プライバシーシンドローム
「この辺りもずいぶん真っ白になったなぁ。」
「えっと……+34の+135の……。よし、ここだな。」
塚原は携帯電話の地図に映された座標番号と友人のメールに書かれた座標番号が一致することを確認すると、真っ白な視界の中に浮かぶボタンを押して二十桁の暗証番号を入力した。ピンポーンという音がどこからとも無く聞こえてくると、中空からスクリーンが浮かび上がり、そこに塚原の中学時代の同級生、
「はーい、よく来たな。ロック解除したから入り口が見えるだろ? そこから入ってくれ。」
佐藤の言葉に片手をあげて応じると、塚原はようやく見えた入り口から佐藤の家に入った。
入り口をくぐると、今まで真っ白で何もなかった空間にフローリングの廊下が浮かび上がった。塚原は「お邪魔します。」とだけ言うと、家に上がって長い廊下を歩き、廊下の突き当たりに見える唯一の扉を開いて中に入った。
「おー、久しぶり。」
「お久しぶりです。」
「よー、変わんないな。」
部屋に入ると懐かしい声が塚原を出迎えた。目の前にいたのは中学時代の悪友の佐藤、中学時代のクラスメイトでクラスで一番可愛かった
「あれ?他の皆は来てないの?」
久しぶりの再開にもかかわらず、塚原は挨拶もなしに佐藤にそう尋ねた。塚原が佐藤の家に来たのは佐藤が同窓会という名を借りた合コンを企画したからだ。塚原は、佐藤から、集まるのは佐藤を含めた男女各三名の計六名だと聞いていたが、塚原の目の前に女性は渡辺しかいない。
「それが……」
塚原の問に対して田中は苦笑いした。
「二人とも来てるよ。
佐藤はそう言うと、塚原には何も無いように見える中空に向かって頷いた。
「はいはい、すいませんでした。今日は罰として見えなくても構いません。」
塚原は、井上の明らかな敵意を気に留めず、おちゃらけたように言った。一方、井上は塚原のこの態度に声も完全に聞こえないようにロックをかけた。
「で、もう一人……えーっと……高橋は?」
「高橋は、昨日、歯を悪くして治療したら顔が腫れたらしい。腫れた顔を見せるのは恥ずかしいから今日は顔見せNGだってさ。声も出せないみたいだから今日は透明人間として参加だな。」
「ふーん。」
「それじゃあ、皆そろったみたいだし始めようか。」
幹事佐藤の一言で合コンは始まった。
合コンが始まって、すぐに田中の姿が見えなくなった。田中がいなくなったのを見て佐藤はため息混じりに言った。
「別に、井上と田中で気があったんなら帰ってもいいけど、うちでイチャイチャするなよ。うちだったら強制的にロック外すことできるんだからな。」
佐藤の警告に対し、田中はまた現れペコペコと佐藤に謝った。そんな様子を見て塚原は佐藤に言う。
「本当に増えたよな、そういうカップル。」
佐藤は、塚原の言葉に頷きながら返す。
「そうだな。今でこそ警察も見回り強化したし居酒屋とかも対策してるけど、少し前はあちらこちらでカップルが消えたり出てきたりしてたもんな。」
佐藤の言葉に渡辺も続く。
「最近の女性誌の特集で取り上げられてますからね、『恋愛に使えるプライバシー保護装置の裏技』みたいな感じで。」
「裏技と言ったらさ、塚原! お前、昔『 』たよな。……ちっ、禁止フレーズに登録してるのかよ。」
「佐藤みたいな、口の軽いヤツに昔話を吹聴されないようにしないといけないからな。」
「同窓会くらい昔話を解禁しろよー。」
「だったら、佐藤の『 』た話を公開したらどうだ?」
「あはは、二人ともお互い様ですね。」
久しぶりの同窓会だったが、お互いの昔話に触れることはなく話は進んだ。
「あれ、もう酒はないのか?」
しばらくして塚原が空になったビールの缶を振りながらそう言った。
「あぁ、冷蔵庫にあるよ。」
「じゃあ取ってくるわ。まさか、ビールまで見えなくしてないよな?」
「まさか。」
佐藤が笑って答えると、塚原は目の前のキッチンに向かって歩いた。
「うおっ、危ねっ⁉︎」
キッチンに行こうとした塚原が、何も無い床の何かに躓いて転びかけた。塚原は見えないモノをコンコンと足で確認した。どうやら大きな抱き枕のようなものだった。
「おいおい、いくら見えなくなるからって部屋はちゃんと片付けておけよ。」
「すまんすまん。ちょっと掃除が間に合わなくてな。」
「でも、隠すってことはエロいものなんじゃねーの。アイドルの抱き枕とみた‼︎」
塚原は、酔いもまわってきたのか、ドヤ顔でビシッと佐藤に言った。それを聞いて田中も渡辺も食いついた。今まで、プライバシーで表面的な話しか出来なかったのだから、佐藤が抱き枕を隠し持っているというネタは最高の話の種だった。
「えっ、佐藤君って、そういう趣味があったんですか⁉︎」
「おいおい、どんなのか俺だけに見せろよ。」
余りの食いつきっぷりに佐藤は思わず苦笑いする。
「ダメダメ、プライバシー、プライバシー。まぁ機会があったら田中と塚原には見せてやるよ。」
「えー、なんで私は駄目なんですか?」
「女は一発でひくほどヤバいんだろ。まさか、アイドルじゃなくてセクシー女優の抱き枕とか。」
「えっ、そういうのもあるんですか?」
大したことのない秘密でも隠されれば人は知りたくなる。プライバシー保護で何でも秘密にできる今ならば尚更だった。しかし、そこから漏れ出る情報ですら当人の許可したフィルターを超えたものでしかなかった。あっという間に同窓会は終わった。
「今日は楽しかったよ。また呼んでくれ。」
塚原は佐藤にそれだけ言うと足早に家を出た。家を出たと同時に塚原は自分の声が誰にも聞こえないようにロックをかけた。
「あはは、やった。渡辺の連絡先ゲットォ! きた甲斐があったぞ、おい。」
塚原は誰にも聞こえないことをいいことに大声で叫んだ。そして、おもむろに携帯電話を操作し始めたかと思うと誰かに電話をかけ始めた。
「あー、
塚原は、携帯電話を切ると天を仰いで一人で笑った。
「あはは、俺の交友関係はプライバシー、俺が誰と何人と付き合ってようがプライバシーだもんなぁ。最高だよ、プライバシー。」
塚原は、携帯電話をポケットに入れて軽快な足取りで
一方、佐藤は部屋で後片付けをしていた。今日の合コンは成功だった。井上と田中がくっつき、渡辺と塚原も連絡先を交換した。
「残念だったなぁ…高橋。」
佐藤は顔が膨れてしまっている高橋に向かって気持ちを込めずにそう言った。
「俺は、お前が目当てで合コンを企画したっていうのに……。お前だって集合時間のだいぶ前に来て乗り気だと思ったのに。まさか、俺をフルとは思ってなかったよ。」
佐藤の視線は高橋を見下すように下を向いていた。
「でも、便利だよなぁ。今じゃ匂いや触感まで隠してしまう機械もできてるんだぜ。」
佐藤は今まで抱き枕だと思われていたモノを蹴り上げて、ギラギラとした目で、憎しみを込めた声で叫ぶ。
「本当に便利だよ。プライバシーってさぁ‼︎ 俺が殺った事実も全部隠してくれる‼︎ 最高だ‼︎」
佐藤は片付けを終えると、コーヒーを入れ、ゆっくりとこれからどうするかについて考え始めた。
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