no.25 ノア『迷宮入り』

 今日もあいつで憂さ晴らしをしてやろーと思って屋上の扉を開けた。そうしたら、首がありえない方向にねじまがったあいつと、あいつの体を引きずっているあいつの姿だった。私はワケが分からなくなる。なんであいつがふたりいる?


「おい……」

 やっと声をかけられたのは、あいつが自分の死体を引きずって歩き出す頃。あいつが私を無視しようとしたので、なんだか苛立って、声をかけた。

「どうなってんだよ」


 だんだん気持ちが悪くなってきて、口の中が唾液でいっぱいになる。吐く前の予兆だ。我慢しろと私は必死に自分に言いきかす。ここで吐いたら、負けな気がする。

 よく見ると、死んでいる方のあいつの投げ出された脚に痣があって、そっちが私の知っているあいつなんだと妙な安堵を覚えてしまった。


 じゃあ、私を冷たい目で見ている方の、あいつは一体なに?

 黒いコート、黒いシャツ、黒いズボン、黒い靴。あいつの私服らしいカラーリングだけど、服の趣味はまるで違う。


「無視してんじゃねーよ!」

 思いのほか荒い声が出た。もっと冷静に問い詰めるはずだったのに。

希空ノアが双子なんて聞いてないんだけど……?」

 ああ違う違う、聞きたいことはこんなことじゃない!


「私さ、」

 生きている方のあいつが私に何かを向ける。それが銃だ、と気づいた時、吐き気はすべて引っ込んで、代わりに恐怖感がこみ上げてきた。なんでこんな、あいつが、なんで?

「いじめっ子てやつ、大嫌いなんだけど」

「はあ、今さら? じゃあ自分じゃなくて私を殺せばよかったじゃん!?」

「"ノア"がそうしなくてよかったと思う」


 生きている方のあいつが、とうとう私を撃ちやがった。弾が首をかする。血が流れる、痛い。ありえない、痛い。首を抑えて座り込むと手に感じるのは傷つけられた体の感触。ぬるりと温かい。痛い。気持ち悪い。声もでなくて、私はあいつを睨むことしかできない。


「こんなヤツ殺したら自分の価値を落とす弾の数を減らすだけ」

 そう言ってあいつは笑った。の頭を撫でて笑った。あいつの笑顔を見るのは久しぶりな気がする。でもすごく、厭な笑い方。


はそういうの気にしなくていいから」


 銃があるなら、それで撃てばいいじゃん。なんでナイフなんかに持ち替えたの? 私はワケが分からない。なにも、なにも殺さなくてもよかったんじゃない!?


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


『W市立高校で学生死亡 殺人事件とみて調査』


「15日午後5時すぎ、W市立K高校の敷地内で、学生が上半身から血を流して死亡しているのが見つかった。学校側の通報を受けて署員が向かったところ、学生が死亡しているのを見つけたという。県警は殺人事件とみて調べている」


「もうひとりの学生が行方不明となっており、県警は事情を知っている可能性があるとみて現在捜索中。学校職員の話によると、行方不明の学生は、亡くなった学生から日常的にいじめを受けていたという……」

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