第2話 謎の少女

生徒会室に向かって廊下を歩く、透、あゆみ、守也、四温。

この栄雄野高校の校舎は、カタカナの「コ」の字の形をしている。東棟、中央棟、西棟に分類された5階建ての建物だ。東棟は1年生と2年生の教室、西棟は上層階が3年生、下層階が運動部の部室などになっている。中央棟には職員室や校長室、図書室などがある。そして、この学校の目玉スポットと言っても過言ではない2階分の大きさの「講堂」がある。スクリーン付きで500人収容の無駄にでかい講堂だ。さらに中央棟には職員並びに来賓者専用のエレベーターも完備されている。グラウンドは全面芝生、改装されたばかりの綺麗な食堂、ボクシング場や新体操部専用のトランポリンなど室内運動部の設備が充実してある2階建て体育館、この学校は色々とお金がかかっている。その理由は全て、「キャプテン・ヒーロー」だ。10年前の立てこもり事件解決後、学校にキャプテン・ヒーローから巨額の校舎修繕費があったらしい。あくまで噂だが、1兆円を超すとか。


「ったく、無駄に広いんだよこの学校」


守也の文句を聞きながら生徒会室を目指す4人。図書室は中央棟3階に位置、向かう生徒会室は西棟の1階に位置する。


「私、生徒会の人って会長さんしか知らないなぁ」


「入学式の日に挨拶した先輩だよね」


「ふん、あそこの人間は全員嫌いなんだよ。イケメンで勉強もスポーツもできる会長にヤンキーで問題児の副会長、なんとかコーポレーションの坊ちゃんやらなんやら、個性的すぎんだよな」


いやいや、この図書部も負けてないぐらい個性揃いですよ。透は言いたくなるが、面倒なことになりそうなので言うのを止める。西棟に入ったところで、突然、先頭を歩いていたあゆみが足を止めた。


「どうしたんだよ」


「あの人、何?」


あゆみが指を差した方向。西棟3階、廊下の遥か先に、不気味な鼠の仮面をした、巨体のラーターが立っていた。ラーターはあゆみたちの存在に気が付くと、彼らめがけて勢いよく走り始める。


「なにあのデブ!?先生じゃないよな!?ハロウィン!?」


「今4月だし、変質者?とりあえず逃げた方が良くない?」


四温の言葉で、4人はクルリと後ろを振り向いて逃げ始める。しかし、ラーターは巨体にも関わらず、物凄いスピードで走り、あっという間に4人の真後ろまで来た。


「わぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


一番後ろを走っていた守也が捕まる。3人は足を止め、守也の方を振り向く。守也に馬乗りとなったラーターは下品な笑い声を上げた。


「げっへっへっ、まずは一人だ」


「離せデブ!!クソ重いんだよ!!」


「あぁん?」


ラーターは拳を振り上げ、勢いよくその拳を守也の顔の右横に振り下ろした。その拳は、固い廊下にめり込んだ。めり込んだ箇所から周囲の壁に亀裂が走り、校舎が小さく揺れる。その力は、明らかに人の力を超えていた。3人は唖然とその光景を見つめ、守也は驚きからか気を失う。


「黙っちょれよ、このガキども。手こずらせるな」


ラーターは守也の上から立ち上がり、3人を見る。誰もが恐怖と驚きで身動きがとれない中、最初に動いたのは透だった。透はあゆみと四温の手を引っ張り、廊下をラーターがいる逆の方向に向かって走り出す。


「走って!!とにかく逃げるんだ!!」


「げっへっへっ、逃がすかガキども!!」


ほぼ同時にラーターも走り出す。


「散らばって逃げよう!!」


「だ、ダメだよ!!捕まった絶対に逃げられないじゃない!!」


「3人でいても捕まれば逃げられない!!碓井先輩見ただろ!!」


「もういいよ!!散らばろう!!」


四温の言葉で3人は行動に移す。廊下を曲がり、中央棟廊下に入る。一瞬、3人はラーターの視界から消えている状態となった。四温はそのまま中央棟の廊下を走り、透とあゆみは階段に逃げ込む。透は上の階を目指して階段を駆ける。ふと後ろを振り向くと、あゆみも着いてきていた。


「え?衛藤さん、散らばらないと!!」


「女の子一人にしないでよ!!馬鹿なの!?」


「と、とりあえず逃げよう!!」


透とあゆみは最上階の5階まで上がると、廊下に出た。5階は、不気味なほど静かだった。中央棟5階にはパソコンルーム、書道教室がある。休日の今は、もちろん施錠され人の姿はない。


「鍵空いてないよね」


「窓も開いてない」


「とりあえず、トイレに逃げよう」


2人は近くにあったトイレに駆け込む。透が男子トイレに入ろうとすると、あゆみが足を止めた。


「うわっ、男子トイレ入るの?」


「え、そんなこと今気にする?」


「気にするよ!!女子トイレに隠れよう」


今気にすることか?透はそう思いながら、あゆみと共に女子トイレに入る。あゆみはトイレの一番奥の個室に入り、透はその横の個室に入る。もちろん、念のために鍵は閉める。2人は息を整え、一時だが緊張と恐怖から解放される。


「……碓井先輩、大丈夫かな。樫田君、逃げきれたかな」


「さぁ、分かんない」


その直後だった。轟音が鳴り響き、校舎が小さく揺れる。「きゃっ!!」と、あゆみが小さな悲鳴を上げた。音はかなり近いところから聞こえた。もしかしたら、四温が捕まったのか、あるいは殺……。


「うっ……うぅぅ……」


あゆみが声を押し殺して泣き始める。


「大丈夫…じゃないよね」


「……そっち、行ってもいい」


「うん。あ、僕が行くよ。なるべく奥に隠れた方がいいし」


透はそう言うと、鍵を開け、トイレから出る。


「え?」



トイレから出た瞬間、透は動きを止めた。



目の前に、見知らぬ少女が立っていた。その少女・コールも目を丸くして動きを止める。透は瞬時に、考えた。彼女は迷子、いや、さっきの男の仲間かもしれない。不気味な仮面はしていないが、少女だが、可能性がないわけではない。一体、この子は……。


「あなた、変態?」


「え?」


少女からの問いかけに、透の口から普段なら絶対に出ない高い変な声が出る。


「違うよ、鼠の仮面をした男から逃げて……てか、君は誰?」


「鼠の仮面…ラーターか」


「ラーター?」


「とりあえず、あなたにも彼らに対抗する力を与えてあげる」


「は?」


コールはそう言うと、透の目の前まで近づき、手を握る。その瞬間、透を激しい頭痛が襲う。透は頭を抱え、その場に倒れ込む。


「次に目が覚めたら、あなたは彼らと同じ。ごめんね、少しでも確率を上げたいの。巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」


コールは透の横にしゃがみ込み、彼の額にキスをする。


「君は一体……」


「私はコール……本名は、マナよ。また会おうね、変態のお兄ちゃん」


「変態じゃない……僕は…日月……透…」


薄れゆく意識の中で、透はマナに向かって名前を呟くが、その直後に、完全に意識が途切れた。



*****


「ひ…づ…く…だいじょ………」


誰かの、声が聞こえる。


『キャプテン・ヒーロー、あなたは私の………でしょ』


誰の声だろう?聞いたことが無い声だ。


『絶対に許さない。私を捨てたこと、あなたはヒーローでも何でもない』


女の子の声だ。私を捨てた?キャプテン・ヒーローが?この子、キャプテン・ヒーローの子供?というか、キャプテン・ヒーローって家族いるの?


『あなたが守るもの全部壊してあげる。いつか、あなたみたいな力を手に入れて』


『そんなことはさせない。いや、できないさ。この力は私しか持たない』


キャプテン・ヒーローの声だ。


『どうかしら、あなたの力の秘密、私は全部知ってるからね』





「透!!起きろ!!」





頬を引っ叩かれ、透はハッと目を覚ます。頬にジンジンと痛みが走る中、目を開けると、そこには涙目のあゆみがいた。あゆみに膝枕をされる形で、透は女子トイレの床に倒れていた。


「大丈夫!?どうしたの急に意識を失って」


「確か…小さな女の子が……」


「女の子?」


透がトイレの中を見渡すが、マナの姿はすでになかった。マナが触れた自分の手を見る。マナが自分の手を触れた瞬間、何かが自分の中に流れ込むのを感じた。そして、頭の中で聞こえた謎の女の子の声とキャプテン・ヒーローの声。一体、自分の体に何が起きてるんだ。透は立ち上がる。まだ、頭痛が残っていた。


「僕が気を失って、どれくらい時間が経った?」


「えっと…10分ぐらいかな。頭が痛いの?保健室、行った方がいい?」


「いや、動くのは危ないよ」


「だよね。それにあれだけ凄い音が響いていれば、近所の人が気づいて通報して、キャプテン・ヒーローがすぐに駆けつけてくれるよね」



キャプテン・ヒーロー………。


透はその言葉を聞き、今一度、考えた。今回の出来事は、キャプテン・ヒーローが関係している?


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