no.19 テセウス『愛する我が娘の延命とその末路』
体躯の細い女だった。テセウスは、身の軽さをいかして、軽快に走る、走る。狭い路地裏を抜け、汚れたビル群を駆け、逃げる、逃げる!
彼女を追うのは黒髪の女。さほど速くはないようだが、執念深さは群を抜く。
テセウスは走る。黒髪の悪魔を振り切ろうとする。慣れ親しんだ街を駆ける。
アア、家に帰れば、家に帰れば愛する
十時間もの間テセウスは街を走り続けた。女をまいたかと思ったが曲がり角でバタリと出会う。女は合成肉をふんだんに使ったハンバーガーを片手に持っていた。補給をする余裕があったのか、とテセウスはとうとう絶望を覚えた。
やはりこの女はテセウスに発信機を付けていたのだろう。そうでなければこの鈍足がテセウスを追える理由がないのだ。「逃げられない」と、テセウスはそう結論づけた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
テセウスから骨を抜き、黒髪の女は怒りの唸り声をあげる。
「本物の身体は!?」
整備された公園のど真ん中、チェーンソーで解体されたテセウスは、なんとか顔を動かして、えへへと弱った笑いを浮かべる。
銀の目を動かす。自分の肉からコードがはみでて揺れている。腰は遠い位置にある。肺は使い物になっていない。ドボドボと、人工血液の流れ落ちる音が聞こえる。
黒髪の女が震える手で持つのは人工的に作られた骨だ。銀にきらめくそれは、パーツのひとつひとつに製造番号が刻まれている。
「
テセウスの意識が遠のく。
「私を、直してくれた……」
テセウスの脳裏に白衣の母の姿がちらつく。
死なないで、死なないで、願いながら祈りながら、母は彼女を蘇生してくれたのだ。
それは遠い雨の日の、不幸な事故現場の話。そうして繋いだ彼女の命は、こうして呆気なく切断された。
「アア……
動作を停止したテセウスの肉塊を見て、黒髪の女は怒り任せにコンクリートの床を殴った。金に輝く人工血液と混じる、赤い血液の痕が地面に遺る。
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