no.34メイジョウ『貴方の為に何度でも』

 メイジョウ・リョウコは抵抗する暇もなく殴り殺された。当たり所も極めて悪く、一撃死。頭蓋が陥没したかもしれないが骨が欠けた訳では無い。黒髪の女は「一仕事終えた」と呟く代わりに、満足げに息を吐いた。


「リョウコ!」

 遅れて橋の上にやってきたのは、今しがた殴り殺した女と同じ顔を持つ女だった。


「やだ、うそ」

 ぐたりとした肢体を見て察したのだろう。そして視線は黒髪の女に向けられる。手には金槌。決定的だ。死体と同じ顔は、驚きから憎悪の表情に変わる。

「こういう時、いつも間に合わないもんだな」と黒髪の女は哀しそうに笑った。そして金槌を捨てると、小ぶりのナイフを取り出し構える。


 同じ顔、すなわち双子。であれば魂を同じくするため、いつぞやのフエル・フタリのように弾14発分のボーナスステージだ……そう思った女の目論見は崩れる。

 ガラスレンズを通してみればすぐにわかる。。メイジョウ・リョウコとメイジョウ・ショウコ。ふたりは双子であったが、ルーツは別だった。


 黒髪の女の脳裏に浮かぶのは鳥仮面の男、貴族種。彼女が唾棄すべき存在とみなしている者のひとり。ショウコは殺気立って木の棒を握り、黒髪の女の相手をするつもりらしい。面倒だ。

「リョウコを返して!」

「もう死んでるよ」

「……嘘だ!」

 ああああ、と叫んで棒を振りかぶるショウコに、リョウコの死体を盾にして見せると双子の片割れは簡単に戸惑った。そのまま黒髪の女は、死体を抱えて橋の上から飛び降りる。橋下には銀色の輪。そのまま、死体を抱えたまま飛び込んで、ミッションコンプリートだ。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「おや、今回は失敗か」

 グレゴリールームに帰還して即、ソグにそう言われたので黒髪の女は「あぁ!?」と不機嫌な声をあげた。

 この通り立派な7発分の骨が……と顔を上げたところで気づく。

 死体がない。持っていない。メイジョウ・リョウコの死体がない。

「確かに殺した」

 不思議そうに呟く黒髪の女を横目に、ソグは泥のようなコーヒーを飲む。

「殺した証拠は?」

「凶器……クソ、金槌捨てなきゃよかった」

「本当に殺したのか? 見栄をはってもムダだぞ?」

「お前ら相手に見栄をはって何になる?」

 苛立った黒髪の女は、テーブルでノートを綴っていたドルトンの左手ギリギリの位置にナイフを突き立てた。

「こっわ!」

 いきなり巻き込まれたドルトンは素っ頓狂な声をあげる。

「喧嘩ならふたりだけでお願いしますって……」

 ドルトンの抗議を無視してソグと黒髪の女は口論を続ける。


「死体を落としてしまったか? ははは、存外マヌケなんだな」

「ネコじゃあるまいし落とすわけがない」

「ほぉん、ネコを落としたことがあるのか? ああ、あったな。この間。いやぁ、手を焼いた。グレゴリールームで暴れまわって、なァ?」

「今回は人間だ。年若い女だ。しかもちゃんと7発分だ」

「はいはい、俺らと違って

「落としてきたんなら、取りに行かないと……」

 ドルトンが何気なく呟いた。

「まぁ、もう時間が流れて、とっくに処理されてるかもしれないけれど」

 そうであってほしい、と願いを込めた声色だった。黒髪の女は、ショウコの存在を思い出し、ふぅんと目を細める。


 グレゴリールーム内と各世界の時間の流れは違う。あっという間に時が過ぎ去る世界もあれば、この部屋とそう変わらない流れ方をする世界もある。

「土葬の文化であることに期待しよう」

 ソグが乾杯をするようにマグカップを掲げる。ドルトンが嫌そうに「掘り返す気ですか……」と呟くと、今度はブツブツと彼が信じる神に向かって祈りを捧げ始めた。

「賭けるか?」

「もう葬式も執り行われ哀れな彼女の魂がウルク・グア・グアランド様の庇護の下で幸せな来世を過ごしていることにココアを一杯」

「じゃあ俺は死体がゾンビに変わっていて、回収しにきたあいつを襲うことにコーヒーを一杯。ちゃんと焙煎するところから」

「じゃあ私のココアはちゃんとミルクで溶いたやつで……」


 黒髪の女は、踏み鋤スペードを持ってグレゴリールームを出ていった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 メイジョウ・リョウコとショウコが、ベンチに腰掛けて喋っている。おかしい。リョウコの方は、殺したはずなのに。黒髪の女は、夕暮れの公園で双子を観察する。

 聞き耳を立てると、ふたりの会話が聞こえてくる……リョウコは飲んでいたアイスコーヒーの缶をショウコに向けて「ひとくちなら飲んでいいよ?」と言った。だがショウコは首を振る。「これ、苦くないよ」と続けるが、ショウコは「大丈夫」と短く断った。ショウコは先程からキョロキョロと何かを探しているように思える。

 ──警戒されている、と黒髪の女は察した。


「ショウコ、今日なんか変なの。あ、この後さ。公園行かない?」

「公園? でもあそこに行く橋は……お、落ちるよ」

「落ちる? 橋が? なんでそんなの知ってるの」

「ええ……? 病院の先生が言ってた……」

「あー、あの先生が言うならまぁ。じゃあそろそろご飯にしよっか。ショウコの退院祝いも兼ねて、私がパーッと豪華に」


 リョウコの言葉はそこで途切れた。パンパン、という乾いた音で中断されたのだ。鉛玉がたったの2発。双子の長話に付き合う気は、黒髪の女には無かったので。

「うそ」

 倒れた片割れを見て、ショウコが口を覆って狼狽する。

「なんで」

 物陰から姿を表した黒髪の女を見て、ショウコの表情がスッと変わった。狼狽の色から、何もかもを察したと言わんばかりの絶望の色に。

「銃も、あ、るんだ……」


 黒髪の女は不可解に思っていた。

 最初のハンマーで殺したリョウコは消えた。

 何かが起きて、リョウコを殺した出来事が無かったことにされたのかもしれない。

 だけど、あのショウコの反応は『黒髪の女を知っている』ものだった。


 リョウコの死体を見捨てて逃げ去るショウコを遠目に、黒髪の女はリョウコの死体を回収する。コーヒーの缶を蹴っ飛ばし、代わりに持ってきた踏み鋤スペードを転がしておいた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「無事だな」

「でも、死体もない」

「賭けは両方負けだな」

「まぁ、期待はしていなかったですけど……」

 グレゴリールームに帰還した黒髪の女を見て、ソグとドルトンは互いに短く感想を述べると、すぐに各々の暇つぶし作業に戻った。


「なんでだ」

 黒髪の女は苛立ちから髪をかき乱す。

「なんでだ?」

 そう呟きながら、部屋の隅の木箱をゴソゴソと漁った。

「諦めろ、ということでしょう。これもウルク・グア・グアラント様の導きですよ。もう次の世界を探したらいいじゃないですか」

「コンパスを走らせているからサーチは明後日には終わるだろうよ」

踏み鋤スペードがない」

 彼らなりの慰めの言葉を無視して、黒髪の女は木箱の前で立ち竦んだ。

「金槌も無いだろうな。うん、無い」

「あのー……?」

「完全にリセットというわけじゃない」

「何か分かってしまったのか?」

 ソグが煙草に火をつける。彼の光のない目は、この部屋で過ごすうちに増々病んだものとなった。唯一目を輝かせるのは、黒髪の女やドルトンをからかう時のみだ。今の目は、黒髪の女が多くの世界で見てきたような、沈んだ色。黒髪の女と同じ、死んだ瞳。


「……もう一度行ってくる」

「また賭けます?」

「死体が丁寧に埋葬され花まで添えられていることにコーヒー1杯」

「ゲー、こわ。お前もそんなこと言えるんですね……もう賭けに勝とうと考えていないでしょう?」

「そっちは?」

「死体がゾンビに変わっていて、街中の人を襲っていることにココアを1杯」

「人のアイデアパクるんじゃねぇよ」


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 黒髪の女は、倉庫の扉をあけた。腐った匂いが充満している。グレゴリールームの嫌な臭いとはまた別の悪臭。「ヒッ」という小さな声と共に、懐中電灯を向けられた。強い光に苛つくが、しかしすぐに目が慣れる。


 そこには、ショウコが泣きはらした顔で座り込んでいた。彼女に膝枕され横たわっているのはリョウコの方。彼女の胸のあたりには、血の染みが広がっている。


 すぐ足元に落ちている紙片に「ショウコ、ありがとう」という殴り書きが遺されていた。黒髪の女はすぐに理解する。メイジョウ・リョウコは自殺したのだ。黒髪の女の魂から分かれた者は、しばしば自ら命を絶つことがある。


「あんた、何で、何度も来るの!」

 ショウコがさらに泣き、そして喚いた。

「私は、どうやったら、リョウコを助けられるの……」

 リョウコの死体の頬を撫でる、その手は血で汚れていた。

「何回あんたを殺したら、リョウコを諦めてくれるの……」


 そう言われてようやく、黒髪の女は倉庫の中を見回した。


 黒髪の女の死体がある。

 頭部がひしゃげた死体。ナイフが刺さった死体。落とされたのがズタズタになった死体。死体。死体。死体。


 全部黒髪の女の死体。


「わあ」

 黒髪の女は、まさかそういう方法があったのかと、思わず口をあんぐりと開けた。

「私はリョウコを護るためなら、何度でも時を戻る」

 ショウコの目が七色に光る。貴族種がルーツの者は、特権階級にある、と黒髪の女は知っている。なるほど、何らかの超越した能力を彼女は持っていて、それが『時を戻る』たぐいのものなのだろう。

「でもあんたは変。時を戻っても、死体ばっかり残ってる。こんなの見つかったら、私……」

 ショウコは知らないが、黒髪の女はこの世界の時間に身を置かない存在だ。だから巻き戻りのルールは適用されず、遺されてしまうのだろう。

「ああ、でも、もう私は、前の私には戻れないよ……」

 ショウコは震える指先を眺めた。何度も人を殺めたのだ。何度も。それは時を巻き戻しても痕跡が消えることはない。黒髪の女の死体が積み重なる限り、無かったことにはできない。

「でもリョウコ、リョウコを救う為なら私、何度でも……」


 ショウコは泣く。泣きわめく。だいじな半身。唯一の家族。長らく病で入院していた自分に、光を与えてくれた心の支え。貴方の為に何度でも、


「さすが貴族種、財産に対する執着が強い」

 そう褒め称える黒髪の女は、喜びの笑みを隠すことができない。女に侮蔑の表情を向けると、ショウコの体が虹色の光に覆われた。

「私は、リョウコのことそんな風に考えてないんだから!」

 そしてショウコは光とたくさんの死体を残して消えた。過去へ戻ったのだろう。渡界能力はあるが時渡りはできない黒髪の女に、もう彼女を追うことはできない。


 こうして、倉庫に居るのはショウコとたくさんの黒髪の女だけとなった。の自分の死体を見つけると、黒髪の女は血溜まりをいじってりんごの絵を描く。

 ――子種から派生したフエルとフタリは、あっさり互いを切り捨てたのに。黒髪の女はリョウコとショウコを想い苦笑する。そして立ち上がると、積み重なる死体を見て、今度は歓喜の笑い声をあげた。


「私だけじゃ運びきれないなァ!」

 黒髪の女は嬉々として、グレゴリールームに通信を繋いだのであった。

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