no.24 ネガラシ『非光合成ホテル』

 目を覚ました黒髪の女は、黒い装飾が施された廃墟ホテルの一室に立っていることに気がつく。標的ターゲットの気配は感じない。しかしすすり泣く声が聞こえたので、銃を構えながら部屋をそっと出ることになる。


(黒髪の女の目的は、この世界にいる自分と同じ魂を持つ者を殺し、その死体を手に入れることである。死体は魔法の弾丸・HappyBulletの材料になる。黒髪の女の持ち物は、簡易殺人用の工具と、銃と、鉛の弾丸と、HappyBullet7発分。HappyBulletは7発当たれば必ず対象を殺せるが、彼女の目的を考慮すれば、7発以上消費すれば本末転倒となりこの探索シナリオは無益なものとなる。)


 さて、部屋を出ると黒髪の女は泣いている【ショートヘアの女】と出会った。黒髪の女にはそれが自分の標的でないことがすぐに分かる。無視したかったが、ショートヘアの女の方がそれを許さなかった。彼女は黒髪の女を上から下まで見ると、手に持っている【銃】に注目した。


「お願い、その銃で、彼を助けて……!」


 直感で、彼女の言う『彼』が黒髪の女が求めている人物であると分かる。黒髪の女の沈黙を肯定と捉えた相手は、自分の事情を話しはじめた。


 聞けば、そのカップルは安いツアーで古びたホテルに泊まったようだ。しかし喧しいベルが鳴ったのち、この黒い装飾のホテルに瞬間移動ワープさせられた。フロントには人がおらずウェルカムドリンクが置いてあるだけ。それを飲んだ『彼』が苦しみだすと、頭部が花の奇妙なヒト【花人間】が現れ、彼だけを伴ってホテルの奥へ行ってしまったそうだ。女は彼を連れ戻そうとしたが、花人間の長い蔓で威嚇され、とても近づけなかったらしい。


 この女は、黒髪の女が持つ銃で花人間を牽制できないかと考えているようだ。きっとその推測は正しい。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ひくひくと泣く女を連れ立って、黒髪の女は廃墟ホテルを探索する。

「あなたの名前は? なんて呼べばいい?」

 尋ねられても黒髪の女は無言のまま。

「あ、外国の方かな……?」

 言葉が通じないと思われたのだろう。ショートヘアの女の声が不安に揺れる。女の横顔がに似ていたので、無下に扱うのはなんとなく憚られた。


「名前を覚えてない」

 こう答えれば追求を諦めてくれることを、黒髪の女は度重なる渡界で学んでいる。

「じゃあ【Aちゃん】って呼んでいい? 私の名前は【U】」

 言葉を交わすうちに気が紛れたのだろうか、Uの顔色はよくなっていく。


 探索の末、Uがある一室の異変に気がつき室内の幕を取り払った。現れた壁は血で濡れている。Uは絶叫するが黒髪の女は特に反応しなかった。見慣れているからという理由で。

 冷静に眺めると、血で文字が書かれていることが分かる。このホテルで殺された者の遺書のようだ。ホテルを支配する存在やその対処法が残されていたが、黒髪の女はあまり興味を示さなかった。Uは『花が咲く前に、虫襖の弾丸をぶちこめ』という記述を手元のメモに残した。


 さらにUは、血で濡れた壁に隠された矢印を見つける。それを辿ると壁に埋め込まれた箱を見つけた。黒髪の女が【工具】を持っていたので、それを使って壁から箱を取り出すことに成功する。

 中には【緑の液体が入った弾丸】が5つと【古い新聞記事】。弾丸の名は『虫襖Mushi-Ao』。新聞記事の内容は、植物にとりつかれた男の末路だった。


 ――種が体の中で育ち根が張ったせいだろうか。水を余分に含めるようになったので、大きくなり、そこからさらに成長し、とても人の姿とは思えなく成る。しばらくは大人しくしていたが、日光を浴びるたびに凶暴性を増し、ついに5人の死者を出したのち逃走。以降、行方は判明しておらず警察は警戒を呼びかけている――


 おそらくUの探し人はこの記事の男と同じ末路を辿るだろう。

「花が咲く前に、虫襖の弾丸をぶちこめ……」

 誰かの命と引き換えにして得たヒントをUはひとり暗唱する。


 こうしてふたりが部屋を出ようとした矢先に【花人間】が1体出現した。ぬらぬらと濡れたおしべが揺れていることが癪に障ったので、黒髪の女は花人間を【鉛の弾】でぶち抜く。それは運良くそして珍しく急所に当たり、花人間は爆ぜて消えた。

「Aちゃんがいてよかった……!」

 Uは黒髪の女を賞賛する。私ひとりじゃだめだった、と。Aは愛想笑いすら返さない。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 安心したのか、Uの腹の虫が鳴った。タイミングよくふたりは【レストラン】と【大入浴場】の分かれ道に差し掛かっていた。Uはレストランへ向かうことを希望する。黒髪の女は特に希望がないのでそれに従う。


 レストランの入り口には【太陽に似せた奇妙な像】が立っていた。見る角度によって表面の模様が変わり、無数の目玉が浮かんだり、水溜りに落ちた油のような滲んだ色になったりする。じっと眺めていると目眩に襲われたので、不快感を覚えた黒髪の女は像を蹴り倒した。像は案外簡単に砕けてしまう。


 Uは黒髪の女の癇癪に驚いたが、すぐにレストランの【バイキング】に意識をそらした。妙に品数が少ない。【草食】【肉食】【それ以外】と書かれたプレートが下がっている。

 黒髪の女は注意深く皿を観察した。『草食』は種がふんだんに使われているサラダ。『肉食』はレトルトパウチされたシーチキン。『それ以外』はコップに入った水で、植物用の栄養剤が立てかけられている。


「どれにしようかな?」

 『草食』のサラダをよそおうとするUを制止すると、黒髪の女は強制的に『肉食』のレトルトパウチを選ばせた。

「Aちゃんのことだし、きっと理由があるんでしょう?」

 Uは素直に従った。全幅の信頼に、黒髪の女は面倒さと面映ゆさを覚えた。


(黒髪の女は植物には詳しくないので種の詳細は分からない。だが香りが、大嫌いな『貴族種』に似ていたので嫌悪感を覚えた。水の方に手をつけなかったのは、コップにたてかけられている栄養剤が、ソグ博士の愛用品に似ていたからだ。)


 Uが腹を満たした後、ふたりはもう一方の行き先である【大入浴場】に向かうことを決める。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 大入浴場は赤い液体で満たされていた。その光景にUが絶叫する。さらに付け加えると、浴場には赤い液体を吸ってぶよぶよに膨れ上がった【植物巨人】が佇んでいた。体は苔に覆われていて、下肢に向かうにつれ蔦が絡んでいる。


「Nさん!?」

 Uが泣き出す。黒髪の女は内心驚いていた。あの奇妙な化け物が、彼女の今回の標的だというのか。

「Nさん、無事だったんだ!」

 Uはもはや発狂していた。ぶよぶよの植物巨人を、愛する者だと誤認して血液浴場を駆ける。

 黒髪の女は理解していた。植物巨人の蔦の侵食速度から察するに、もしふたりが『レストラン』に寄らずまっすぐここまで来ていれば――ネガラシが異形と化す前に救えただろう。


 植物巨人が腕を振り上げる。このままUが殴られるならば、か弱い人間である彼女は体を潰され死んでしまうだろう。血液に足をとられて転んだUの衣服から虫襖の弾丸が転がり落ちた。黒髪の女は弾を拾うと、手持ちの銃にそれを装填する。奇跡的にそれは型が同じだった。

「花が咲く前に、虫襖の弾丸をぶちこめ……」

 植物巨人の胸には大きな蕾ができていた。咲く、咲く、今にも咲こうとしている、そういう動きを見せている。

「Nさん帰ろう!」

 発狂したまま想い人の名を呼ぶUの声で、蕾の震えが止まった。今だ。


 黒髪の女は『虫襖の弾丸』を植物巨人に打ち込む。時間経過でぶよぶよと膨れていく巨人は、銃の腕があまりよくない黒髪の女にとって非常にいい的となった。どこを狙っても構わないのだから。5発目が打ち込まれた瞬間、植物巨人は破裂して真っ赤な液体を浴場にぶちまけた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ありがとう……U……あれが僕だと……信じてくれて……」

 四散した脂肪と血液の中には、Nの人の身が残っていた。彼は震える手でUの手をつかむ。もう長くは持たないだろうが、それでも最後は"人間として"死を迎えることができたのだ。


「ありがとう、U、わたしを人間だと認識したままで」

 黒髪の女の呟きはふたりには聞こえない。あのような化物に変化したにもかかわらず、Nは7発分だった。


「この奥に……【銀の窓枠】があった……見つけた時、僕は大きくて通れなかったけど……あそこが出口だ……U……きみだけでも……生きて帰って……」

 その言葉を最後に、Nは息を引き取る。

「Nさん、嫌……そんな……ごめんなさい……」


 Uはひとしきり泣いたあと、せめて死体を現実世界に返そうとするだろう。

 しかし彼女はショックと疲弊と血で滑ることで、なかなかNの亡骸を持ち上げられないはずだ。

「私が運ぶ」

 黒髪の女の申し出を受け、Uは感謝しながら想い人の亡骸を託すだろう。死体はじっとり重く、血の匂いの代わりに植物用栄養剤の香りが漂っていた。


(生還した黒髪の女は、報酬として、7発のHappyBulletの材料に成れる死体を手に入れる。)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る