no.47 ヱキの民『成果の数は國民分』

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 胎道haraと呼ばれる鍾乳洞の細く長い道の奥は『守護神』の世話人しか入る許可がおりない。だから胎道守の男2人は、黒衣の男に声をかけて道を塞ぐ。

 彼は外國の者だろうか? 胎道守がこれまでに見たこともない黒い色の髪をした男だ。前髪が長く彼の目は見えない。だから心見の術が通じなかった。

 

 やがて男2人の奇異の目は驚愕に見開かれる。火の匂いに貫かれてふたりはすぐに息絶えた。それが『銃』という名の人殺しの道具であることを彼らは知らない。


 黒衣の男ドルトンはその場に座り込むと銀色のチョークで魔法陣を描いた。やがて銀の光を伴って穴が開く。

 そこから新鮮な死体を乱暴に落とすと、穴の下から「場所考えろ」とソグ博士の悪態の声が聞こえてきた。ドルトンは「あと少しですから、場所をあけておいてください」と指示を出す。


「『子種』だけの国があるなんて」

 黒髪の女のつぶやきは鍾乳洞に反響した。

誤算ですね」

 弾がいっぱいつくれそうです、とドルトンは続ける。歩き出した彼の背を黒髪の女は胡乱な目で見送る。


 ドルトンが道の奥へ消え、やがて銃声が響き渡った。撃つ数は少なく、しかし叫声きょうせいは多く。ドルトンは射撃の才能があった。黒髪の女より、よほどスマートに人を殺せる。


 黒髪の女は、霧散しかける意識を、Comaへの怒りで保つ。


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 守護神に選ばれた者はそれからの人生をサハスララ穴で過ごす。

 サハスララ穴とは海の湧き出る起源地点であり、そこに身を浸し精神を溶かすことでヱキ國中に力を及ぼすことができた。

 守護神の務めは、空より降りる嵐や地の癇癪で起きる揺れから國土を守ること。


 守護神は精神力が尽きることで次代に変わる慣習システムだ。

 ちょうどふた月前に、ソナヤメ街で暮らしていた若い女性に白羽の矢が立った。彼女は病弱だったが心根が優しく知恵もあり、ソナヤメ街で大いに慕われていた。

 「彼女ならヱキ國を護ってくれる」とみな喜んで、そして悲しみつつも見送った。

 何人かの親族や幼馴染がこぞって世話人servantに志願し同行する。彼らもまたサハスララ穴で生きることになるが、守護神の代が変われば解任されて、人の世に戻ることができる。


 さて、そんな聖域seaに足を踏み入れたのが、招かれざる客のドルトンである。

 彼は子種の骨肉をなるべく多く得るために、胎道の入口から順番に、火と鉄の力で人の命を攫ってまわる。


「マニ伝承にある神殺し、この代で現れるとは予言されていないぞ」

 伝書兎の首筒から血染めの紙を受け取った世話主せわあるじが白い髪をかき乱す。

「守護神様にはどうにもできん。守護神様は土の護手だ……」

「ならば我らが神の護手となろう!」

 世話人はみなそれぞれの数珠を持ち出し腕に巻きつけた。この霊玉があれば生者を屠れる。強大な力を持つが、風や波を削ることはできない――それは守護神だけに許される行為だから。


「みんな、ダメです。ここから逃げなさい」

 守護神はサハスララ穴の天頂から身を起こした。深い青の液体が彼女の髪を伝って洞穴を濡らす。

「私が死んでも次の守護神が選ばれるだけです。だから」

「勘違いするんじゃないよ、ヱハ」

 守護神がを呼んだのは幼馴染の男。

 それは咎められるべきことだったが、この状況で文句を告げる者はいない。皆一様に、沈痛な面持ちを浮かべている。


「俺たちは『ヱハ』を護りたいのだ」

 力強く言われ、守護神は大粒の涙を流した。彼女の涙は男の左腕の数珠に落ち、神の恵みとして強い力を与える。

 

「やるぞ、神殺しは我らで倒し、」

 銃声が鳴り響いた。ヱキの民は銃という武器を知らなかったので、その音は雷だと認識した。世話人たちは順番に崩れ落ちる。

 すぐに絶命したのが4人。息も絶え絶えに転がっている1人は、守護神の加護を強く受けている幼馴染の男。

「ここが最奥のようですね」

 ドルトンは改めてサハスララ穴の聖域を見渡した。子種の死体が4つ、まだ生きている子種がひとり。

 女の泣き声が聞こえ、ドルトンは反射的にそちらに拳銃を向ける。天井に埋まった白髪の女が逆さ吊りの形でドルトンを見ていた。彫刻のようだとドルトンは思うが口には出さない。


「な、何が守護神だといえましょう……」

 女はさらに泣きだした。その涙は虹色に光る雫となって海に混ざっていく。

「大切な人すら守れないのに……」

 ドルトンは金眼鏡を取り出して白髪の女を見る。どうやら彼女では、弾が7発つくれない。


「どういうことでしょうか」

 7発分一人前にならないことに疑問を抱き、ドルトンはグレゴリールームから状況を伺っているソグ博士に問う。

「俺たちとは真逆の理由だな」

 一人前に満たないひとでなしのソグはケラケラと嗤う。

「人ではない、超常の存在だと認識されているから」

 彼女は守護神カミサマだ。


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 血を流し身を伏す男は、自分の血だらけの腕をぼんやりと眺めていた。

 神殺しの男が雷を使うなんてそんな話は伝わっていなかった。力の及ぶ範囲rangeが違う。痛みで体が動かせない……ヱハを守らないといけないのに。

 雷も天災のひとつなので、守護神様の力なら、神殺しに通用するのかもしれない。しかしヱハは神になってまだふた月だ。

 彼女は神の自覚が足りていないから、ああやって自分たちのために泣いてしまう。


「ヱ、ハ」

 声を絞りだす。銀の穴に死体を落とし終えたドルトンが、男にもトドメをさすために近づく。低く重い足音が、サハスララ穴を汚してまわる。

「ヱハ、もう守護神を、やめなさい」

 カチャリと音を伴って、胸に筒のようなものが押し付けられた。

 厭な匂いがする、雷はこんな小さな道具で生み出せるのかと驚愕しながらも、男は神に説かねばならない。神殺しの手を止めるためには神という立場を辞退すれば良い。ヱハならまだ人に戻れる、いや彼女は人で在るべきだ。


「ヱハは、神、じゃない」

 手は震えて動かない。言葉だけが、幼なじみの男が最期につかえる道具toolだ。

 彼女は人で在るべきだった。

 そして彼と結ばれて、幸せな家庭を築くべきだった。

「神なんて、やらなくていい」


 國土がなんだ。守護神など、ヱハ以外でもいい役目だ。ヱハは人でよかったのだ。

 そう叫ぶ彼は世話人servantとしては失格で、想い合う相手としては申し分のない遺言をのこした。


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 5人の死体を穴に落とし終えたドルトンは、守護神ヱハを見上げて息を飲んだ。

「どういうことでしょうか?」

 しかしすぐに理解して、銃口をヱハに向ける。

「貴女はだともらえたのですね?」


 『一人前』に戻った元守護神を見て、邪教徒ドルトンは歓待の微笑みを浮かべた。

 

 類例、孤児院。新しい家族ができた友達を見送る顔。

 類例、山中。遭難者の遺体を見つけた家族の顔。

 類例、美術館。悲劇の神話に新しい解釈を加えた絵画を眺める客の顔。


 ソグ博士に云わせれば「よかったね」の一言で済み、黒髪の女ならきっと唇を固く結ぶだけの感情。


 やがて銃声、落下音。扉が閉まる音。がりがり、ごりごり。

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