第278話
「根本的な話をすればアレも概念の一種だ、西洋におけるドラゴンとは東洋における鬼みたいなもんで、強いもの、恐ろしいもの、悪いものはだいたい竜か蛇の姿として描かれてきた。アレは概念でしかない、ドラゴンである事自体に意味はない」
トヨタAE86カローラレビン・スプリンタートレノ、中高年の皆さんご存じとうふ屋の配達車である。その性能は発売当初であっても高いものではなかったが、バブルのイケイケムードに乗ってハイパワーターボがもてはやされる中での小型自然吸気のこの車、通称ハチロクは大変に稀有なものであり、その他改造が容易な構造、ボディ剛性の高さ、操縦応答性の良さ、豆腐の配達に使われた等々、色んな要素が重なってカルト的人気を誇り、信仰度合いなら掛け値無しにGT-Rの遥か上を行く。発売から30年をとうに過ぎた今ですらバカ高い中古相場で、徹底的にレストア処置されたものは新車より高い。
「まったく面倒な事をしてくれたな!おかげでやる事が増えた!」
「どゆこと?」
「本来実在しない幻想だ、それがコノハナサクヤの悪あがきによって実在する現実になってしまった。一度生まれ落ちたものを絶滅させるのは本当に難しいんだぜ?核兵器しかり、エイズしかり」
その話を踏まえてカノンの車を説明する、トヨタ86GTリミテッド、正式名称が86である。GT-Rと同じく旧車との関係性は名前以外に無く、搭載するのはスバルの水平対向4気筒、いわゆるボクサーエンジンだ。驚異的な低重心を実現するこれにトヨタが開発したばかりのガソリン直噴システムを掛け合わせており、当然双方の技術者から強い反発を受けたものの、いざ作ってみたら要求性能を一発クリアしてしまったので「まいっか♩」となった経緯がある。最大馬力200ちょうど、GT-Rとは比ぶべくもないが、ターボを用いない自然吸気のため操縦応答性に優れる。
「今頃現実でも同じものが出現してるはずだ、ここに居る彼らの軍事力ならあの通り、一方的に撃破するなんて造作もないけど、ハイテク照準システムを使わない武器でってなると、ねぇ」
かつてのハチロクがそうだったように、"遅くて安いスポーツカー"としてこの86は作られている、基本グレードのGで本体価格262万円、GTリミテッドでは325万円となる。無駄を削ぎ落として安くした代わり、非常に改造がしやすい構造をしていて、このへん、純正状態で究極を目指した代わり一切の改造を認めていないGT-Rとは対照的である。
「……まぁ遅かれ早かれな話でもある、コノハナサクヤは扉の閂(かんぬき)を抜いたに過ぎない。試練かなんかだと思って諦めるしかないよ…ねぇっとぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
一体何の意味があるのか、高速道路を降りて一般道へ合流する直前、ちょいとハンドルを回したと思うやいきなりカノンはブレーキを踏みつける。急な重心移動により4輪すべてを横滑りさせた86は前進を続けつつ左へ回頭し始め、足をアクセルへ移せばとんでもない音と煙を出して車の向きと進行方向を一致させていく。
『よっしゃこっからだ皆の衆、遅れないようにしてくださいねぇ』
「はいよー」
『だからあんた達に本気出されると俺はついてけないんだって!』
86の50m先にGT-R、50m後ろに機動戦車がいる。シオンは両者の性能差を把握しており、GT-Rは86が追従できるギリギリの速度で140号線を西へ爆速していく。ただし考慮しているのは86だけで、最後方の22式はズルズル後退、やがて見えなくなった。
『無事か?』
『無事ですがー?』
『なら朗報だ、さっきのレーザープラットフォームがそちらへ進路を向けた、頭上に注意しろ』
『はははははこれはこれはエド少佐、あなたの脳みそには冬虫夏草あたりが寄生してるみてーですなぁ、撃墜の目処が立ってないとこも実に面白い』
川沿いにしばらく進んで辿り着いたのが有料道路、GT-Rはスムーズにグリップ走行で、86は例によって派手なドリフト走行で入口に繋がる道へ進入する。料金所を抜けたところで左の方の雲からばらばらと小型ドラゴンが降下してきた、確認するや前方のGT-Rに乗るメルが窓を開けて重アサルトライフルを突き出し、こちらもカノンが迎撃を指示してくる。
「よっ…と重い…!」
強烈な風圧を受けながらスズはM249マシンガンを外へ向ける。M249は米軍の採用名で、正しくは小型機関銃(ミニ・ミトラィユーズ)、縮めてミニミである。その可愛らしい(かどうかは主観によるが)名前とは裏腹に全長1m少し、200発の5.56mm弾を装填すると重量は10kgに届く。現在給弾口にはベルトリンクが繋がっていて、元を辿れば足元の弾薬箱、内容量840発が丸ごと装填されている。
「迎撃しきれなかったらスピンで回避するかんね!」
「それは嫌だ!!」
群れを成して降ってくる小型ドラゴンは装甲を持っておらず、当たりどころによっては拳銃弾でも撃墜可能とのこと。ただ数が多い、空を埋め尽くすようだ。
『うっわ来やがった…!自衛隊は!?ハエタタキとか持ってんでしょ!』
『もう要請してある、ただ限界があるそうだ』
『ふざけんな!怪物退治はてめえらの専売特許だろうが!』
『いやそれ俺も言ったけどめっっっちゃ怒られたぞ!』
先頭集団の接近に応じてメルが射撃を開始、スズも一拍遅れでトリガーを引く。数は無限に等しいが、個体としては確かに弱い、1発当たれば落ちてくれる。
『というか撃墜は諦めてないからな、もうすぐその空域にラプタ……』
5体か6体落としたあたりで86はトンネルに入った。襲撃は止まり、ついでにエドワードからの通信も途絶え、ただ前の車だけは騒ぎ続ける。
『おい今ラプターっつったか!?』
『えぇ!?あのアグレッサー部隊との演習でキルレシオ118対0を叩き出したF-22Aラプター!?』
よくわからないがすごい戦闘機が来るらしい、これで安心だとか、そういう旨の話が電波で飛んでくる中、「ソレを支えたのは高度なステルス性能とレーダー、アビオニクス、必要最低限とはとても言えない格闘性能だ」「それドラゴンにも効くの?」という会話をし、まもなくトンネルを脱出。
左翼を喰い千切られ、ボディ全体が穴だらけになった灰色の飛行機が墜落してくる所に出くわした。
『『ラプたぁぁぁぁぁぁぁんん!!!?』』
次のトンネルまでの僅かな間に見事ストライクしたそれは燃え盛る残骸と燃料を道路全体にぶちまけ、左端に残った無事なスペースを2台は通り抜ける。強引な回避で車体が動揺しているが、どうにかミニミの銃口を上に保って射撃を行う。大量の小型ドラゴンが旋回したり対空機関砲に落とされたり無事な戦闘機を追い回したりしているのをちょっとだけ見て、すぐまたトンネル。
「それで結局どこの何?」
「特に原典とかは無い、"人類の敵"という概念そのものだ。相手が生身なら体当たりで、装甲があるなら応じた威力の攻撃で。縛られる原典が無い故に形を変えて殺しにくる。ほらあんな風に!」
短いトンネルを抜け、ミニミをまた構えるも、あれだけいた小型ドラゴンは1匹残らず消えており、代わりに10匹程度の中型ドラゴンが寄ってたかって戦闘機をバラしていた。アルビレオかと見間違えるフォルムだったが、装甲は群青色、彼(彼女?)が100km/h程度しか出せないのに対し確実にマッハを超えている。
『少佐ー!?この一瞬で8億ドルくらい地面にキスしてますけど大丈夫すかー!?』
『全然大丈夫じゃねえ!!』
あれはまずい、ライフル弾じゃ落とせそうにない。意味ない事はやめようとミニミを引っ込め窓を閉め、これから始まるだろう乱暴な運転に備えて姿勢を整えた。ラプターとやらを喰い散らかした奴らは当然とばかり86とGT- Rへ目を向け、しかし幸いにも突っ込んでくる事は無かった。
まず1体、遥か後方にいる22式機動戦車から発射された対空ミサイルが焼きトカゲに調理した。速度を求めた分防御力が低いらしい、アルビレオなら耐えている。『ハムスターの歩幅くらい見直した!』とシオンの評が下る中、曳光弾混じりの30mm弾が2体目を、超高性能なロックオンシステムによって照準された76mm弾が3体目を撃ち落とす。
『そのまま進んで、私が援護する』
『フェイか!?今どこにいます!?』
『秩父鉄道の線路を走る列車の車台の上』
残りのドラゴンも同じだ、砲弾かミサイルのどちらかに撃ち落とされて瞬く間に姿を消した。有料道路を降りるまでは落ち着けそうだ、レーザープラットフォームは健在であるが、今のムーンライトなら簡単に追い払えるだろう。
『線路沿いしか移動できなくなったから、秩父駅で一旦止まって、どうするかはその後で』
『おいおい射撃武器欲しがるどころか自走できなくなるまで重武装化するなんてマジで槍雨案件ですよ!?』
『必要とあらば私だってこれくらいするし!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます