no.07 キャロル『髪長姫への失望』

 黒髪の女は栗毛を伝って高い塔の外壁を登る。塔のてっぺんには開いた窓。そこから侵入すると、小部屋に居た栗毛の主は「ひっ」と小さく声を漏らした。それは現れたのが逢瀬の相手ではなかったから。キャロルは続けて長い悲鳴をあげるが他に誰も来ることはない。当然だ、キャロルは罰を受けここに幽閉されているのだから。


 黒髪の女は鉈を取り出すとキャロルに向けて振りかぶった。しかしそれよりも早く、栗毛の髪長姫は懇願をする。

「お腹の子が生まれるまで、待って」

 それまで無言だった黒髪の女は、ようやく「母になる?」と声を出す。鉈を持つ手は振り上げたまま。キャロルは彼女の反応に手応えを感じた。


「そう、母になっちゃうの……だから私、ここに閉じ込められてるの」

 キャロルは震える声で身の上を明かした。

「私は殺されてもしょうがないけど、貴方たちにとって、この子は違うでしょ……?」

 黒髪の女はそれを聞くと、鉈を持つ手をゆっくりと下ろした。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 子供の泣き声が塔の上から響く……ヒステリックな女の声……何かが投げられたのか、大きな音……黒髪の女が窓から入ると、そこには頬を腫らして髪を乱した栗毛の少女。そして鬱屈した顔をしたあの日の女。

「なに」

 キャロルは気だるげな声で続ける。

「私の子よ! どうしようと勝手じゃない!」

 栗毛の少女は『母』の大声にビクリと身を震わせて、反射的に泣き出した。


 もう黒髪の女は躊躇しない。「やっぱり」鉈を振り上げ。「私は」声を荒げて鉈でキャロルの肩口を切りつける。「やっぱり」キャロルは悲鳴をあげる。「私は」少女は驚いて泣くのをやめる。「あの人が」女は鉈を振り上げる。「あの人だからこそ」女は鉈を振り下ろす。「母として」女は鉈を振り上げる。「相応しくて」女は鉈を振り下ろす。「私は!」


◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇


 鉈ですっかり命を削られ、キャロルはもう動かない。黒髪の女の怒りをその身に受けてひしゃげた死体に変わってしまった。"死体"の娘はその一部始終を、声も出せずに見るしかなかった。

 黒髪の女は死体を担ぐと窓へ……最後に振り向き、少女に尋ねる。

「私に復讐する?」

 しかし少女は首を振った。黒髪の女は深くため息をつくと窓から出て行き、そうして二度と塔には戻らなかった。

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