no.18 ツー『♪VS魔王』

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 陰鬱なバッグ・グラウンド・ミュージックは、まさかの生演奏だった。上階に並ぶ魔族たちの楽隊を眺め、黒髪の女は目を細める。視線を下ろすと、豪奢な椅子に"魔王"が座っている。

「ようこそ! 会えて嬉しいぞ、アンダーアルスの民よ!」

 魔王は長いツノ、ウェーブのかかった白髪、額には煌めく宝石。


「まさか単独ソロでここまでたどり着くとはのう! それともなんだ、仲間はこの城で、我が眷属に屠られたか!?」

 煽る口からは星屑が溢れる。銀に輝くまつげがまばたきを繰り返す時にも。

「だがそれも、城に入った時に覚悟はしたはずだ。ここで死んだら親にも会えぬとな! ふははは!」

 黒衣に包まれているのは華奢な肢体。覗くのは白い肌。魔王はまだ少女だった。


 力で世界を脅かす存在ではない、と黒髪の女は推測して一言。

「魔導型か……」

「魔王、だ!」


 独り言に反応して魔王は怒る。気の強そうな虹色の眼が歪んだ。

「魔王でも七発いちにんまえか……」

「そうだ、私はもうとっくに一人前だ。なんたって、この世界を潤しているのだからな! 一致団結する目標を民に与え、様々な雇用を生み出し、そして技術の向上を促した!」

 魔王の自慢に、黒髪の女は目を細めた。

「ずいぶんと傲慢に育ったものだ」

「我が母と同じことを言うのだな! 実に腹の立つ!」

 魔王も、黒髪の女と同様に目を細める。姿は似ないのにそっくりだった。


「さあ、前口上は終わりだ! 音楽変更!」


 魔王の指示を受けて魔族楽団が演奏を変える。テンポのよい、それでいて高揚感を煽る壮大な音楽が『魔王の間』に響き渡る。

「さあ武器をとれ挑戦者。貴様のジョブはアサシンか?」

暗殺者アサシン? こんなに堂々と、お前の前に居るのに」

「だって装備が銃じゃないか」

「ああ、そう」


 女は言われたとおりに銃を構え、躊躇なく魔王に向けて発砲した。

 弾は珍しく狙い通りに跳び少女の胸元に孔を穿つ。

 その瞬間、撃った所が白く輝いた。


「……!?」

 女と魔王は、同時に怪訝の表情を浮かべる。

「なぜ避けない」

「なぜ癒した?」

 最初は女で、次は魔王。


 ふたりは同時にふーと息を吐いた。楽隊は、空気を読んで演奏を控えめにする。気まずい沈黙の後、ようやく口を開いたのは魔王の方だった。


「正直、私はもう疲れておる。何回蘇り、民に進化を促しただろう……? 今回で世界征服とやらは何回目だ? ああ、数えるのも飽き飽きだ。だから避けなかった。終わらせてほしかった!」

 音楽は悲壮なものに変わっている。アドリブのくせにつなぎのセンスが卓越しているなと黒髪の女はどうでもいいことを考えていた。


「それなのに……貴様は私を初手で癒やす。傷を受けてもいないこの私を……なんだ貴様は、嫌がらせをしに、わざわざ此処まで来たのか!?」

「……なぜ癒すかと問われても、癒す気などさらさらなかった」


 HappyBulletが魔王に効かない。こんなことがあるなんて、黒髪の女は舌打ちをした。魔王は女を気にせず続ける。


「私を倒すためには、アンダーアルスに散らばる7つのエレメンタルドロップが必要だ。それはこの世界の常識だ。しかしまさか、それもなしに、この城にまで乗り込んで来たのか!? 城の各所にはドロップがないと開かない扉があるはずだが……」

 魔王は忘れているようだが、黒髪の女は先刻『魔王の間』の天井に次元扉を開いてやってきた。


 魔王の困惑の声を聞き黒髪の女は把握した。この世界には厳密なルールが存在する。黒髪の女もまた、この世界のルールが適用されてしまったのだ。この世界が定めた正しい方法でないと魔王は殺せない。


 本来、渡り歩くだけの世界の仔細など気にしない女だったが殺せないなら話は別だ。面倒だ、ここは諦めるか、どうせ最大7発だ……女が逡巡しはじめた時、背後の黒い扉が音を立てて勢いよく開いた。


「魔王! 今こそお前を倒し、このアンダーアルスに平和を取り戻してみせる!」

 虹の輝きを逆光にして現れたのは、勇者と賢者と騎士と医者の4人組。


「……"アサシン"!? お前、どうしてここに!?」

 黒髪の女を見て、勇者が驚きと喜びの入り混じった声をあげる。

「勇者様、きっと幻覚ですよ。アサシンなら皆で弔ったでしょう……」

 賢者が勇者を窘める。

「じゃあ幽霊だな!? 死してなお足止めをしていたとは、実にお前らしい!」

「なるほど、最終決戦はどうしても共に戦いたかったと。そういうことか」

 騎士が感慨深げに決めつけて、医者も勝手に同意する。空気を読んだ楽隊は、感動を高める曲目を演奏していた。


 黒髪の女は、自分は面倒なものに巻き込まれていると分かりげんなりとした顔を見せる。アサシンとやらは他人の空似だ。彼女の嫌そうな表情に"仲間たち"は気づかない。ひょっとして、アサシンは常日頃からそういう顔をしていたのかもしれない。


「5人揃った俺たちは無敵だ!」

 勇者が掲げた剣には7つの宝石が挟まっている。エレメンタルドロップと呼ばれるそれが虹色に煌めくと、場内に居た魔族たちすら「オオ……」と感嘆の声を漏らした。


 渡りに船、黒髪の女はそれだけを思うとバタフライナイフを取り出した。"仲間たち"も各々が武器を構える。


「ふふ、それでこそ勇者御一行だ。この私、"魔王"ツー・ドラッグ・ワークを倒して、アンダーアルスに平和を取り戻してみせよ!」

 楽隊が魔王戦用の音楽を仕切り直す。さあ、最終決戦のはじまりだ!

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