わたしの心は干からびてそのままだ。

 所詮、わたしの思いなどそんなものだったのだ。

 わたしが熱を向けた男は平凡で、わたしも平凡で、釣り合っていると思っていた。しかし男は――そう、スズメのふりをしたモズだった。小さな身体をして自分より大きい相手に突貫する、かつては鷹や鷲と同じ種類と言われた、あの鳥のように。

 あの男との関係は、春からだからそろそろ半年になる。その間、わたしが悩んでいたのが二ヶ月だから実質的には四か月。大学生としては長い時間だ。

 あの男、と呼ぶのも面倒だ。仮にFとしよう。

 Fは一見清純でいつも一人だった。だがそれはわたしの前で巧妙につくろっていたに過ぎない。いや、わたしがFのそういう面だけを見ていただけなのだろう。盲目だったのだ。

 だからといって恋とは言いたくない。

 Fはわたしを隣に置いた。ただそれだけだった。告白はわたしから、それをFが受けた形になる。

 でも、Fは一度もわたしを触れさせようとしなかった。同じ空間にいてもFは殻にこもっているようにして、わたしの手を拒んだ。転んだふりをして腕にしがみつこうとしても、身体を支えて起こして、手をポケットに突っこんで、それだけだった。つかみどころのない、寄せては引いていく波のようだった。

 わたしとFはそんなことを四ヶ月も続けていた。そんなものだろう、と思いこんだままでいたかった。でもわたしの頭はそれを許さなかった。舞い上がっていられたのも、最初の内だけ。

 素っ気ない態度と、その中に見え隠れするわたしを手元に置いておきたいという思い。つかず離れず何が目的なのか分からない。

 一ヶ月、わたしは悩んでいた。あまり連絡も取らないで、顔を合わせても微笑むぐらいで急ぐふりをしてその場を立ち去った。

 Fは、わたしのことをアクセサリーぐらいにしか思っていないんじゃないか。そう思えば思うほど、思考は泥に嵌っていき、そこから逃れようとすれば目は見たくない物を見るようになっていく。

 Fが友達と談笑しているところ、Fが他の女性に肩を触れられているところ、Fが他の女性と二人きりでいるところ。特に隠しているわけでもなかった。

 そんなところを自分でも面倒くさいと思うし、そんな性格を見透かしているからあんな扱いなのかもしれない。だとすると、どうしてそばに置いてくれるのだろうか。

 疑問はつのって、こうして今がある。

 わたしがトカゲだと言うのなら他にも同じようにされている人がいるんじゃないか。でも、そんなのは思いすぎだろう。

 どうしよう。不思議な親近感がわいて地面のトカゲを拾いあげる。かさかさで、少し力を入れたら折れてしまうだろう。尻尾の端は落ちた衝撃で欠けてしまっていた。

 ――そう。わたしの心もどこか欠けているのかもね。

 心の中で語りかける。


 だが、それを横から奪い取ろうと突撃する小さな影があった。


 弾丸のように飛び出してわたしの手に傷をつけたのは、モズだった。それは俺の獲物だと言うようにじっとトカゲとわたしを見ている。一度クチバシを向けられると、もうスズメとは思えなくなっていた。

 翼を広げた、それが見えた瞬間には眼前にいて手を攻撃する。手を振ると逃げて近くの枝に止まり、またこちらをうかがっている。

 人を襲う野鳥は珍しくない。野生化したインコでも少しでも隙を見せれば肉をつつかれてしまう。でもモズだけならほとんど見ることはない。はやにえは、実際はそのほとんどが忘れ去られて冬の間に朽ちていくのだ。

 三回目。今度は明確な衝撃がわたしを襲う。瞬間、反応した手に柔らかい感触。続けて痛みが手のひらに突き刺さる。

 あっと驚いて声も出なかった。手の中にはモズの上半身が埋もれ、翼は指に絡まっていた。痛みは手のひらをえぐるクチバシ。はなそうとしても、手が硬直して動かない。それどころか手に力が入って、ぽきっと音がした。

 痛みと驚愕で力が抜ける。そして、モズは手のひらから這い出てきた。よろよろとして力無い様は不格好で、翼も変な方向に曲がっている。飛べるのか、と自分のしたことも忘れて心配になった。

 その時、不思議なことが起きた。

 トカゲは地に落ちて胴体が割れていた。そこから光が溢れ出て、モズを包み込んだ。するとモズが小さくなる。トカゲは粒子となって消えていき、モズの周囲を覆って、モズはその光で小さくなる。

 録画した映像を逆回しにしているようだった。それとも時間が逆転しているのか。モズは成長を逆にたどって成鳥から子ども、ひなへと還元していく。

 そして最後に残ったのは卵だった。

 ニワトリの卵よりも小さな卵。地面に残っていた。そのほかには、トカゲとモズがいた痕跡はない。

 どうしよう。

 こんなことが起きたとだれかに話をしても笑われるだけだ。しかも現象はそれっきり。証拠もない。

 だが、自分の人生には、手に空いた穴ほどしか関係のないことである。

とりあえず卵を持ち上げた。モズの卵がどんな重さか知らないけど、軽い。本当にこの中に生命が詰まっているのか不安になるほどだ。

 でも、未来はある。ここから始まるんだ。

 わたしは卵をポケットに入れ、その場から立ち去った。



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