no.23 ヌイト『きょうは貴方のお葬式』

 黒髪の女は黒のスーツ姿。ボサボサの髪を今はひとつに結んで、首元にはブラックパールの首飾りを下げていた。こうして人の群れに上手にまぎれている。みな一様に、喪服に身を包んでいた。


 遺影は笑顔を浮かべる老いた男。鵺本縫斗・享年83歳。並んで座る遺族や親族からすすり泣く声が止まることはない。なるほど慕われていたらしい。黒髪の女は満足げだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 僧侶が入場し弔問客一同は黙礼をして迎える。黒髪の女も周りに従う。喪主の挨拶は頭の中に入ってこない。滞りなく葬儀がはじまった。


 読経が行われる中、黒髪の女は静かに遺体を奪うタイミングを図っていた。この葬式は最後に遺体が焼かれてしまうのでその前に回収する必要があった。幸い、亡骸は運び出しやすいよう棺に収められている。

 弔問客が邪魔するようであれば、鞄に入れている銃で脅しても、発砲しても、いくらでも。そう思案していたが――気配を感じて黒髪の女は顔を上げた。


 読経が響く中、手前に座っていた着物の少女が無感情な瞳でこちらを眺めていた。ゾワリと、黒髪の女に悪寒が走る。少女が、少女の皮をかぶった、上位の存在だと、気づいたからだ。なぜわかったかと云えば、それは単純に、黒髪の女がそういうものを殺すために生きているからだろう。


「わたしね、このおじいちゃんにかわいがられてたの」

 少女は声をあげない。口を動かしているだけだ。神格が、黒髪の女に忠告する。

「だいじな、だいじな、おそうしき。じゃましないで、ほしいなあ」


 弔辞が読み上げられる。すすり泣く声。少女は顔を前に戻したが、黒髪の女は見られている気がして落ち着かない。あの少女が、邪魔だ。縫斗の死体を奪わせまいとプレッシャーをかけられている。


 HappyBulletで彼女を殺すか? 7発当たれば必ず殺せる。しかし、黒髪の女はたった7発を確保するために、わざわざこんな葬式に参加しているのだ。


 焼香がはじまる。滞りなく進む。亡骸に近づくが黒髪の女は手を出せない。蛇に睨まれる蛙、神格に睨まれる人間。首の後ろを、視線で冷たく撫でられる。

 黒髪の女は、おそらく人格者であっただろう亡骸の男に、胸の内で恨み言をぶつけながら焼香する。着物の少女は、黒髪の女が大人しく式に参加しているので、満足げに嗤っている。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 僧侶が退場し、一同起立そして閉式。流れるように火葬場へ。

 黒髪の女は火葬にも参加することになっていた。火葬場へ向かうマイクロバス、着物の少女は女を牽制するために隣の席を陣取る。

「お姉さんと仲良くなったのかい?」

 父親らしき男が少女に尋ねた。少女は何も喋らず、うん、と頭を下げる。無口ということで通しているようだ。黒髪の女は冷たい眼差しで少女を見る。コイツさえいなければ、とっくにこの世界から去っていたはずなのに。


「おじいちゃん、やさしかったけど、しんじゃった」

 少女が口を動かすが、声は女にしか届かない。

「おじいちゃんのほね、ちりになるまで、あなたから、かくすつもりだったけど」

 少女の目が曇る。

「……あなた、おもったより、はながきくのね」


 なるほど、この世界で大往生ができたのは、コイツに守られていたからか。それでもギリギリ滑り込めた。黒髪の女はわずかに気を良くする。ほんの気休めの優越感だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 火葬場に着き、納めの式。切望する遺体は焼却炉の前、遺影はやさしく笑っている。

 親族、葬儀の関係者、すべてを殺す算段を頭の中で組み立てるが、少女が黒髪の女の手を握るのですべての動きが封じられる。互いの手はヒヤリと冷たい。


 遺体が焼けるまで一時間。じりじりと焦りが黒髪の女の胸の内でくすぶる。出される弁当など喉を通るわけがない。親族がぼそぼそと遺産相続の話をはじめるが、黒髪の女はとんと興味がわかない。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 灰の中から骨を拾い上げる段になった。長い箸で骨を掴み上げ、ああ、大きな骨はまだ形を残している。黒髪の女は苦渋の目で見つめる。これを砕いて、すりつぶして、弾丸にしたい。目の前の箱の、灰をかき集め、持って帰りたい。ひとかけらぐらいできないだろうか。


 しかし少女の皮をかぶった化物が、黒髪の女を牽制するのだ。この骨と黒髪の女が同一存在であることは確かだが、少女にとって遺体と黒髪の女は赤の他人だ。だから平気で、女を屠れるだろう。


 骨はすべてに骨壷へ収められた。黒髪の女は厭わしい目で骨壷を眺めている。これではただ自分を見送っただけだ。


 ――珍しく慕われている"自分"だった。慕われた結果がこれである。黒髪の女は、自分の手を握り続ける少女を見下ろす。


「すみません、うちの娘がずいぶんと懐いたみたいで」

 少女の父親が、ははと申し訳なさそうに笑う。

「これを縁に、この子と仲良くしてもらえたら。ずっと爺さんにしか懐かなかった子で……」

 父親は、普通ただの人間だ。少女がすっかり成り代わられていることにまるで気がついていない。そしてそれは、黒髪の女が関わらない、別の悲劇の話である。


「ご冥福を、お祈りします」

 怒りと諦念を混ぜ込んだ、祈りとは程遠い言葉がようやく、黒髪の女の口をついて出た。

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