第277話

『銀行内部』


「はい」


『1体逃げた、屋根の上』


「はい」


『左のトンボ石の店』


「ほい」


江戸な街並みの中にぽつんと建つ西洋建築(中身は普通に銀行)に光弾を叩き込み、緑色の屋根を逃げ惑う子グモ目掛けてサブマシンガンを右腕1本で連射、左手の夢幻真改を無造作に振れば立ち並ぶ土産屋がまとめてすっぱりいった。


「おわり?」


『…………あ、正面』


とことこと1体、路上に歩き出てきて止まった。止まるやスズの存在に気付き走り出そうとした、が、当然その前に5.7mm弾が突き刺さってひっくり返る。


『終わりだね』


「ん。もう大丈夫だってー!」


「よぉーしよくやったー!後でブロンズスターあげますよぉ!さささ少佐!先行!丹念に念入りに警戒しながら!」


出現したクモというクモを殲滅し終え、ニニギがOKを出した時点でスズは背後へ伝える。しかし遠い、100mを超えた距離でムーンライトとGT-R、カノンが回収してきた赤いトヨタを並べたバリケードの反対でシオンが叫んでいる。けしかけられたエドワードがすげえ迷惑そうに出てくるのを見てスズも溜息、トウテツとか見せたらどうなんだろとか考えつつ納刀、パーカージャージへ姿を戻した。米軍のいる方と反対側、本川越駅方面を見るとロシア軍の集団が接近してきていた。そのうち指揮通信車らしい6輪装甲トラック以外はやや遠くで停止、1両だけがスズの眼前までやってくる。


「ども」


「ああ」


挨拶はこんなもんでいいだろう、他のほぼ全員もそうだったのだし。後部ハッチを開けて降車してきたキリル少将はグレーの都市迷彩姿、スズへの相槌以外言葉を発さず、ジェスチャーで乗れと伝えてきて、エドワードとシオン、スズと、ついでにカノンが車内へ。


「あのアホみたいにバカでかい大木の根元まででいいか?」


「大樹ね、大樹、アホかバカかどっちかにして」


「日光のやつだな」


「それはSL」


車体の大きいトラックがベースな分、同じ用途のストライカーCVより広い車内には通信機材の他にテーブルがひとつ、上には地図が乗っている。


「行ってどうする?」


『樹というよりはアマノムラクモだね、枝まで登って、ずっと光ってるアレに接触したい』


「ふむ…まぁ細かくはいい、辿り着く算段をつけるぞ。中国軍と自衛隊が先行している、奴らに正面を押さえさせる」


「根元はどこにあります?」


「花園ICか嵐山小川ICが最寄りだ」


「最寄りね、最寄り。あのへんはねぇふふふ……」


スズとエドワードがわけわからん顔をしている間、シオンは苦笑いしながら地図に丸をつける。そこから皇天大樹まではかなーり距離があるように見えるが、どうやら本当にそこが最寄りらしい。高速道路を降りた後の具体的な進撃ルートを策定しながらも「ここ、この山おススメですよぉ、たかだか300メートルちょっとのくせに鎖場ある」とかしばしば挟んでやっぱりわけわからんので、『ちょっと来てくれ』とニニギが言うとスズはそちらへ向かう。


『空の様子がおかしい、次手を打ってきたのかもしれない』


言われて上を見てみれば確かに、さっきまで晴れていた空が雲に覆われている。今すぐにでも降り出しそうなそれを見て辺りの兵士達は雨具の用意に追われており、スズにもアウトドア向けの黄色いレインポンチョが渡された。「わらじカツ、わらじカツ」などと言っていたカノンも車外に出てきてスズの肩を掴む。


「これまでと雰囲気が違う」


「本気出してきたってこと?」


「いんや、そんな劇場的な事をする相手じゃないでしょ、最初から本気で殺しにきてた筈だ。なりふり構わなくなってきた、取りたくなかった手を使い出した、たぶんそんな感じ」


「……知ってるなら教えてくれてもいいんじゃない?」


「いや、今回に関してだけはマジでわからん」


だけ、という表現に対してやや白けた顔になったものの、とにかく今は空を注視する。分厚い、といっても彼女らの時代よりは遥かに明るい雲で覆われた空は雨粒を落とす事はなく


「あ」


代わりにのそりと、何かが雲から現れた。

ぱっと見のシルエットは竜である、竜にしか見えない、というか竜そのものだ。アルビレオと同じく前腕が翼に変化したワイバーンスタイルだが、コウモリのような飛膜を用いて飛行し、腕としての機能も残されているアルビレオとは異なり、鳥に近い完全な翼で、メタボとは少し違うがふっくらした丸い胴体を持つ。外殻は暗めの青色、距離があるためサイズは不明ながら動きにスピード感がまったく無い点を見るとアルビレオと同サイズなんて事はなかろう。出現当初は横を向いていたが、のっそりした旋回でこちらに頭部を向け、そして身体中で細かい発光を複数繰り返す。


「まずい」


「え?」


まったく危機感なくカノンが呟いた直後、それは一斉に着弾した。


「ななななななんぞ!?」


僅かに青みがかった光の筋だ、のっそり飛行する竜の全身から放出されたそれは急激に進路を曲げ、総計100本以上が観光地全域に突き刺さる。爆発こそしなかったが高熱で木造家屋に火をつけ、瞬く間に火災が発生、直撃を受けた装甲車も大きな穴が溶け開いてしまう。


「どうした!!対宇宙怪獣決戦用人型超ド級兵器か!!」


「いや発掘戦艦だろう」


「あんたら今回ばかりはふざけてる場合じゃないさね!逃げた逃げた!次が来るぞ!」


いきなりの攻撃を受けシオンが慌てて、次いでキリルが落ち着いて装甲トラックから出てきたが、上空の飛竜が再び発光するやシオンは脱出、キリルは引っ込んだ。『再発射に12秒かかったね』というニニギの呟きを聞きつつスズとカノンも避難を開始、何も言わず前進してきたムーンライトの背後へ。


『づっ!?』


壮絶な音と共にムーンライトへ着弾した直後、装甲の破片が路上に飛び散った。破片というか厳密には溶けた液状の滴だったが、斧で殴られても傷しか付かず、125mm APFSDSを何発も撃ち込んでようやく破壊できるセラミック装甲を一撃で、そのホーミングレーザー(レーザーにしてはクソ遅い弾速であるが)は貫通一歩手前まで持っていき、右腕に装備されていたブレードの剣身を脱落させ、さらに余熱で装甲を赤く発光させている。


「フェイ!?溶けてるけど大丈夫!?」


『次は防げない!隠れるか迎撃して!』


『既にやっている』


ハッチを閉じたトラックが発進する中、少し離れた場所からミサイルが撃ち上がった。どうやらロックオンできたらしい自走対空砲は命中前に機関砲の射撃も開始して、奴はミサイルの爆発によって3射目を中断され、機関砲弾の猛射を嫌がって雲中へ逃れていく。


これでなんとか、いや次が来る。


『非常事態につき説明、ブリーフィングを割愛する。米露連合軍は樹を目指す、日本、中国の交戦地帯を避けるという以外は特に指示せん、とにかく向かえ』


「よぉぉし急ぐぞ!ヒナメルはGT-Rに!スズは86!フェイ!?」


『装甲の貼り替えと…武装の変更が要る』


「うぉぉい中尉が射撃武器欲しがるとかドラゴンでも降ってくんじゃねーの!?」


『もう降ってる!!』


ムーンライトは腰につけていたグレネードマシンガンを左手に装備、12.7mm重機関銃と共に降ってくる群青色をしたそれの迎撃を試みる。

やはりワイバーンスタイルで体長2mほどの小型の竜だ、ミサイルよろしく突っ込んでくる、それも群れで。かなりの高速を出しているため詳細不明ながら防御力は大したことがないらしく、車輌群の応射によって片端から落とされていく。ただ数が多い、無数に近い。殺し尽くすのは不可能だ。

急いで離脱しなければ。


「カノン!花園ICまで行くぞ!追従してください!」


『注意しろ、あの辺りは渋滞が酷い』


「してる訳ねーだろ!!」

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