no.27ヒーゼル『お父さんのアドバイス』

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「な、な、それなら、弾をいっぱい用意すればいいじゃないか」

 琥珀色の液体をチビチビ飲みながら、ヒーゼル=ブラッグは黒髪の女を慰める。

 客足の鈍い飲み屋の半個室。店内はやたら耳に障るクラシックが流れている。

 人の良さそうな男は、テーブルにつっぷす黒髪の女の背を叩いた。

「これからがんばればいいのさ」

「だって、だって、弾集めるのしんどいし、ドルトンの馬鹿野郎がジョアシャンの回収時間ミスって、もう骨を採れなくしやがったし……」

 黒髪の女がぐすぐすと鼻を鳴らしながら呻く。そして手元のグラスに注がれている、緋色の液体をぐっと飲み干した。


「なぁに、そういうボーナスステージも、探せば他に見つかるさ……」

「もう渡界つかれるからやだよぉ」

 びすびすと鼻を鳴らしながら、黒髪の女は涙ぐむ。隣に座るやつれた男は、おしぼりをそっと彼女に差し出した。

「でもやるって決めたんだろう?」

 男が揺らすグラスの中で、氷がカランと音を立てた。

「うん、私、アレを、絶対に殺してみせる」

 女は目を真っ赤に腫らしている。ふたりは少数のおつまみだけで、酒をあおりつづけていた。男は酒に強いのか、酔っている様子はない。


「たまには泣き言を言うのも大事なことだ。大人だってそういう場は必要さ」

「わたしおとなになれなぁい」

 女が再びワッとテーブルに突っ伏す。

「あっ、別の地雷ふんじゃった……?」

 男が備え付けのホット・おしぼり・マシーンから新しいおしぼりを取り出した。

 女は突っ伏したままおしぼりを受け取る。涙と鼻水を拭き取った。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「……色々、きいてくれて、ありがと」

 ようやく落ち着いたのか、女がゆっくりと言葉をつむぐ。

「こういう愚痴って、関係ない人に話した方が楽だからね」

 うんうんと頷きながら、男は琥珀色の液体をすする。


「それじゃあこれからの話だ。手はず通り、キミは僕を駅前で殺す」

「うん」

「時間は朝10時。その時間なら、息子も娘も学校だし、妻もスーパーでレジ打ちをしているから僕の殺害現場に絶対出くわさない」

「うん」

「そして僕が他殺だということは多くの通行人が証明してくれるだろう」

「うん」

「その後、キミは逃げる……だろう? グレゴリールーム、だったか」

「うん」

「はは、堕天使の名を関する部屋とはおしゃれだね」

「それはよくわかんない」

「はは、ごめん。それで、犯人は行方不明、僕の家族が保険金を受け取った頃……」

「骨を回収しに来る」

「ああ。埋葬された後だと助かるよ。この国では、遺体は土中につっこむから、それを掘り返してくれればいい。ただ、家族には私がいないことを知られたくないから」

「墓は綺麗にする」

「そう、それでいい」

「まかせて」

「ああ……これで僕の家族は助かるよ!」

 男は、父親は、亭主は、弱々しい笑みを彼女に向けた。


「……あんたさ、私にしては珍しく、ちゃんと親してると思うよ」

 今まで会った自分はそうでもなくてさと、女はグラスに残った酒を飲み干し呟く。

 男が何も言わないのでそちらを向くと、ヒーゼル=ブラッグは目を見開いたままボロボロと大きな涙を流していた。


「僕、僕、ほんとはさ、もっとさ、みんなと、家族で……いたかったんだ……」


 黒髪の女は、備え付けのホット・おしぼり・マシーンから新しいおしぼりを取り出す。そして男にそっと差し出した。

「でもやるって決めたんでしょう?」


 男は何度も、何度も頷いて、涙を流しながら、グラスを握りしめて、それでカンとテーブルを叩いて、また泣いて、涙をおしぼりでぬぐって、時計を見た。

 諦念のため息が続く。女が、空のグラスをぼんやりと眺めながら問う。


「最期の言葉とか、家族に遺さなくていいの」

「そうすると計画的だと思われるだろう?」

「……なるべく即死目指すから、頑張って死んでね」

 銃は通り魔っぽくないから包丁にする、と黒髪の女は付け加える。

「ありがとう……キミに出会えたことが、僕の人生最期の幸運だ」

 感謝し続ける男の目の下、濃く刻まれたくまを眺めながら、女はようやく言葉をつむいだ。


「私も、そう思うよ」

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