第272話

『急いでくれ!今までの小競り合いとは明らかに違う!このままだともうじき俺たちの武器は石と罵声だけになっちまう!』


『もっと急げ?よろしいならば増速だ!』


『ぢょっ!?速!?速いってやば飛!?飛ぶ飛ぶ飛ぶ速度だってこれ!!?』


『跳ぶのはヘタクソォ!!』


よくわかんないけど楽しそうだ、パック詰めのゼリー飲料を吸いながらフェイは思う。

幹線道路を通って友軍主力と合流しようとする向こうに対し、片側1車線道路を縫って敵軍弱点部へ肉薄を試みるこちらである。つってもムーンライトの巨体がある時点で肉薄も何も無いので、トヨタの赤いスポーツカーを運転するカノンとの間で「そろそろ別れよっか」「おいおいいきなりどうした」などとやっていたところ。


「シオン、厳しいようなら予定中断して手貸すけど」


『いいや大丈夫!戦車1輌あれば撃退できますって!あのお調子野郎の自慢の…あれ……』


『200キロは超えないでくれ!さすがに追従できねえよ!』


目的地までは7分といったところ、シオンはさっき5分と言っていたがあの様子では3分で交戦開始だろう。となれば目一杯噴かして220か230km/hくらい出る前の車を100km/hしか出ない…この80tある巨体を指して100km/h"しか"というと何だが、ムーンライトが束縛するのは得策とは言えず、別行動の必要が強まった。ゼリーを一気吸いしながら最適ルートを再計算、前方突き当たりのホームセンターを直進した後がよろしかろう。


「ブロック塀ぶち抜く、退がって」


『はいよー』


言った瞬間、カノンは減速、フェイは跳ぶ、なんかヘタクソ呼ばわりされたばっかの気がするが車ではないのでそれはいい。ボンネットがやたら長くて平たい印象のコンパクトスポーツを後ろへやって、そのまま減速せず駐車場へ突っ込んだ。


「ムーンライトは別行動開始、R254沿いに遊撃を行う」


『了解、早めに片付けて合流しますからね。……ちょいカノンさん、このすげえ喚いてる子を一発でなだめる方法とか?』


『ははは、そんな画期的なもんが判明してたら苦労はしないさな』


まるで映画のような音を鳴らしつつコンクリートブロックを粉砕、ホームセンター特有のだだっ広い駐車場で再度先行と追従を入れ替え、そのままカノンは加速してフェイを置き去りにする。さてやるかと空になった飲料パックを片付け、"そこでようやくコントロールスティックを掴み、両足をペダルに乗せる"。とはいえ添えただけだ、脊椎反射が起きた時に頭より先に手が動く可能性があるため準備しただけで、ほぼすべての行動はこのままDBACによる思考操作で行う。違和感、苦痛等一切無い、あの時と違ってここはホームグラウンドだ、演算処理を肩代わりしてくれるスパコン、CPUなどいくらでもある。これが本来の姿、AGF-29Cムーンライトのフルスペックと言える。

本来の姿といえば武装もそう、前回は右腕に105mm砲と25mmチェーンガン、左腕に30mmガトリング、右肩にDBACを前提とした高周波ブレードを搭載していた。常時使用なんて絶対できないとわかっていた中国派遣では当然の構成だったし、特に105mm砲は歩兵支援に重宝した。だが今回は、わざわざフェイが頑張らずとも米露中連合軍がしこたま榴弾砲を持ち込んでいるし、それ以外にも自衛隊がいる。物理的に攻め込まれた事で「軍じゃない」とか「専守防衛」とか聞こえはいい、要するに他国の戦争に巻き込まれないための方便を放り投げるしかなくなる前の日本陸軍が。

残っているのは高周波ブレードのみ、左前腕にフォールディングナイフと同じ形式でスイング収納される大型ブレードと、右前腕に暗殺者っぽく伸縮収納される小型ブレードを装着。その3振りでフェイは満足したのだが、協働すべき味方がいる中で射撃能力ゼロはさすがにまずいかと(自分で)思ったので、左腰に40mmグレネードマシンガンを用意しておいて、頭部右側にもみんな大好き12.7mmをちょんと載せておいた。皆からは困惑の表情をされたが、相手が人間でないならむしろ丁度いい。


『まぁいい…まぁいい!さっさと守ってさっさと攻めるぞ!各軍に合流後は現場指揮官の指示に従え!つってもどうせ側面攻撃だろうから単独行動でも別に構……いややっぱよくないなスズちょっと黙って!!』

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