no.39 Rifle a Life(ライフル・ア・ライフ)

 殺された私は黒い髪の女に引きずられ、白い床に赤い線を描いていた。それを5歩ほど後ろから眺めている。おかしな状況だと思ったし、実際少しだけ声にだして笑ってしまったのだが、声が響くことはない。私は死んでいるし、私の意志は私の身体を離れている。


 私は死んだのだ。この女に殺された。私は幽霊だ。本当に居たんだなぁ、幽霊という存在は。生前に遠い世界のように感じていた「死後の世界」というものは、死んでからもなお遠い。ここは死後の世界ではないと思いたい。だって私の死体が運ばれていく先は、私がよく知る『キッチン』と酷く似ている場所だから。


「ッ」

 黒髪の女は息をついて、私の死体を調理台に載せた。私は天井から下がる数々の肉切り包丁に目を奪われている。私の身体は、これから料理されてしまうのだろうか……。私は結構カンタンに死んだので自覚はなかったのだが、調理台に載る20代前半女性の後頭部は、うまい表現が見つからないぐらいにグチャグチャになっていた。死体はうつ伏せになっているので、幸い表情は見えない。きっと酷い顔して死んでいるのだろうな。美人という言葉には縁遠いツラをしていたが、それでも私は自分の顔をそこそこ気に入っていた。若い頃の母にそっくりだとよく聞かされた。その顔が痛みに歪む様は見たくなかったので、その向きで置かれたのは幸いだった。


 死んだのに、こんなこと気にしているなんて!


「今日はお手伝いはいいのですか」

 向こうの部屋から男の声。

「今日はいい。扉を閉めろ」

 命令されたので、私はあわてて扉に駆け寄った。走ろうとしたのだけれどうまくいかない。宙をバタ足しているような感覚。私の手が届く前に、扉は男の手によって閉められた。そして、伸ばしたはずの私の手は、私の目に映ることもなかった。


 あ、私ほんとうに死んじゃったんだ。


 紺色のネイルを塗ったばかりの手だった。お店で塗ってもらったから、そこそこの値段がした。ワンポイントで星の飾りもつけてもらった。結構手がちいさいんだね、と、意中の先輩に飲み会の席で言われた。私はそれが無性に誇らしかった。その手が私についていない。


 キッチンを振りかえると、いつの間にか私の死体は服を剥ぎ取られていた。無残な女の死体の両腕に、私の手はくっついていた。


 カウンターには、銀のボウルが並べられている。長らく手入れをしていないのか、その全てはくすんでいた。よく見たら、並べられている刃物も、刃こぼれをしていたり汚れがついていたりと、あまり衛生的ではない。こんなもので私の死体を調理してしまうのか。

「どうせならおいしい料理にしてほしい……」

 悲しくなって愚痴をこぼす。私の喉は動かない。

「食べるわけじゃない」

「うはー!?」

 返事があったので心底驚いた。声を発したのは黒髪の女だ。私の死体から髪をジョキジョキと鋏で刈り取っている最中だ。ああ、染めていた髪の根本が黒くなっている。手入れ不足の髪と、それが刈り取られていく光景と、赤をもって痛々しい傷から私は目をそらす。


「た、食べないなら、何をやっているの?」

「知ってどうする」

 驚いた。普通に会話をしてくれる。私の声が聞こえているようだ。

「何勝手に人のこと殺してくれてんの」

 恨み節をぶつけてみたけれど、声に熱意が足りないと自分でも思った。もっとこう、ドラマで見たように、犯人に対して激昂する主人公、みたいなのをイメージしていたが、現実はうまくいかないものだ。


「骨が必要だったから」

 ジョキンジョキンと哀しいくらい軽快な音をもって切り離されていく私の髪は、調理台の下に置いてあるバケツに吸い込まれるように落下してゆく。雑な短髪にされただろう私の頭、それを身体から切り離そうと黒髪の女はノコギリを手にしていた。こう言ってはなんだけれど、私、もう死んでいてよかったと思う。あれで首をやられたら、絶対に痛いだろう。

「や、焼けば、骨だけになりますけど……」

 優れた肉体とは言い難いが、それでも20何年つれそってきた身体だ。あんまり無残な目にあうのは見たくない。それに死んだら火葬されるのが当たり前だと思って生きてきたので、どうせならそれに沿った取り扱いをしてほしかった。

「髪も肉も皮も有効活用させてもらうから焼くなんてしない」

「そうですか……」


 くじらみたいだな、と不覚にも感心してしまった。


 黒髪の女はゴツゴツした手を私の血で汚しながら、一生懸命に私の頭部を解体している。皮をはいで骨を割って脳を取りのぞいているのだろうかと思うとゾッとして私はもう彼女の方を見ることができない。代わりに、首なし死体となった胴体を観察する。もっと肌の手入れをしておけばよかった、とか、こんな所にほくろがあったんだ、とか。のんきなものだと、自分のことがイヤになる。


 ピチャ、ピチャという音なんて聞きたくないが、耳を塞ぐ手が存在しない。いや、本当の耳はもうバラされているし、手は目の前にダラリと横たわっている。もうやだ。どうやら死後の世界もないらしい。天国にも地獄にも行けず、私は自分の死体の解体ショーを眺めている。何の罰だろう。私はなにか悪いことをやったのだろうか。


「血、抜かなくていいんですか」

 先程から聞こえるピチャピチャという音は切断された首から落ちる血だと気づいた私はそこそこに余裕を取り戻した。首の切断面くらいなら、最近読んだ漫画がそこまで描写するものだったので「あー本当にこうなってたんだ」という答え合わせのような気持ち。

「ボウル置いておいて」

 指示されたのでボウルに手を伸ばす。でも触れることができなかった。いい加減自覚しないと。私はもう幽霊だ。黒髪の女は作業を中断して、結局自分でボウルを置いてくれた。頭の代わりに銀のボウルをかぶる私の死体。

 興味深いことに、首がないと目の前の身体が「私」だという認識が薄れていく。犠牲者A。20代女性。死因はたぶん後頭部強打。ショック死か失血死かは判断つかず。司法解剖の結果が待たれる。司法解剖どころか、これから行われるのは解体作業だ。それこそ牛や豚のように。


「『骨』は何に使うんですか」

「弾にする」

「骨を?」


 私には覚えがあった。遺灰をショットガンの実弾に詰めるというサービスが外国にあるらしい。ふたりの警察官がつくった会社がやっているもので、創設者のひとりは、自分の遺灰が入った実弾で七面鳥を撃ちたいと言ったそうだ。

 これは飲み会で聞いた話だ。それを話してくれたのが意中の先輩だったことと、銃社会っぽいですねという雑な感想しか言えなかったことを悔いているので、よく覚えている。


 この人も、七面鳥を撃つのだろうか。


「1人分の人間から、HappyBalletを7発分つくることができる」

「そうなんですか」

 この人が作ろうとしているモノは骨で出来た弾ハッピーバレット。嫌な名前だ。わざわざ「ハッピー」なんてポジティブな名前をつける時、それはたまに真逆の印象を与えることを私は知っている。そういえば七面鳥を殺したい会社の名前は「Holy Smoke」、聖なる遺灰だ。


「HappyBalletは魔法の弾丸だ。7発当てれば、必ず1人殺すことができる」

「え? 1発で十分じゃ……」

 常識的に考えて、人を殺すのに7発もいらない。口をついて出た私の言葉に、黒髪の女は作業の手を止めた。

「『神』だって殺せる」

 私はなんだかよく分からないカルト教団のいざこざに巻き込まれてしまったのかもしれない。

「だが」

 ガランガランと音がした。バラされた私の頭骨が銀のボウルに入っていく音だ。

「お前の骨は6つ分にしかならない。1人前の人間から、なにかが少し欠けている」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇


 この部屋には窓がない。扉はかたく閉じられている。向こうの部屋から笑い声が聞こえてきて、それは少し不快に思う。床には茶色いシミが染み付いていて、端に置かれたテーブルには花が飾られていた。それらは残らず枯れている。シンクは理科室で見たような深いもので、前に住んでいたアパートの風呂場ほどの大きさ。つまり、シンクにしては大きく浴槽にしてはやや小さめ。ようやく私は部屋の隅にある大きな冷蔵庫らしきものに気がついた。ここだけなぜか、マグネットにメモ書きが留められていて、生活感を意識させられる。


『懺悔の部屋』と称するには此処はあまりにも『キッチン』であり、私は困惑した。


「あ、は」

 話そうとしてなぜか笑い声が最初に出る。動かす唇はもう存在しない。喉がカラカラな気がするけれど、本物の喉は銀のボウルにつながっている。見ると皮膚がすこしざらついていた。手入れ不足だ。日焼け止めを塗るのを面倒に思っていたから。

「み、見殺しにしちゃったからかな……?」

 おそらく私はそろそろ此処から消える。天国でも地獄でもないこの狭い部屋から、解き放たれてどこか別の所へ行ってしまう。そう思っている、いや、そう願っている。だから、懺悔なら、早くしなければいけない。

「お母さん、置いてきちゃって。私まだ小さかったから……」

「"私"はすぐそうやって言い訳をする」

 恐怖でぐらぐらに揺れる私の思考に、彼女の言葉はいまいちうまく入ってこない。

「お前はこれからお母さんを助けに行く、6つの弾になって」

 黒髪の女は、いよいよ私の首なし胴体に手をかける。

「神様を殺したらお母さんは帰ってくるんですか?」

 黒髪の女は黙ったまま答えない。なんて嘘の下手な人なのだろう!


 私は、生まれ変わりを信じているわけではない。では、これからの自分を待つものはなんだろう。なんにもない虚無の空間、それともこの意識は白く爆ぜてしまうかも、急に恐怖が湧いて出てきた。冷たくて底のない感覚が、もう存在しない胃の中心から喉の手前にまでせり上がってくる。脂汗が滲む、しかしそのすべてがもはや幻想。ああ、死にたくない。もう死んでいるけれど。


「私じゃなきゃダメだったんですか」

 存在しない舌をもつれさせながら尋ねる。

「"私"じゃなきゃダメだった」

 返答の意味が分からない。

「どうして!」

 とりあえず理由を聞いてみた。

「私の復讐だから」

 やっぱりカルト教団のいざこざに巻き込まれてしまったようだ。

「巻き込まないでよ……」

 ようやく、濃い怒りの感情が形になるようになった。"主人公"まであと少し。

「だから私を使っている」

 返答の意味が分からない。

「わからない……」

 ドラマの主人公のように私は手を広げ頭を振る。

「ほとんどみんながそう云う」

 黒髪の女越しに、先程は無かった窓を見た。強烈な白い光挿す四角、その窓枠に銀の弾が並べられている。そのひとつひとつに、弾にされた人の名前が刻まれていた。距離が遠いはずなのに、私は名前が認識できてしまう。その中に自分の名前があることも分かってしまった。この女は、今まで何人、殺してきたんだろう。


「ねえ、これだけあれば……」

 十分すぎる。1発もあれば人は殺せる!脳や心臓を撃てば終わり。たとえそれたとしても、失血死という可能性だってある。銃は人を殺すためにつくられた道具であり、それさえあれば子供や老人でも簡単にやれる。だから私だって、どうせ殺されるなら銃がよかった。鈍器で頭がひしゃげるまで打ち据えるだなんて、むごい方法を。私が何をしたっていうんだろう。ああ、お母さんを見殺しにしたからだ。あれは13年前の火事で、私だけが逃げることになった、私の罪。


「……もう、私で最後にしてくれませんか」

 並べられた弾が痛々しく思えて、私はひとつ提案をした。

「じゃあお前が神種にトドメをさしてくれるの?」

 ここで、さすよ、と力強く頷いたら、きっとこの人はもうこんなおかしなことは止めるだろうと直感した。そのたったひとことで、これまで弾にされてきた可哀想な"私"たちと、今こうして解体されている可哀想な私と、頭のおかしいこのを救うことができるのだと。


 でもそれは、あまりにも荷が重い!ただ凶行に巻き込まれただけの私が吐くには、あまりに過剰な責任を負わなければならない約束だ。無理だ。そこまで面倒は見ていられない。私は一刻も早くこの部屋から逃げ出したかった。解体される私を見ていられなかった。並んだ銃弾を見ていられなかった。黒髪の女の、絶望を湛えた顔を見ていられなかった。でも部屋の扉は閉まっている。窓の外は眩しすぎる。黒髪の女は大きくため息をつくと、私の手をとった。死体のそれは、紺の爪色、金の星。すっごくかわいいですよとネイリストのお姉さんが言っていた、きっとこの後に剥がされてしまう、私が生きた証明。


 生まれてきてごめんなさいとこぼした声は、黒髪の女の声と重なった。

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