no.14 セイジ『売買交渉は平行線』
人の良さそうな笑顔を浮かべて、おばちゃんは黒髪の女を見下ろした。ふたりはすっかり顔なじみだ。
「アンタまた来たの?」
呆れたような声を受けて、黒髪の女は大きく頷く。そして懐から干し肉を取り出した。おばちゃんは干し肉を受け取って、匂いをかいで「質の悪い肉だね!」それだけ言って扉を閉ざした。
朝日の下で、麻袋が揺れている。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あらま、アンタどうしたの!」
おばちゃんが驚いた顔をしたワケは、黒髪の女が全身に包帯を巻いていたからだ。
「ケガした」
女は短くそう答えた。おばちゃんは「あらあらあら」と気の毒そうに声を漏らす。
「どこで転んだか知らないけど、気をつけなさいよ。うちの周りもね、旦那が獣避けにワナいっぱい仕掛けてるから、帰るときは注意しなさいね!」
その言葉に苦々しい顔を浮かべ、しかしすぐ無表情に
「ま、ワナの近くには看板があるから、近づいちゃいけないってすぐ分かるわ」
フィルムケースをポケットにしまい、おばちゃんは扉をバタンと閉ざした。どうやらこれでもダメらしい。
夕陽の丘で、麻袋が揺れている。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そろそろ『銀の獅子』が来るらしいわとおばちゃんが嬉しそうに言う。黒髪の女は唇を噛んで、目をぎょろぎょろ動かしている。つまりは狼狽。
「お供え物のおかげねぇ!」
女が差し出した古いコミックをてきとうにめくりながら、しかしおばちゃんの興味はコミックよりも天候にあるのだ。
「『銀の獅子』があの子を受け取ってくれればね、隣の国がようやく滅んでくれるのよ!」
おばちゃんはコミックを大事に抱えると、大きな音を立てて扉を閉ざした。まだまだ足りない。黒髪の女は歯ぎしりをする。
月夜の下で、麻袋が揺れている。中にあるのは男の死体。『銀の獅子』と云う"ハリケーン"を呼ぶために、生贄に選ばれた哀れな男……この村の人々は強風が隣国を滅ぼしてくれるのを待っている。しかし隣国はすでに滅んで99年経っている。
女の相手はただの村人。信心深い、厄介な一般人。金でも動かず物でも動かず、時間だけが過ぎていく。盗みは不可能、遺された手段は粘り強い交渉のみ。成果はまるであがらない。
ああ、死体が欲しい。あの死体が欲しい。
自分が『銀の獅子』ではないばっかりに!
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