第273話

「えーっと…元々はこの戦いが天王山だったの?」


「そういう事にしといてください、実際のとこ言うと地元で描写が楽だったってだけの」


「はいそこまでよ」


駅のロータリーへ大雑把に停めた車から降り、スクランブル交差点を渡ったらすぐ米軍と合流できた。本当はもっと先に陣を敷いていたらしいが、敵軍の勢いに押されてここまで退いてきたとのこと。今は古臭さの残る商店街だが、もう少し進めば観光地、江戸時代っぽい街並みが現れる。その道路上に並べられた軽機関銃と武装ハンヴィー、及びストライカー装甲車は絶えず発砲を続けていたが、こちらの到着と同時に車両が一斉後退、空いたスペースに22式機動戦車が急停止する。敵軍と初めて接触した彼は『なんだありゃあ!?』と言いつつ125mm榴弾を1発、続けて同軸機銃を連射し始めた。建物に隠れるスズからは交戦相手が見えないが、どこかで聞いた事のある咆哮が上がり、カカカンと矢が3本、機動戦車の装甲に当たる。


「よぉしそのままだ!正面を押さえていてくれ!」


「エド少佐、状況は?」


「これ以上後退しなくて済む算段がついたところだ!だが反撃に出るには弾薬がまったく足りてない!おおお久しぶりです無事でよかった!」


「あ、どうも」


「補給が到着するまでここで耐えるしかない!敵の戦闘力がまったく大したことないのはあれ見りゃわかると思うがとにかく数が多いんだ!弾を無駄遣いするなよ!」


お前もそれで終わりかい!とは思うものの薄緑色のデジタル迷彩服を着込んで壁に貼りつくエドワードの顔に余裕はまったくない、仕方なかろう。

彼の現有戦力は歩兵50名、武装ハンヴィーが2輌に、ストライカー装甲車の戦闘型と兵員輸送型と指揮型を1輌ずつ。スズはまだ彼らの戦っている相手を視認していないが、射程と威力で大幅に勝っているのだろう、1人の損害も見受けられない。ただし相手は数と防御力に秀でているようで、応戦を代わったディアンジの22式は既にひーひー言い出している。


「様子はどうだスピード狂?」


『あんたほどじゃないよ……。正面から群がってくるのを押さえるだけなら負けはしない、だが定点防衛は使い方を間違えてるぞ少佐殿!通常戦車に比べると防御力も継戦能力も見劣りするからな!』


「わかってる!補給が到着次第ロシア軍と協働しつつ反撃だ!観光地を突っ切って連絡を……お…?」



ズン、という振動が起きた。


「あ、まずい、下がった方がいい」


「なになに…?」


事態を察していない、というかそんな突拍子もない事が起きるなんて想像すらできない自分以外全員のためにスズは言い、とりあえず背後にいたヒナをGT-Rの方に押しやりつつ「どこ?」と質問、『向かいの鍵屋』とのニニギからの解答を貰う。


「はいはい逃げた逃げた」


「えーと…?何か必要なものは?」


「大丈夫だと思うけど、一応なるべく高火力のを」


「じゃあAT4を……おおっ、割れた?割れたぞ建物が?」


何度かズンズンと続いた後、2階建てコンクリ製の建物に大きなヒビが入った時点でほぼ全員が慌て始めた。『え、俺、どうすればいい?』などとディアンジが呟く中、とうとう耐え切れなくなった建物は轟音と共に崩壊、まず瓦礫が撒き散らされ、粉塵の中からまず金棒の先端が登場、続けて地響きを伴う歩行音がして、黒く長大な一本角、まさしく鬼の形相の頭部、虎柄パンツ1丁の筋骨隆々な肉体が現れた。体長およそ7m、さっそく眼前の機動戦車に狙いをつける。


『おおおおっ!!』


振り上がった金棒に慌てるどころか若干パニックを起こした彼は盛大なキャタピラスピンを起こしつつ急発進、焼けたゴム臭を残して敵軍へ突っ込んで行ってしまった。獲物を仕留め損ねた大鬼、一度は機動戦車を目で追ったが、追いつけそうにないと見るや首を回して別の車両へ。


「まずまずまずどどどど!?」


「10秒ちょうだい」


一様に叫んだりパニクったりするシオンやエドワードへ向け冷静に一言、ヨルムンガンドやライコウの如しが現れていたら如何ともし難かったがあの程度ならもはや眉も動かない。転身もしないまま夢幻真改を剥き身で取り出し、周りの建物が残らず震える咆哮も無視しつつ左手のみで上段に構え、10m以上の距離があるまま無造作に振り下ろした。


「うおっ!」


「ひえっ!」


「……うん…?」


まず大鬼は縦に真っ二つとなって消えた、それは当然である、シオンとヒナの反応も予想通りだ。ただ本気を出していない以上それだけで留まる筈だったのだが、大雑把な一閃は既に崩壊していた鍵屋をもっと細かくしてしまい、深さ2m程度だろうか、スクランブル交差点のあるアスファルトにも亀裂を付けてしまう。


おかしい、威力が上がっている。


『遊んでいる暇は無いぞメリケンども、手を動かせ手を』


「お」


『ロシア軍は支援位置についた、我慢するのは終わりだ、攻めろ』


現実で何か起きているのだろうが、深く考える前に変態少将の声が聞こえてきたのでその疑問はひとまず横にどけた。エドワードが慌てたまま応答する中刀をしまい、シオンに目配せ、車に戻るジェスチャーをしている。


「しかし補給がまだ来ていません少将!弾が無ければどうにも……」


『それでは遅い、攻めながら済ませろ。火力ならある、それを使え』


ゴガァン!とまた崩壊音を立てて駅をぶち抜いてきたロシア軍T-14戦車に慌てていたエドワードはさらに慌て、「はひ!」とか言って部下に移動準備を下令した。戦車は2両、22式がさっきまでいた場所に陣取って、撤収する米軍の盾を始める。……あいつどこいった?


『ただし観光地はもう駄目だ、諦めろ。迂回するぞ、まず本川越駅から川越駅まで……』

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