The Captain Hero

@tenshi

第1話 動き出す悪

英雄暦2010年 春 東京都世田谷区 栄雄野高等学校


10年前、立てこもり事件が起き、それをキャプテン・ヒーローが解決したことで知名度が上がり、ある意味、有名になった高校・栄雄野高等学校。この高校でも、つい先日入学式が行われた。校内に咲く桜は入学式の日に合わせたかのように満開となり、校内を綺麗な桃色に染め上げていた。

「ヒーローの誕生した地」という別称がある栄雄野高校。毎年だが、入学式にキャプテン・ヒーローが現れると噂される。しかし、あくまで噂。彼が現れてから10年経つが、そのようなことは一度もなかった。最初の頃はテレビ局などマスメディアも押しかけていたが、今ではその姿も見ない。しかし、今もどこかで戦い続けているキャプテン・ヒーロー。彼の活躍がメディアに取り上げられない日はない。



「キャプテン・ヒーロー」



栄雄野高校の3階、図書室。入口に入ってすぐ右にある特設コーナーには、キャプテン・ヒーローに関する本がズラリと並んでいた。そのコーナーの前で「キャプテン・ヒーロー、その歴史」という題名の本を立ち読みするのは、日月透(ひづき-とおる)だった。


「すごいなぁ…あ、これこの前のバスジャック事件の……これ、確か犯人サブマシンガン持ってたんだよね。すごいなぁ、そんな犯人に立ち向かうなんて、僕にはできないや」


透は本を読みながら独り言を言う。そんな彼の後ろに、静かに忍び寄る3人の影。真ん中に立っていた1人が、手にしていた本を振り上げ、透の頭めがけて振りおろす。


スパァァン!!!


「いたっ!!!」


叩いた音と透の悲鳴が、綺麗に図書室に響き渡る。

図書室で勉強をしていた生徒たちの視線が、一気に透たちの方へと向いた。


「おい新人!なに"私、図書部の人間じゃないですけど何か?"みたいな顔で本を読んでんだっ!!」


叫ぶのは、図書部の部長である本多歩久(ほんだ-あゆく)。


「いや、別にそんなつもりは…」


「で、特設コーナーのポップ作りはできたのか?」


尋ねてきたのは、図書部の副部長である碓井守也(うすい-かみや)。ポップとは、簡単に説明すると商品を紹介するための広告である。透は自らが作ったポップを歩久と守也に見せる。透が作ったポップは、キャプテン・ヒーローが描かれ、吹き出しが付いており、彼が喋るように本の紹介をしているシンプルなデザインだった。


「……ふん、冒険はせずにシンプルに作ったな。まぁまぁの出来だ。10点」


「それは何点満点の採点ですか?」


「100点だ。甘えるなよ、新人。図書部の厳しさはこんなもんじゃないぞ」


歩久は透にポップをつき返す。こんなに厳しい図書部などあるのだろうか、そもそも、図書部という存在自体が珍しいが。透は疑問に思うが、口に出すと面倒なので言うのを止めた。


「俺より後に入って、俺が任されたことのないポップ作り任され、10点ももらうとは、調子乗ってんのか、日月よ」


もう一人の部員、透と同じく1年生の樫田四温(かしだ-しおん)。御覧の通り、こいつも他の2人の先輩に負けない厄介な性格をしている。彼がポップ作りを任されない理由は一つ、図書部部員募集のポスター作りが原因だ。四温が担当していたが、そのポスターの完成の出来は、歩久曰く「もう絶対に二度と書かせない」と言わせたレベルらしい。


「樫田君、逆恨みやめて」


「逆恨みだと!!てめぇ、俺をけなして楽しいか!!」


「図書室では静かにしろ馬鹿野郎!!!!!!!」


歩久が大声を出した四温を、叫び声と取れるほどの大声で注意する。四温は透を睨み付け、中指を突き立てる。


「図書室では静かに、本を大切にが基本だ。気を付けろ」


「すいません……覚えてろ、日月」


ふと、透は思い返す。本多部長、あなた、僕を本で叩きましたよね?あなたが一番静かじゃないですよね?その言葉、そっくりあなたに言いたいです。

そういえば、彼らはこう呼ばれているらしい。

"図書部三馬鹿(としょぶさんばか)"、略して"とーさん"。

でも、彼らは"図書部三兄弟(としょぶさんきょうだい)"と呼ばれていると思っている。色々と疲れる部活動だが、透がなぜ、この部活に入ったかというと…。


「どうしたの?叫び声聞こえたんだけど」


やってきたのは、1年生の衛藤あゆみ。彼女もまた図書部の新入部員であり、透の中学時代からの友人である。彼女に誘われて、透は暇つぶしになると思って図書部に入部した。それに、本を読むことは嫌いじゃない。あゆみが来ると、なぜか歩久、守也、四温の3人は顔を赤くし、一斉に挙動不審になる。分かりやすい連中だ。


「べ、べ、べつに何も!!衛藤さん、頼んでいた本の延滞者リストできたかい?」


「あ、できましたよ!!意外といますね。30人以上いますよ」


リストを歩久に渡す。歩久がザッと目を通し始める。すると、彼の顔色が変わった。怒りの表情だ。


「あの野郎、まだ返していなかったのか」


歩九はリストを全員に見せ、ある生徒の名前に指を差す。

名前は「黄金電司(こがね-でんじ)」。

借りている本は、「キャプテン・ヒーロー、その歴史」だった。その本は、先ほど透が読んでいたものと同じである。


「こいつは常習犯だ。クラスは違うが俺と同じ3年生、そして、生徒会の人間だ」


「へぇ、生徒会の人が規則破ってるんですね」


「こいつはヤンキーだ。気を付けろよ」


生徒会といえば、全生徒の鑑となるべき存在なのに、その生徒会の生徒をヤンキー呼ばわり。


「どういうことですか?」


「今から、生徒会執行部の部室に乗りこむぞ」


歩九の言葉に、守也と四温が驚く。ハッキリ言おう、彼らのペースについて行けない。透とあゆみは流れを見つめる。


「そんな、無謀ですよ!!あの生徒会に乗りこむなんて!!」


「そもそも今日いるんですかね、日曜日ですけど」


驚きで挙動不審になっている守也と四温とは真逆に、歩久に冷静に尋ねるあゆみ。


「奴らは平日だろうが休日だろうがいる。延滞者から我らの息子(本のことです)を取り返す、それも仕事であり、使命だ」


壮大過ぎる。透は苦笑いを浮かべた。ふと、透が横に立つあゆみの顔を見ると、なぜか目を輝かせていた。あれ?衛藤さん?


「面白そうですね!!生徒会なのにヤンキーな彼に、ひ弱な図書部が戦いを挑む。ちょっと興味がそそられます!!」


サラッと、図書部を悪く言うあゆみ。どうやら、3人は自分たちが軽く罵倒されていることに気づいていないらしい。


「新人3人、行ってこい。守也、お前が引き連れろ」


「え!?俺ですか!?」


「当たり前だ!!部長が、図書室にいないでどうする。どうやって、生徒たちが本を借りるんだ?どうやって返すんだ?」


「別に、そこは誰がいてもいいような……」


「てか今日、休日だし自主勉強してる人が2、3人いるぐらいだから、別にみんなで行っても………」


「日月、俺に口答えする気か?」


「え?僕だけですか?今、衛藤さんも言いましたけど……」


「文句が、あるのか、ないのか、日月ちゃん」


顔を近づけて言う歩九。もう透には言い返す力もない。歩九は怒りの表情が一変して笑顔になり、4人を図書室から追い出すように押す。


「よし、じゃあ行ってこい。良い報告を期待してるからな」


「はーい!!」


あゆみだけが元気よく返事をする。生徒会室に向かうその列は、あゆみが先頭に立ち、3人が後ろをついて行く形になっていた。



*****



同時刻  栄雄野高校 屋上


通常、屋上は落下防止のため立ち入り禁止となっている。見渡す限り、人影はもちろんないはずだった。落下防止用に張り巡らされた金網の近くに、人の姿が複数あった。車いすに乗った女性を真ん中に、彼らは金網越しに休日で閑散としている栄雄野高校の校内を見下ろす。


「ここが、あの有名な"ヒーローの誕生した地"と呼ばれる栄雄野高校ねぇ」


スーツにシルクハット、手にはステッキというマジシャンのような恰好をした男性・マウルタッシュが言う。


「どこにでもある高校みたい。てか、なんで生徒も先生もあんまりいない休日を選んだの?」


不気味な猫の仮面を被った女性・キャットが、隣に立つ不気味なウサギの仮面を被った男性・ウサギに尋ねる。


「人質は少なくていい。"今回の襲撃"は、別に金が目的じゃない」


ジャージ姿のウサギは、腰に日本刀をぶら下げていた。


「金も目的に入れようぜ。その方が士気もあがる、げっへっへっ」


100キロを超えていると思われるほどの肥満体に、不気味な鼠の仮面を被った男性・ラーターが下品な笑い声を上げる。


「好きにして、でも目的は忘れないで。"奴"が現れたその時が、勝負よ」


車いすに乗った女性・アリスが言う。その横でウサギは指示を出す。


「俺、キャット、ラーターで生徒と職員を捕獲して体育館に連れ込む。マウルタッシュはかく乱、駆けつけた警察どもの足止めだ。ミツキとコールは、アリスの護衛で屋上に待機」


青年・ミツキと少女・コールは静かに頷く。


「じゃあ、作戦開始ね。みんな、健闘を祈ってるわ」


アリスの言葉に全員が返事をする。


「よし、行くぞ」


ウサギがそう言うと、キャットがウサギとラーターの肩に手を置く。そして次の瞬間、3人が忽然とその場から姿を消した。


「それじゃあ、私も」


マウルタッシュは軽快な身のこなしで金網の上に立つと、何の躊躇いもなく、そこから中庭めがけて飛び降りる。


「どっちが勝つかしら。キャプテン・ヒーロー」


アリスは微笑みながら、空を見上げた。

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