no.22 ニイナ『お祓い料金1800円』

「ちょっとちょっと、さっきの展開ありえなくない!?」

 黒髪の女がポップコーンを頬張るすぐ上でニイナがひたすら文句を垂れる。

 映画館の後方真ん中、黒髪の女は恋愛映画ラブコメディを眺めている。


「あ~ダメ全然ダメ、前評判に裏切られた~!」

 スタッフロールを睨みながらニイナは文句を続けている。

「あの主演、顔はいいのに演技がダメだわ。顔がいいからアップは映えるのに!」

 茶髪の女が宙返りをしつつ呟く真下で、黒髪の女はLサイズのカップに入ったコーラをズーズーと音をたてながら飲んでいる。


 あのハグはだめ、主演の演技が苦手、キスシーンがぐっとこない、あのライバル邪魔すぎない!?


 次から次へと飛び出す映画への文句。黒髪の女は辟易しながらホットドッグを口にする。

 彼女の手にこびりついているのは、ケチャップではなくニイナの血だ。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 6本目の映画を見終わった頃、映画館のチケット売り場でドルトンと再会する。

「まだなのですか?」

「まだみたい」

 ニイナは黒髪の女に金槌で頭を殴られて死んだ。

 それはほんの一瞬で、運が良かったのか、さしたる痛みも感じずに逝った。

 だから彼女は自分が死んだことに気づかなかった。

「上映時間に間に合わない! せっかく公開初日をとったのに!」

 そう云って、黒髪の女に取り憑いた。


 なにをやっても離れなかったので、彼女はこうして映画を見ている。

「生前の無念を晴らしたら、天に召されるという話が古竜教うちにあります」

 果たして女に憑いた幽霊は、何本の映画で祓えるか。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 おかげで黒髪の女はすっかり映画に詳しくなった。

 そうやって、いつまでもこの霊魂に囚われていればいいのだが。

 薄暗い映画館に再び潜る黒髪の女を見送って、ドルトンは深いため息をついた。


 ただし彼女が戻らぬ限り、ドルトンが死体回収をしなければならない。

 何を犠牲にして、誰の安息を優先すべきか。

 上映開始のブザーが遠くに響く。

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