第271話

「これは地球上が地獄に変わる少し前、あなた方が終末戦争と呼ぶものの極初期の話です。中国、朝鮮連合軍の日本侵攻から始まりました」


「うんそれは、重要なんだけど…なんかその…速くない?」


「えぇ?最高速の半分も出てませんけどぉ?」


日産脱兎号32km/h

三菱A型25〜32km/h

ライトフライヤー号48km/h

ハーレーダビットソン1920年型80km/h

フォッカーD.Ⅲ戦闘機202km/h

ツェッペリンシュターケンR.Ⅵ爆撃機130km/h


以上、スズの時代にある自動車、バイク、飛行機の最高速度である、この数字を覚えておいて欲しい。


「最初は東アジアの一部だけで勃発した戦争だったんです、でも環境がよろしくなかった。一言でまとめれば、すっげー不況でした」


GT-R、という車がある。いま一部の読者の方は「あっ…」とか言ったろうがしばらく茶番に付き合って頂こう。あと話がややこしくなるからプリンス自動車の事は忘れろ。

原型となったのは日産スカイライン、その最上級モデルGT-Rグレードである、この段階で既に"羊の皮を被った狼"とか言われていた。その内訳を超簡単に説明すると「レーシングカーを公道走れるくらいまで性能落として市販してみたよ!」で大体あってる。


「戦争特需という言葉わかりますかね、戦争をするために政府が大量の物資を民間から調達することによって起こる好景気の事ですわ。だからというか、それだけじゃ済まなかった」


その性質上、GT-Rのエンジンはほんの少し手を加えただけでアホみたいに馬力が出る、が、現行では改造が禁止されているし改造する必要も無いのでこれはいい。持てる性能を余す事なく発揮して数多のレースを荒らして回ったスカイラインGT-Rであるが、排ガス規制にやられたケンメリこと1973年型を最後に一旦生産中止してしまう。それでも16年の沈黙を破って復活したのはそれだけ根強い人気があったから、というかというとそうでもなく、顔に泥を塗ってきたトヨタへの一大反撃である。


「何度か休戦を挟みつつも、この戦争は"あの時"にそのまま繋がります。私らとしては2度目の戦いですから、負けるなんて考えられなかった。あくまで相手が中国軍であれば」


かくして1989年、スカイラインR32GT-Rは生まれ落ちた。5速MTの280馬力、状況に応じて前輪と後輪のパワー配分を50対50から0対100まで変化させる事ができ、4WDでありながらFRでもある。モータースポーツへの流用を前提としたエンジンは健在で、400馬力500馬力を発揮するイカレた改造車がそこらを走り回っていた。その最終モデルが R34GT-R、2018年現在でもたまーーーに生き残りが走っている。丸いリアランプが並行に並んでいるのがR32、ズレているのがR34である。 コイツらはもはや伝説扱いされているといっても過言の無いものであり、故に車好きな中高年に話題を振るのはお勧めしかねる、間違いなく面倒な事になろう。32と34、大方のファンにおいて無かったことにされている33合わせて総生産数7万台以上、何がすごいって、これがバブル崩壊期にスピードしか考えてない極悪燃費車が出した数字だってところだろう。


「違うの?」


「違います、なんかバケモンとかです。……あ、そこ雷おこしの生産工場ね、東京銘菓を埼玉で作ってんすよははははは!」


「う…?うん……?」


では改めてシオンの運転する車両を見てみよう。日産 R35GT-R、2016年型である、なんか後ろにnismoとか付いている。乗用クーペのスカイラインをベースとしてきた旧型と違い完全な独立車種で、そのためR34の直接的な後継ではなく、GT-Rが正式名称となる。純正280馬力、改造後400馬力は当たり前、という感じが普通だった旧型に対し2007年の発売当初で既に480馬力、前述の通り一切の改造が禁止されているもののマイナーチェンジを重ねる毎に馬力は上がっていき、公式改造車ともいえるnismoでとうとう600馬力に達した。参考までに載せておくと日本製軽自動車が一律64馬力、世界一普及していると思われるトヨタ3代目プリウスがエンジン99馬力のモーター86馬力。


「最初は中国軍だったんですよ、交戦も何度かしました。でもスズが来るすこーし前でしたかね、いつの間にか相手がすり替わってて、そして制限が解除されたかの如く味方の中国軍が現れた」


実際の性能について数字化できる項目は多数あるが、とりあえず一言でまとめるならば"頭おかしい"が適切だろう。最高速300km/hオーバー(上の一覧に注目)、停止状態から100km/hまでの加速を3秒以内にこなし、ギアは6速セミオート、4WDとFRを両立させるアテーサE-TSシステムも改良、最適化されている。国産車でこれに真正面からケンカ売って勝利し得る車両はぱっと思いつく限りレクサスLFAとホンダNSXくらいしか浮かばないがまぁ、2台あれば十分だろう、むしろそれ以上あっても困る。なおR35GT-RはカーナビGPSと連動したリミッターがあり、公式サーキットやそれ以外の私道を除く公道では180km/h以上を発揮できないため、道端で見かけてもビビる必要はない。

最後に値段について話をしよう、最低グレードで1000万円ちょうどくらい、nismoは1870万円ほどする。高い、うんたまらなく高い。だが比較させて欲しい、ホンダNSXが2370万円、レクサスLFAが3750万円というのを踏まえると非常にお安いと思わないだろうか。これが本場イタリアのフェラーリとかランボルギーニとかだともーっと差がつくし、しかも連中は台数限定のハンドメイド生産だ。GT-Rは工場生産、工場生産の量産車である。


「敵は完全に悪魔とか妖怪みたいなやつであり、中国人を軍団内に組み入れたのはついさっき、ですんで指揮系統に若干の問題が残ってます。要請から行動までにライムラグが生じる可能性を心に留めてください」


『俺はすぐ動けるぞ、元々そういう命令だしな!』


「うるせえ黙ってろ」


『おおぉ嫌われてる……』


よくわからないメーターがゴテゴテついたインパネとボタンまみれのハンドル、座席には張り出しがありシートベルトと合わせて体を完全固定してくる。といっても苦しいかというとまったくそんなことはなく、絶妙に沈み込む本革シートはスズに睡魔との戦いを強要する。速度計が100を上回っていなければ既に目を閉じていたろうが、左右をかっ飛んでいく景色と、けたたましく、しかし無理を感じないエンジン音に眉尻を下げつつ背後、左後部座席でぼーっと外を眺めるヒナと、この高速走行に涼しい顔してついてくるキャタピラ駆動の戦車もちらっと見ておく。各駆動部の動作は非常になめらか、キャタピラにはゴムが貼り付けてあり、見た目に反して静かな走行である、1500馬力ガスタービンエンジンの爆音は如何ともしがたいが。


「そんでまぁ、そこまで説明してようやくアレを話題に上げる事ができます」


シオンが左手をハンドルから離し、上を指差して、同時にウインカーを点灯、手を戻しつつ左への分岐路に入る。その間フロントガラスを覗き込んでみると前方上空、皇天大樹があった。鎌倉時代の奥州でも目にしたものだ、ガリポリ半島では戦域が広すぎたため発見できなかったが、各層に必ずあるのだろう。そしてそのそばで何かが浮かんでいた。距離があるため詳細不明ながら地上へ向けて何か光の筋を降らせているそれは、知っている、ここに来る前までスズの手元にあったものだ。


『アマノムラクモ、完全に制御を奪われてるね』


脳に直接響く声が聞こえた途端、左後部座席のヒナがピクリと反応、眉を寄せながら何も乗っていない右後部座席へ指をつんつんし出す。感触は無かったようだが、『ちょ、やめて』とかニニギが言う。


「わかるなら話が早い。ミスターインヴィジブル、アレを奪還すれば勝利、という事でよろしいですか?」


『いんび……まぁそうだ、君の言うバケモンとかを、剣をジェネレーターにして生み出しているんだろう。元からこの階層を請け負っていた中国軍を既に消滅させている以上、その認識で間違いない』


「オーケー。フェイ、DBACは?」


『無制限で使用可能』


「では先行してください。私らが敵の攻撃を撃退している間、反撃の為の突起部形成をお願いします」


『具体的な勝ち目は?』


「これから考えます」


シオンからの指示に別ルートで移動していたフェイが応答、『やっとく』との返信を残した。高速で走行し続けるGT-Rと機動戦車は別の片側2車線道路へ合流、更に速度を上げつつ大きな橋へと差し掛かる。


「よぉーし、では皆の衆、おっぱじめますよ。ヘーイエド少佐!5分でそこまで行きますから敵の分布を今すぐ教えてください!」

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