no.40 リゴール『きみに焦がれて庭で待つ』

「殺すのなら、S級の子供が一番愉しい」

 B級市民であるリゴールは、常にB級仲間にそう語っていた。


 もちろん彼の準備は周到である。ガンドラ装置でソシアルネットを遮断して、監視眼幕はイストラル電流を流して無効化させる。

 そこまでしても、彼がこの監視社会から消えることが出来るのは5分ちょっとだ……その短時間で"お楽しみ"を実行できるように、凶器の準備や標的の誘導は実に計画的に行う必要がある。


「本当は、薬品でぐちゃぐちゃに溶かしてボールにしたい……」

 薬品を使う殺人は5分ではとても終わらない。

 ソシアルネットの遮断時間を延長するためにアルゴリズムを改良したり、人体(すなわち自分)に悪影響を及ぼすぐらいイストラル電流の出力を上げるという方法が考えられるが、それよりもリゴールは"強力な薬品"を研究する方を選んだ。


「"人間ボール"でパッサーできたら愉しそうだな~って」

 リゴールはそう語った。パッサーはこの国で最もメジャーな遊戯スポーツだ。

 『薬の研究』のためわざわざ学府に入学しなおしたリゴールは、勉学の傍らパッサーのクラブ活動にも参加した。いつか自分がつくった"人間ボール"で最高のシュートが決められるよう、テクニックを磨くためだ。


 彼の趣味である『殺人』には身体能力が不可欠。そのためにリゴールは日頃から体を鍛えていたので、ひとまわりも若い同輩たちにパッサー如きで遅れをとることはなかった。

 むしろ彼は優秀な選手だと、尊敬の念さえ向けられていた。彼がA級以上の市民であれば、即レギュラー入りを果たしたぐらいには!


 ――そうして幾年が過ぎ、いよいよ実行の時がきた。


 ガンドラ装置でソシアルネットを遮断して、監視眼幕はイストラル電流を流して無効化させる。

 手慣れた手法で都合の良い少年少女をピックアップすると、標的を簡単に捕まえて路地裏に引きずり込んだ。


 5分が勝負だ。

 念願の"人間ボール"の材料に選んだのは、かわいいS級の男の子。

 リゴールは節くれだった大きな手で、少年の柔らかい首を絞める。きゅ、と首が締まる感覚と、秒単位で変わりゆく少年の表情が堪らない。


 さあ殺していよいよ薬の効果を試すぞ、という良い所だったのに。

 リゴールの頭に衝撃が堕ち、少年から手を離してしまう。

 落とした薬品が地面を溶かした。せっかくの研究成果がこれで無に還る。


「やっぱ人を殺せるじゃん、"私"は」

 痛みと困惑でぐらぐらに揺れる脳が捉えたのは、聞き覚えのない女の声。そして自分の血がぼたぼたと路地裏にこぼれ落ちる。1分はとうに経過していた。

「だ、れ」

 自分に痛手を加えた女は、彼女の監視眼幕をONにしたまま、もう一度ハチェットを振りかぶった。痛い、死んでしまう、自分が、どうして?

「だからって殺すなよ」


 価値が下がるから、と意味不明なことを言いながら、人を殺す真っ最中であるこの女は、誰だ。


「おま、か」

 ――お前、監視されてるのに、人を殺すなんて、自殺行為だ、悪いことする前に、監視眼幕を切るなんて、常識だろうに。

 黒髪の女の愚かな行動に驚いたリゴールは、懇切丁寧にそう伝えたかったが、もう口は動かなかったし、トドメの衝撃がきたので。


 結局志半ばで、彼は生涯の幕を下ろした。

 恐ろしい殺人鬼で優秀な学生だったリゴールの物語は、ここでおしまいである。


 ◆ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さて『自分の標的』を正しく殺し終えた黒髪の女は、リゴールを死体を担ぎ上げるとこの世界から退散する準備を始めた。

 結果的に命を助けることになった少年には手で「あっちに行け」と示したが、その動作はこの世界では逆の意味を持つようだ。

 少年は黒髪の女に駆け寄り、彼女のコートにしがみついて泣きじゃくった。


 だから、反応が遅れた。


『殺人を確認! 殺人を確認!』

 路地裏に突如響くアナウンスと、馬鹿みたいに愉快なファンファーレ。黒髪の女の足元に赤く光る陣が浮かび上がる。

「ドルトン、早く部屋の扉を開け!」

 女は声を張り上げるが、彼女の口と、そして目の前に、眼球をモチーフにした印が表示された。


『殺人は死刑ですよ!』

 アナウンスが響く。

『でもこの人はS級市民を助けました! 監視眼幕4259nn39がそれを証明します!』

 アナウンス同士が、会話をしている。


『殺されたのはB級市民ですよ!』

『BがSに接触!? 罪深つみぶか!!』

『さらに被害者は意図的に監視眼幕に損害を与えています!』

『監視眼幕1989xl23応答なし!』

『被害者はなんという罪深つみぶか!!』

『これは審議!』

『審議中!』

『温情を!』

『判定結果!』

『記憶消去、性格改変、10年奉仕が決定!』


 ここまでのアナウンス同士の会話は、黒髪の女がこの世界から逃げるための算段が整うまでに完了してしまった。

 直後、黒髪の女は死体もろとも何処かに転送されてしまう。

 黒髪の女にはどうしようもない力が働いていて、抗うことは不可能だった。


 ……残された少年のもとには鼓笛隊ロボットが集まり、彼を慰めながら病院まで誘導する。

 彼の監視眼幕も復旧したので、彼の両親はすぐにでも五体満足の息子と再会できるだろう。


 ◆ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ここは『庭師種』の世界だそうだ」

「庭師?」


 カフェテラスでふたりの男が話している。

 片方は病んだ顔色をした灰髪の男、片方は弱気な表情を浮かべる黒髪の男。

 ソグ博士とドルトンだ。


 ふたりはこの世界でも違和感のないよう、調達した衣服を身につけている。ふたりの胸には『A級』であることを示すIDカードが下がっていた。

 この世界ではすべての市民に階級が当てられていて常にIDを身につける必要がある。もちろん界外の技術で偽装したものだ。


「庭師は与えられた世界を好きに飾り立てられる。だから『庭師種』が頂点の世界は、ルールが厄介だ」

 カフェテラスに座る他の客を見る。遠くからではIDに記されたランクは見えないが、監視眼幕の機能を使えば頭上に階級を示すマークを表示できた。

「この世界はとりわけ、厄介に厄介を重ねたものだ、その証拠に……」

「失礼します」


 ふたりのテーブルに"黒髪の女"がやってきた。

 ブラックコーヒーとホットココアを配膳する。カフェテラスの店員であることを示す、エプロン姿の『子種』の原種オリジナル

 彼女は身綺麗な格好で、艶のある黒髪はポニーテールにまとめられていた。


 彼女のIDもまたA級。頭上のマークは彼女が罪人であることを強調表示していた。

「ごゆっくり」

 彼女の浮かべる営業スマイルは今までに見たこともない朗らかな笑顔。それを目の当たりにしたソグ博士とドルトンは、あからさまな不快感を顔に浮かべた。


「どうしてそのような顔ができるのでしょう? 『殺人鬼』であるお前が?」

 責めるように問えば、黒髪の女は悲しそうな顔を浮かべる。

「申し訳ございませんお客様。しかしマニュアルでは常に笑顔で接客をと……」

「オーイ、うちの店員が罪人だって詰るのは勘弁してくれよ」

 すぐに別の店員が割って入り、黒髪の女をかばった。

「ここはそういうお店だって同意の上でご来店でしょ?」


 男が指差すレジ横には『ここは政府指定罪人更生施設です! ご理解とご協力をお願いします!』というポップなポスターが掲示されている。


「いいんです、わたしが人を殺したというのは事実……だと聞いていますから。10年勤め上げるまで、わたしは罪人です」

「でも、お前の殺しは正義の殺しじゃん?」

 若い男の店員は労うように黒髪の女の頭を撫でた。それを目の当たりにしたソグ博士とドルトンは辟易とした表情を隠さない。


「お前は『悲願』を忘れてここで10年も働くつもりなのか?」

「滑稽すぎて見ていられませんね」

 ソグ博士はニヤニヤと笑い、ドルトンは苛立ちながらホットココアを一気に飲み干した。黒髪の女はふたりには返事をせず、店員の男に伴われてその場を離れる。


 快楽殺人鬼リゴールの恐るべき計画は、彼の仲間による暴露によって世間を震撼させた。結果リゴールは余罪もろもろを追求される。

 逮捕された時にはすでに死体だった彼は、彼がつくろうとしていた"人間ボール"の刑に処されて、今では博物館に展示されていた。

 骨はボールにする工程で邪魔だったので処分された。つまり黒髪の女の行動は徒労に終わったのである。


 恐るべき快楽殺人鬼からS級市民の命を守った女の恩赦を求める声で世間は盛り上がったが、監視眼幕たちの決定が覆ることはない。

 "殺人を行わない性格"になるよう"教育"を受けた上で、10年の無償奉仕の刑だ。


 かくしてソグとドルトンがグレゴリールームから彼女の居場所を探り当て、行く先を突き止める頃には、この世界で1年が経っていた。

 その間に黒髪の女は、この監視社会に順応を果たしている。


「あの女、これまでの記憶もないようですね」

「どうするかな、アレは」

 ふたりは同時に深いため息をついた。そんなふたりのテーブルを小さな手がトントンと叩く。

「おにいちゃんたち、おねえちゃんの知りあい?」


 ソグ博士は「あぁ?」とガラ悪く応対した。声の主はふたりよりもよっぽど身なりのよい少年だ。


「でもあのおねえちゃん、もうおにいちゃんたちのこと知らないよ。罪人だもん」

「そんなの見れば分かりますよ。あなたは?」

「おにいちゃんたちA級でしょ。ぼくはS級だから、名前はおしえちゃだめなんだ」

「はいはい、ランク社会ランク社会」


 ソグ博士は少年にぞんざいな返事をする。

 このような扱いを受けたのがはじめてなのか、少年は顔を赤くして憤慨の意を示した。


「おねえちゃんに変なちょっかいださないでね」

「おまえあいつのこと好きなの?」

 ソグ博士の率直な問いに、少年は顔をもっと赤くした。その少年の両肩を後ろから誰かが包み込む。ソグとドルトンが顔をあげると、朗らかな表情の男が少年の後ろに立っていた。

「すみません、うちの子が」

 少年は大人に抱きついた。IDおよび監視眼幕によると、大人もまたS級だ。


「刑罰を受けた者はイイですよねぇ……」

「は?」

 そのまま引き取ってくれるかと思ったのに、話を続けられたので、ドルトンもソグも困惑の声を返した。

「みんなカワイクなりますね。殺人なんて犯した者は、尚更。人を殺した理由も忘れて、すっかり大人しく変えられちゃって」

「へぇ、アンタは息子の恋路を応援するのか? あの女、知られている以上の"殺人鬼"だぞ?」

「ウーン」

 父親は困ったような顔で笑う。

「あの子の犯行映像を手に入れて、それを見ながらするのって愉しそうですよね。すっかり大人しくなったあの子は、きっと、自分の所業を目の当たりにして、イイ顔をして泣くんだろう。ああ、僕に妻さえいなければ……」

「おとうさん、おかあさんのこときらいなの?」

「きらいじゃないよ。でもあの店員さんもいいよねってお話だよ」


 父親は子供に諭すように言う。想い人を褒められて、少年は嬉しそうな顔を浮かべる。父の言葉の本質を理解していない顔だ。


「相手の性根が凶悪であるほどイイ。白昼堂々偽装もせずに人を殺す"狂った女"なんて前代未聞だ。そんな女が自慢の息子を助けてくれたなんて、良い巡り合わせもあるものだ。ああ、ありがとう僕の話を聞いてくれて。S級の無駄話を聞くのも、下級市民のつとめだからね……」

 そう言って父親は息子を連れてカウンターへ向かった。店員である黒髪の女に話しかけるために。


「何もかも忘れて、ここで暮らした方が幸せなのかもなァ」

 ソグ博士が笑い、音を立てながらコーヒーをすする。遠目に見る黒髪の女は親子を前に恐縮した様子だ。そこに男の店員が割って入ってフォローを入れる、過剰なスキンシップを添えて。

 黒髪の女はこの世界に来て誰かから指導を受けたのか、髪は艶が出て、その眼差しも本来の穏やかなものになっていた。愛されるべき『子種』の側面を存分に発揮している。


「出直すか。あんなん長く見てると胸焼けを起こす。まったく、すっかり害のない顔になっちゃって。性格矯正というより人格を塗りつぶされてるなァ」

「こんなこと、許されない……」

 ドルトンの小声が震える。

「これまでの所業を、一切忘れて、"幸せ"にだと?」


 ドルトンの憎悪の表情は、それは常日頃"黒髪の女"が浮かべていたものと同じものだ。ソグ博士は、枯れ枝のような指で彼の顔を隠すように覆う。


「そんなにおっかない顔をしていると、おまえもなんかの罪でしょっぴかれちまうぞ」

「お前の卑しい笑顔が罪にならないようなので、私の顔は無罪です」

「よく考えてみろよ。おまえにとって、これはチャンスかもしれないだろう。あの女、この世界に捉えられている限りは永遠にいい子ちゃんだ。きっと10年経っても前の性格は戻らんだろうよ。さて俺たちは、10年経つのを見計らってあの女を迎えに行くのか? それとも全部忘れてふたりしてグレゴリールームで平和に暮らすか? 少なくとも、もう死体を弾にする必要はなくなる」

「あの女をこの世界においていく……?」

「いずれはあのちびちゃん親子に引き取られて、いいようにかわいがられるのかもな」

 その褥の様を思い浮かべてソグ博士は嗤う。


「でもですね……たとえあの親子に彼女の所業をバラされても、きっと知るのは『たった一人の男を殺した』ことだけだ」

 ドルトンは両手を強く握りしめると、悔しそうにテーブルを叩いた。

「足りない、足りないでしょうそんなものじゃ、あの女の犯したことは、もっと凶悪で!」


 ソグ博士がカウンターに視線を戻すと、黒髪の女は少年に抱きつかれていた。S級のハグを受け入れるのもA級の義務なのだろうか。離れていても分かるくらい女の表情は柔らかい。

 あの様が、この世界が望んだ子種の態度だ。控えめで、いじらしく、愛されるべき存在。


 一方のソグ博士はドルトンの凶悪な嫌悪の表情を見て、そして向かいのガラス窓にうつる自分の卑しい薄ら笑いを見て、それからひとつ、くっくと笑った。

「『庭師種』ってのは、怖いなァ」


 ◆ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アストロフィライト鍵の魔術でソシアルネットを遮断し、監視眼幕は電流煙草で無効化する。

 リゴールとは違って、その圧倒的技術で"完全"に監視の目から逃れることができるふたりは、独房で眠る黒髪の女を楽に回収できた。

 結局ふたりは10年も経たずに彼女をこの世界から連れ出すことに決めた。女を担ぐ役はドルトンが負う。ソグ博士は力がないからだ。


「どこいくの?」

 保護施設の暗い廊下、昼間の少年がふたりの前に立ちふさがった。

「アンタこそどうして此処に? ああ、夜這いかな?」

「よばい……?」

 軽口を叩くソグ博士を責めるため、ドルトンは長い脚で彼の細い足を蹴る。質の悪い冗談取り繕うために、博士の代わりに少年へ語った。

「返してもらうだけですよ。この女に、罪の償いなんてさせません」

「だめだ、『子種』を連れて行かないでください」


 少年の声色が変わり、喋りは流暢なものになった。ドルトンは面食らって黙ってしまう。ソグ博士は、少年の足元から頭のてっぺんまで観察して、それからくっくと笑った。


「なァんであんた、ガキのフリなんてしてるんだ?」

「……はあ?」

 ドルトンだけが間抜けな声をあげる。黒髪の女は、ドルトンに抱えられたまま幸せそうな寝顔を浮かべていた。

「アンタ『庭師種』の大元だろう。コイツの他にもComaを離れている者がいるんだなァ」

「あなたは『子種』の派生にしては、真理に近しい者なのですね……であれば理解してもらえないでしょうか。ぼくは、この人に創造主ちちおや殺しなんて、無謀なことをさせたくないんです」

「ではこの女を保護するために、こんな世界を?」

「いいえ、偶然です。でもずっと彼女を探していたんです。『庭師種』は家に仕える役目。そして『子種』は、ぼくから畏敬の念を向けられ、可愛がられる役目。創造主のもとでそれが嫌だというのなら、ぼくがつくった庭でそうなって欲しいんです」


 ひと通り、庭師の話を聞いたふたりは。

「なんか腹立つなぁ。こりゃ、こいつじゃなくても、殺したくなってくるわ」

「同感ですね」

 ソグ博士もドルトンも同じ結論にたどり着く。しかしそれは実行に移さず、トントンと足元を叩くに留めた。

 靴底に仕込んだマナス印が反応して銀の穴を創り出す。それはこの世界から脱出するための魔術のひとつだ。


「アンタの愛情、リゴールにも俺にもドルトンにも向けられないんなら『子種』なんて関係ねぇな。役割云々はウソだ」

 それはただこの女という個体を好いていただけだ、とソグ博士は呟いて先に姿を消した。

「この女を愛せるなんて、『庭師種』ってのは狂ってるんですね!」

 ソグ博士よりも直情的で辛辣な言葉を吐き捨てると、ドルトンも女を連れ立ってこの世界から消えた。


 ◆ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 穴はすぐに閉じてしまった。

 『庭師種』の原種オリジナルは、人のいなくなった牢に座り込む。


「フラれてしまったのかい?」

 牢の奥から響く父親の声を受けて庭師種は顔を上げた。少年は答えることができず、黙ったままだ。


 今宵の親子は、罪人とのスキンシップ・タイムのために高い金を払って入所を許可されていた。だが今となってはそのようなことはどうでもいい。

「ところでお前は、この世界の神さまだったのかい?」

 父親は期待と困惑の混ざった声で少年に尋ねる。

「……わすれて、おとうさん。ぼくは、今のぼくが良いんです」

「いやはや大変な誉れだよ。それよりも、僕たちはあの子に、もう会えないのだろうか」

「手段ならあります。リゴールをもう1回つくるんです……」


 いつもの"無垢な息子"を演じるのをやめた庭師種は、うつろな眼をもって独房の窓を見上げた。黒の空には蒼色の月が輝いている。


「あのボールをどうするって? それとも神様なら、奇跡かなにかを起こせるのかい……」

「ええ。きっと、自分の骨を目当てにして、あの子はまた来てくれます」

 少年は父親の足元に飛び込むと、ぎゅっと彼を抱きしめた。

「恋しい。あの子が恋しいよ。ぼくの庭にずうっと閉じ込めておきたかった」

 父親は少年の頭を撫でた。こういうところは親の自分に似たんだなと、父親は微笑ましく思っている。


 そうして少年がゆっくり父親から身を離すと、彼の手にはいつのまにか、博物館にあるはずのリゴールの"人間ボール"が抱えられていた。父親は目を見開く。彼の息子がやろうとしていることが分かってしまった。


「神様」

 父親の声は震える。

「自分は貴方の父親で、S級市民ですよ?」

「ぼくの父親は創造主かみさまただひとりであり、この庭におけるランクというものは、ぼくが勝手に定めたものに過ぎないんです」

 少年の掲げた肉の塊、魂の素材が、"父親役"の胸に沈み込んでいく。

 ――アンタの愛情、リゴールにも俺にもドルトンにも向けられないんなら『子種』なんて関係ねぇな。

 ソグ博士の言い遺した言葉が庭師種の頭蓋で反響する。そんなはずは、と少年は首を振った。


 では、目の前で再生を果たす、この世界の『子種』を愛せるだろうか。

 父親の皮膚をかぶった、凶悪な性根を持つ、幼い子どもを殺すのが大好きな、おぞましい快楽殺人者を。


 彼はさっそく少年を、舐めるような卑しい眼で眺めている。

「リゴール?」

 罪人の名を呟く少年の声はか細い。果たしてこの者を、愛せるのだろうか。


 その問いはきっと永遠に続く。

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